スイス人の心配事 「年金」がトップ
スイス人にとって最も心配な5つの問題とは?毎年スイスの有権者にこの質問をするようになって25年以上が過ぎた。統計を見ると、スイス人の胸の内が見えてくる。
スイスで最も認知度が高い世論調査と言えば「心配事バロメーター」だ。世論調査機関gfs.bernとスイスの銀行大手クレディ・スイスが毎年実施している。政治家にとって、心配事のトップに入る項目は有権者の動向を知る上で重要な指針となる。今秋には連邦議会選挙を控えているため、特に重要性を増す。
2018年にスイス人が最も心配とした項目を1995年以降の推移と照らし合わせると、スイス人の胸の内が見えてくる。
グラフはこれまでの推移を表す。上に行けばいくほどそしてグラフの線が太いほどその年は より多くの人がその項目を心配事として挙げた。
- 1 遺族・老齢年金制度
- 2 健康、保険
- 3 外国人
- 4 難民/難民申請者
- 5 環境保護
- 6 失業
これらの心配事はどのように推移したのか?それぞれの関連性は?政治とは関係があるのだろうか?
過去25年間、失業はほぼ常に心配事のトップだった。
1997年には全有権者の8割以上が失業は最重要課題の1つに挙げた。だが2018年はわずか2割。一体何があったのだろう?
失業が問題になるかならないかは、特に経済情勢と関係する。例えば金融危機などが起こると、経済は敏感に反応する。その結果、働いている国民は自分の職の安定性を気にするようになる。
しかしスイス人がもっと敏感に反応するのは失業率だ。失業率が上がると、自分も職を失わないか不安を感じるようになる。
心配事はとても複雑で、原因もさまざま。1つに絞れるほど単純ではない。それは失業も同じだが、失業率といったある種の指標が特にスイス人の心理状態を左右していることが読み取れる。
世論調査機関gfs.bernの広報担当で政治学者のクロエ・ヤンスさんは、「失業」はスイスでは非常に典型的な心配事だという。「スイスの就職事情は欧州諸国と比べ比較的安定している。汚職がほとんどない上、国家への信頼も厚く、犯罪率も低い。他に緊急の心配事がないと、人は失業の心配をする。これは仕事に対するスイス人の考え方も背景にある。仕事は家族を養うためだけでなく、地位やアイデンティティーとも深く関係しているためだ」
ある種の傾向が強まると、人々の不安も大きくなる。これは当たり前のように聞こえるが、たった1つの出来事がそこまで不安を煽るわけではないようだ。
解決策の見えないAHV政策
政治が問題の解決策を見つけられないと、不安はさらに増す。その好例がスイス政府の悩みの種、年金制度だ。
自分の年金は大丈夫だろうか?30年後、無事に年金を受け取れるだろうか?この問いは過去数年間でランクを駆け上がり、2018年には心配事のトップに躍り出た。
それもそのはず。政治が年金 の将来を握っているのだから。議会では毎年、この問題をめぐり激しい論争が繰り広げられているが、未だ満足のいく結果が出ていない。
政府の改正案は、既に何度も国民投票で否決されている。
年金制度の解決策を提言した11件のイニシアチブ(国民発議)がこれまで投票に掛けられたが、全て否決されている。問題解決へのプレッシャーは高い。
政治は有権者の過半数が納得する解決策を打ち出せず、国民の信頼に影を落とした。世論調査機関gfs.bernによると、有権者の不満は一気に高まった。2018年、「政治は重要な問題を解決する上で頼りにならない」と回答した割合が45%に上った。
ただ5月の国民投票では、法人税改革と年金の追加財源確保を一体化した「税制改革およびAHV財源確保に関する連邦法(STAF)」が可決された。政府はこの投票結果に胸をなでおろしたことだろう。年金制度はこれで安泰とは言えないが、同問題をめぐるプレッシャーは若干軽減するだろうとヤンスさんは言う。
健康は「特殊な位置付け」
政府が頭を痛める問題は年金だけではない。もう1つの課題は、有権者には切実な「お財布事情」と直結している。
とりわけ健康に関して、人々の悩みは尽きない。病気や健康状態の悪化に対する心配に加え、病院の医療サービスの質を疑ったり、医療費の高額化を懸念したりとさまざまだ。
ヘルスケア市場は拡大している。人々の需要は年々増え、新しい高額な治療手段も次々と開発されている。寿命がますます延びているスイス人には避けて通れない問題だ。
