2月12日に行われた国民投票では、政府が進めていた第3次法人税改正法案が否決された。これは、中流階級の抵抗が表れたものと思われていたが、その後の調査から、案件の内容が複雑すぎたために、当惑した投票者が結果的に反対票を投じていたことが分かった。投票者の4分の3は改正案の内容をよく理解できておらず、多くの人が、改正で起こりうる問題を危惧して反対したという。
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2月の国民投票では、政府が支持する法人税改正法案が反対59.1%で否決された。州や経済ロビー団体からも承認されていたこの改正案は、スイスに本社を置く多国籍企業を失うことなく、「有害な」税制に終止符を打つための解決策になるはずだった。
だが、左派政党を中心にした反対派は、法人税改正は大企業に有利なだけで、中間所得層を犠牲にするものだと主張。そのような中での否決は、エリート階級に対する中流階級の抵抗が表れた結果ととらえられていた。
ところが、政府の委託を受けて投票内容を調査したリサーチグループVOTOによると、別の事実が明らかになった。投票者1519人を対象にした調査では、はるかに多くの低所得層が反対票を投じたのに対し、中間所得層の反対票はそれほど多くなかったことが分かった。
「よく分からないから反対」
実際には、法人税改正案が高度に複雑な内容だったことと、改正による経済への影響が不透明だったことが今回の投票結果を左右したようだ。調査に応じた人の多くが改正案の意義や影響をよく理解できておらず、約3分の1は「よく分からないからとりあえず反対」していた。
つまり、いくら政府が支持する法案でも、良く分からない改正に賛成するよりは「現状維持」が好まれたということだ。
また、この調査によると、投票者の3分の1が投票直前に意見を決めたことが分かっており、このような人たちが、改正によって国は30億フラン(約3300億円)の減収になるなどと指摘していた反対派の主張に耳を傾けたものと思われる。ちなみに、投票日直前にエヴェリン・ヴィトマー・シュルンプフ元財務相が改正案反対を表明したことは、結果に直接影響していないとみられている。
改正法案が国民投票で否決されたことを受け、今後政府は再び新たな法人税改革法案の作成に奔走することになる。タックスヘイブン(租税回避地)として経済協力開発機構(OECD)や欧州連合(EU)のブラックリストにのらないために、スイスが法人税改革を迫られているのは明らかだからだ。
ウエリ・マウラー財務相は、2017年末までに新たな改正法案を審議したい考えを示している。
(英語からの翻訳・由比かおり)
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第3次法人税改正法案 政府の意図に反し圧倒的多数で否決
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スイスの国民投票で12日、三つの案件についてその是非が問われ、第3次法人税改正法案は圧倒的多数で否決。一方、移民3世の国籍取得手続きの簡易化と国道と都市交通のための基金(NAF)設立に関する案件は、約6割の賛成と州の過半数の賛成で可決された。今回の投票率は46%だった。
第3次法人税改正法案
今回の投票で最も注目を集めたのが、第3次法人税改正法案だった。同法案は経済拠点としてのスイスの外国企業に対する法人税制を国際水準に合わせて引き上げながらも、国際競争力を高維持することを目的としていた。今回、連邦議会が昨年6月に承認した同法案に社会民主党が異議を唱えたことで、任意のレファレンダムが成立した。
政府はEUなどからの国際的圧力もあり、この第3次法人税改正法案を成立させようと、有権者に賛成票を投じるよう呼びかけていたが、 59.1%という圧倒的多数で否決された。
同法案は、持株会社、管理会社、ミックスカンパニーを対象としたスイスに登記している外国企業に対する優遇措置を撤廃し、すべての企業に対し一律の連邦税を課すとしていた。しかし、こうした企業の撤退を危惧したいくつかの州は、州の法人税率の引き下げをすでに決定。その結果、州の減収分の一部を埋め合わせるため、政府は国の連邦直接税の中から21.2%(現在は17%)を州に渡すとしていた。
そして、それと共に、国際競争力を維持・高めるため、研究や革新を促進している企業を対象にした「パテントボックス税制」の導入と、研究開発にかかった実質経費の控除額を増加しようとしていた。
ところが、レファレンダムを起こした社会民主党は、「今回の改正によって利益を受けるのは一部の大企業とその株主であり、税制改正で生じる不足額は最終的に納税者、とりわけ中産階級が負担することになる」と批判していた。同法案により連邦、州、地方自治体の収税に生じるとされる不足額は30億フラン(約3千340億円)と推定されていた。
