スイス最大の国際アニメ映画祭「ファントシュ」、日本から4作品がノミネート
スイスの国際アニメーション映画祭「ファントシュ(Fantoche)」が今月6日から11日までスイス北部の町バーデンで開催されている。14回目を迎える今年は昨年を上回る79カ国から1394本の短編アニメーション映画の応募があり、日本からは4作品が国際コンペティション部門の最終選考に残った。フェスティバル・ディレクターのアネッテ・シンドラーさんと映画監督4人に話を聞いた。
ファントシュ外部リンクのメインである「国際コンペティション部門」と「スイス・コンペティション部門」の二つのコンペに応募された1394作品のうち、49本が最終選考に残った。
国際コンペ部門に残った27本のうち日本からの作品は、岡崎恵理監督の「FEED」(6分53秒)、キム・ハケン監督の「Jungle Taxi」(7分44秒)、グ・ジエ監督の「I Can See You」(10分49秒)、トマシュ・ポパカル監督の「Black」(14分)の4本だ。
「毎年日本からの作品に魅了されている」と話すフェスティバル・ディレクターのシンドラーさん外部リンクは、4作品とも「最高のクオリティー」と評価する。
「日本から応募される作品の特徴は?」との質問に対し、良い意味で「4本ともステレオタイプ的な日本の要素を含まない作品だ。しかし、日本でだからこそできた作品であることは確か。これらがスイスや他の国で生まれることはなかっただろう」と、日本で制作されるアニメ映画の質の高さを強調した。
空虚な心に感情が戻るとき
中でもシンドラーさんが「日本的なものを感じた」のは、ポーランド出身のトマシュ・ポパカル監督による作品「Black外部リンク」だ。登場人物の顔がなんとなく日本を思い起こさせたと話す。それもそのはず、この作品はポーランドと日本との共同制作だが、制作を機に初めて日本を訪れたポパカル監督は、地下鉄で人々の顔を観察しては登場人物に反映させたり、広島を訪れた際に見た千羽鶴を作品に取り入れたりしたという。
作品「Black」の舞台は無機質なロケットの中。主人公の2人は宇宙から地球上で起こる爆発を観測している。彼らの間で会話はほとんど交わされず、空虚な日々が過ぎてゆく。何のために生きているのか?と言わんばかりに食べ物すら口にしなくなる男性。そんなある日、ふとしたきっかけで互いの感情が爆発する。「Black」では、繰り返される単調な日常の中で2人が感情を取り戻すまでの過程とその瞬間が描かれる。
ポパカル監督にとってファントシュへの出品は2回目だ。2013年にポーランドから応募した作品「Ziegenort」でニュー・タレント賞を受けた。ポパカル監督にとって、才能のある映画制作者が世界各地から集まるこのアニメ映画祭は刺激を受けられる場であり、仲間たちと再会できる貴重な場でもあるという。
トラウマと向き合うきっかけ
同じくファントシュに応募した理由の一つに「スイスの友人に会うため」と答えたのは、今年で2回目の参加となるキム・ハケン監督だ。
キム監督の作品「Jungle Taxi外部リンク」のテーマは運命と傷。「人生には予測できない事が起こり、深く傷つくことがある。その傷をなかったことにするのは大変難しい」。「それぞれが背負ってしまったトラウマなどを少し考えるきっかけを作ってみた」と話す監督自身、作品を通じて自分と向き合った一人だ。「この作品を制作する中で、個人的なある出来事を自分なりに理解し、受け入れようと努力した」
ストーリーはジャングルの中で繰り広げられる。何かに取り憑かれているかのように不気味な女性客を、目的地の海辺まで送迎する犬のタクシードライバーを待ち受けるのは、ある男の死体だった。ドライバーはその死体に駆け寄るが…。「声優や音楽に力を入れた」とキム監督が話すように、犬の渋い声やジャズ調の音楽が、作品のミステリアスな雰囲気を一層引き立てている。
静寂を操る