1996年に基礎医療保険への加入が義務付けられてから、医療費は2倍以上に膨れ上がった。スイスの医療制度は世界で最も高額な制度の一つになった。
Aしかし議会はただ手をこまねいていたわけではなく、速やかに病院や介護の融資制度を改正。こうしてスイスの医療制度は徐々に改定を繰り返してきた。議会で取り上げられる健康関連の案件も年々増えている。
それでも、不安は完全には払しょくできない。ヤンスさんにとって、健康は特殊な問題だという。「他と違うのは、高い医療費に不満を抱きつつ、医療の質は落としたくないと国民が感じている点だ」。いずれにしても、度重なる改革が有権者に「とりあえず何かが進行中」とアピールしているのは確かなようだ。
外国人と難民: «政策で波に乗る»
ここ数年、「外国人」と「難民」は至る所で話題になっていた。実はこれは2つの異なるカテゴリーだが、意図するところは同じで、「移民による影響」からくる心配を指す。この問題は「過密化」「イスラム化」「大量移民」といったキーワードで政治の場にも頻繁に登場するようになった。
難民はスイスで保護を求め難民申請した人々を指す。一方、外国人は職を求め欧州連合(EU)やそれ以外の第三国(日本を含む)からスイスに移住してきた労働者を指す。
難民の場合、難民申請数の推移が国民の心理に影響を与えているのは明らかだ。また、難民申請数はコソボ紛争といった地政学的な出来事と並行している。
しかし外国人が心配事として上位に上がってきているのはなぜだろう?
まず、スイスにやってくる移民の数が原因の1つ。2002年にEU圏からの人の移動が自由になったことで急増した。
2007年に行われた論争も一因かもしれない。当時、スイスは右派の国民党による「外国人犯罪者の国外追放イニシアチブ(国民発議)」をめぐり、激しい議論が交わされた。
国民党はキャンペーンで「犯罪」と「外国人」を巧みに結び付け、有権者の支持を得ることに成功した。2007年の連邦議会選挙で国民党は確実に議席数を伸ばし、「外国人犯罪者の国外追放イニシアチブ」も国民投票で可決された。選挙戦での論争は、明らかに国民の不安を煽っていたようだ。
政党がある方針を打ち出して国民の不安を煽り、政党はその波に乗る―。但し、不安が先か、政党の問題提起が先かは分からないことが多い。政党の方針と国民の心理が互いに影響し合うことだけは確かなようだ。
環境保護:根底から沸き上がった運動
政治と有権者の心配事は相互作用を繰り返す。その効果をさらに強めるのがメディアだ。
最近、若い生徒や学生らが環境保護の強化を求めデモ行進した。この環境をめぐる論争を追い風に、緑の党は各地の地方選で躍進。自由主義経済が党是の急進民主党も突如、環境問題を前面に押し出すようになった。
2006年の時点では、環境問題を心配事のトップ5に挙げたのはまだ10人に1人だった。それが2018年には4人に1人まで増えている。その理由は何だろう?
ヤンスさんにとって、気候保護を含む環境保護は、社会の根底から沸き上がってきた運動だという。「気候変動は、長期的で社会構造にかかわる問題だ。そのため、心配の認識が変わる。危機感を持つべきだと人々の心理に訴えかけているのだ。また、実際にスイス内外でこの問題と直結する出来事があった」。そのきっかけの1つが、2018年の猛暑といった異常気象だ。特に緑の党がこの問題を大々的に取り上げた。そして2018年末、スウェーデン人のグレタ・トゥーンベリさんが脚光を浴び、お膳立ては完璧に整った。こうして昨年、スイスメディアの気候変動に関する報道は大幅に増加した。
棒グラフ
2019年総選挙のテーマは「環境保護」がカギとなるのだろうか?これは各党次第だが、実際の出来事とも大きく関わってくるだろう。それとも他のテーマが台頭するのか?今夏も猛暑に襲われるか?国民の心配事と同じく、政治もさまざまな要因に左右される。
調査で分かったスイス人の心配事とは?
世論調査機関gfs.bernの調査では、心配事は合計34種類。1995年以来、これらの心配事がどう推移したか、インフォグラフィックでひも解く。グラフの全体像、特定の「心配のタネ」の動きが一目瞭然だ。
(独語からの翻訳・シュミット一恵)
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