この「最終的な負担をするのは納税者である」という社会民主党の主張は、投票前2、3週間で急激に支持を得て、圧倒的多数の否決につながった。レファレンダム
スイスには任意のレファレンダムと強制的レファレンダムの二つのレファレンダムが存在する。
任意のレファレンダムは、連邦議会が承認した法律の是非を国民投票で決める制度。法律の公布後、国民は100日以内に5万人分の有効署名を連邦内閣事務局に提出すれば成立する。国民の賛成過半数によって、可決となる。
強制的レファレンダムは、連邦議会が憲法改正を行う際、自動的に国民投票でその是非を問う制度。任意のレファレンダムに対し、強制的レファレンダムの可決には、国民の賛成過半数に加え、州の賛成過半数が必要となる。
今回の国民投票では、第3次法人税改正法案が任意的レファレンダム、憲法の改正が要される移民3世の国籍取得手続きの簡易化と国道と都市交通のための基金(NAF)が強制レファレンダムだった。移民3世の国籍取得手続きの簡易化
今回、有権者の60.4%の賛成と、23州のうち17の州の賛成により可決された移民3世の国籍取得手続きの簡易化。この結果、従来に比べて申請から国籍取得までの期間が短縮される。
ただし手続きは簡易化されるが、国籍を取得するための申請条件は以下のように、これまでよりも厳しく設定されている。
1.スイス生まれの25歳以下。
2.永住許可証(C許可証)を持ち、スイスで最低5年間義務教育を受けている者。
3.両親のうち少なくとも1人は、永住許可証を持ち、スイスで最低5年間義務教育を受け、スイスに10年以上滞在している。
4.申請者の祖父母は、どちらか1人がスイス生まれ、またはスイスの滞在許可証を取得していたことを正式に証明できる必要がある。
ただし、国籍取得のために必要とされる前提条件はこれまでと同様で、十分にスイス社会に統合されていることが求められる。
つまり、法秩序と憲法で規定されている、男女平等、信仰の自由、良心に従って行動する自由などの価値観を尊重しなければならない。さらに、公用語の少なくとも一つを話せる必要があり、納税の義務がある。また社会保障の受給者には国籍が与えられないなどといった条件が課されている。
今回の憲法改正法案は、08年にアダ・マーラ下院議員(社会民主党)が移民3世の国籍取得の簡易化を目的とした法案を連邦議会に提出したことに始まる。当時の法案が目指していたのは、移民2世代の国籍取得手続き簡易化と移民3世代に対する自動的な国籍付与だった。国民議会(下院)と全州議会(上院)共に意見が定まらず、その妥協案として出来上がったのが、今回の移民3世の国籍取得の簡易化だった。
この憲法改正法案に対して今回、「スイス国籍の安売り」として唯一意義を唱えていたのが右派・国民党で、「スイス国籍は、スイスに溶け込み、スイス人になりたいという意思を証明する過程を経たうえで手に入れるもの」と主張していた。
これに対して、スイスで生まれ、スイスの学校に通う第3世代をスイス社会の重要な一員と見る政府と連邦議会は、「祖父母の祖国よりも、生まれ育ったスイスとの繫がりが強い第3世代に対する国籍取得手続きは簡易化されるべきだ」として、同憲法改正に賛成票を投じるよう、国民に呼びかけていた。
国道と都市交通のための基金
続いて可決されたのが、国道と都市交通のための基金(NAF)に関する憲法改正案だ。これまでは、鉱油税と高速道路料金からの収入で道路事業が行われてきたが、将来的な財源不足に備え、政府と連邦議会が特定財源としてNAF設立を推進。投票者の61.9%、23全州の賛成という圧倒的な支持で可決された。
この結果、NAFに毎年約6億50万フランの資金を注入し、年間約30億フランの財源が無期限で確保される。施行は18年から。
また、NAFが設立されることにより、未完成の国道の整備、顕在化されている問題の解消、山道や地方の主要道路の整備などに留まらない、国道の運営・維持を含めた、広い範囲での資金運用が可能となる。
道路交通網が最も整っている国の一つに数えられるスイスではあるが、年々交通量が増え続けており、国道では90年以来、交通量は倍増している。国の予測によると今後交通量はさらに増加し続け、それは都市交通においても同様だという。そのため、これまで以上に必要となる道路インフラの運営費や維持費を国は確保する必要があった。
連邦議会では基本的にNAFに反対する声はどの政党からも挙がっていなかったが、社会民主党の一部からは、毎年追加で約6億50万フラン を特定財源として固定することで、他の分野に予算を回せなくなってしまうとの批判が上がっていた。また緑の党の一部反対派は、「NAFが実現し、道路事業により多くの資金が流れ込むことになれば、森林伐採は進む一方だ」と環境問題の観点からNAF設立を批判していた。
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