スイスの新しい年金改革案ってどんなもの?
スイスの老齢・遺族年金(AHV/AVS)の財源確保が難しくなっている。緊急の改革が必要だが、最初の抜本的改革案は2017年の国民投票で否決された。政府は今年、新しい改革案「年金改革 21」を提案。先の国民投票で否決された女性の定年引き上げを再び盛り込んだ内容だ。
老齢・遺族年金は、スイス在住、もしくは就労し、定年を迎えた人に最低限の生活費を保証する制度で、早急に改革を必要としている。国庫負担・国民の社会保険料ではもはや財源をまかなえなくなっているからだ。
国が出した初回の抜本的改革案「老齢年金2020」は、2017年の国民投票で否決された。連邦内閣(政府)はこれを受け、新たな改革案「年金改革21外部リンク」を作成。狙いは現在の年金レベルを維持し、安定的な財源を確保することだ。改革案は議会と国民の双方の賛成が必要となる。
- 2019年8月28日:連邦内閣が年金改革21を議会に上程したと発表
- 2019年5月19日:国民投票で、法人税改革案が66%の賛成で可決。同案は、20億フランのAHV/AVSの追加財源確保を合体させた内容
- 2017年9月24日:抜本的年金改革案「老齢年金2020」の国民投票は、52.7%の反対で否決
- 現在の年金制度はどんなもの?
スイスの年金制度は3つの柱から成る。AHV/AVS、日本の厚生年金に相当する企業年金(Pensionskassen)、個人年金だ。
第1の柱のAHV/AVSは、実質的に退職者全員へ給付される。スイスに住むまたは働く全ての人は、年金保険料を納める義務がある。AHV/AVSの目的は、退職後の生活水準を確保することだ。
年金支給額は、それまでの所得と支払い期間で変わる。AHV/AVSは日本と同様、世代間の連帯の原則に基づく。つまり現役世代が退職者の年金を支える仕組みだ。
年金保険料は被雇用者と雇用主が半分ずつ負担する。
退職者の大部分は、企業年金(Pensionskassen、第2の柱)からも年金を受け取る。企業年金は、年間2万1300フラン以上(約235万円)の収入がある全ての被雇用者に加入が義務付けられている。
財源は、被雇用者と雇用主が半分ずつ負担する。AHV/AVSと同様、退職前の生活水準を維持することが狙いだ。
民間の個人年金(第3の柱)に入っている人は、退職後に給付を受ける。これは現役世代の時に、自発的に加入する制度だ。
AHVなどの年金給付額で生活に必要な最低額が賄えない場合、「補足給付」という制度がある。
最初の改革案が国民投票で否決されたのはなぜ?
現在、スイスの年金受給開始年齢(定年)は女性が64歳、男性が65歳。 「老齢年金2020」では、女性の退職年齢を65歳に引き上げることを盛り込み、複数の労働組合、左派政党、国民の多くがこれに反対した。反対派は、賃金の男女格差、低所得の仕事、パートタイム労働などにより、女性はすでに十分な「罰」を受けており、これ以上の格差の拡大は許容できないと訴えた。
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一部の右派政党も、この改革は現在の年金受給者の支給額が下がり、次世代の若者は保険料が増額され、いずれにとっても不公平だとして反発した。
- 新しい改革案「年金改革21」が目指すのは?
前回の改革案は国民投票で拒否されたが、年金改革21は再び、女性の定年を65歳に引き上げる。女性の定年引上げは4年間で段階的に引き上げる。
年金受給開始年齢も柔軟にする。男女問わず希望者は、62歳から年金を受け取れる。男性はこれまでは63歳からだったため、1年早まることになる。
高齢者の就労促進策としては、65歳を超えて働く人に対して、保険料を納めていない期間があった場合はその穴埋め、もしくは年金支給額の増額といった措置を取る。定年は70歳まで延期できる。
AHV/AVSの財源確保策として、付加価値税(VAT)を0.7ポイント引き上げ8.4%とする。
- 年金改革21は前回の案より支持を得ているか?
反対派の論調は前回と同じだ。左派と労働組合は、労働市場での男女格差、家庭内の責任分担の格差が是正されないままの定年引き上げは良くないと批判する。
右派政党と財界は、VATの引き上げ額が高すぎるとして、支出削減には更なる措置が必要だと主張する。また、65歳以上が労働市場に留まりたいと思えるようなインセンティブをより多く用意しなければならないと指摘する。
過半数の政党は、政府がAHV/AVSと企業年金の改革を分けて行う方針を取ったことが良くなかったと感じている。2つの制度は密接に関連しており、緊急かつ連携した改革が望ましいという。
(独語からの翻訳・宇田薫)
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