「コンペに残った全作品が賞に値する」と言うシンドラーさんのお気に入りの作品は、グ・ジエ監督の「I Can See You外部リンク」だ。フェスティバル・ディレクターという立場を考慮して「特定の作品を優遇すべきではないのだが」と前置きをした上で、「とても素晴らしい作品。私にとっては受賞候補の一つ」と絶賛する。「究極にシンプルな方法で、緊張感を極限まで引き出している。とてもはらはらさせられる作品」と興奮を隠しきれない様子だ。
射手である主人公と暗闇に潜む宿敵とのバトルを描くグ監督の作品は、白、黒、赤の3色のみで描かれた2次元の世界とは思えないほど臨場感に溢れる。暗闇の中から飛んでくる弓矢を思わず避けそうになる。
見えない相手との戦いの最中で「(射手の)精神は研ぎ澄まされ、勇気が奮い起こされる一方で、(彼は)敵に対して畏怖を抱き始める」。こうした微妙な感情の変化を伝えたかったというグ監督は、音楽や言葉は使わずに、静寂と効果音を駆使して「静」と「動」の絶妙なバランスをとりながらストーリーを「効果音に語らせる」。
人間・食・時間
グ監督同様に、岡崎恵理監督も作中で言葉を用いない。しかし彼女の場合は音ではなく、雰囲気と感情で作品を描く。
作品「FEED外部リンク」では大人たちが淡々とハンバーグを作り、番号が振られた真っ白な箱にそれらを一つずつ詰め、床下に保存していく。そして2人の子どもたちが正確に切り分けられたそのハンバーグを食べる。また、その子どもたちは動物を可愛がり、餌をやる。シンドラーさんが「秘密めいている」と話すこれらの行動や出来事が何を意味し、互いにどう繋がっているのかを岡崎監督は敢えて作中では語らない。
それについて「見た人に感じ方を委ねられたらなと思った」と岡崎監督は話す。そのため監督は登場人物に表情を与えない。登場人物の表情を通じて見る側の感情を左右したくないからだ。
岡崎監督が「この世界で起きている、実はなんてことない人間と食事と時間のあり方」をテーマにしようと思った一つ目の理由は、文明が発達する一方で、動物を育て、殺し、食すという行為は原始時代から現代に至るまで変化しておらず、そんな時の流れを「妙に思えた」からだという。
そして二つ目のきっかけは幼少期の思い出だ。「ベビーシッターさんが決められた時間に食事を作って出し、食べた量を記録して親に報告していた。それが大人になってから考えると、なんだかペットみたいだなと思った」。しかし子どもを主人公にしてその話の作品を作ると「ああ、この子はこういう育てられ方をしてかわいそうな子なんだ」と感じさせてしまうし、また当時そのシッターが大好きだった岡崎監督は「そんなことを伝えたかったわけではなかった」と語る。
こうした監督の思いから、それぞれに役割を与えられた登場人物・動物たちが作る「世界の仕組み」を淡々と描く作品が生まれた。しかし、もの寂しさや冷たさは感じさせず、どこか暖かい。「不思議でとても繊細な作品だ」とシンドラーさんは言う。
授賞式は11日。これら4本の作品がノミネートされている国際コンペ部門では、最優秀賞、ハイリスク賞、ニュー・タレント賞、ベスト・サウンド賞、ベスト・ビジュアル賞、バーデン栄誉賞、そして観客が選ぶギャラリー賞の七つの賞が授与される。
ファントシュ(Fantoche)
年に1度スイスの町バーデンで行われる、スイス最大の国際アニメーション映画祭ファントシュは、スイスのアニメ制作者が作品を紹介する場であり、多くの人が国内外の作品を鑑賞する場として1995年から開催されている。当時はスイスで初のアニメ映画祭だった。
「ファントシュ」とは仏語で「操り人形」を意味する。20世紀初期にパリで作られた初のアニメ映画の登場人物の名前が「ファントシュ」だったことからも、同映画祭の名前に採用された。
初回の95年には8千人の観客が訪れ、その後2010年は2万人、14年には2万5千人を超えるなど観客数は年々増え続けている。
ファントシュにはさまざまな部門が用意されているが、コンペティションは「国際コンペティション部門」と「スイス・コンペティション部門」の二つに分かれている。さらに子どもが審査員を務める「子ども映画部門」もある。
コンペの他に設けられている最新長編映画部門では、スイスで未上映の最新アニメ作品を見ることができる。今年は細田守監督の「バケモノの子」(15年)と黄瀬和哉・野村和也両監督の「攻殻機動隊 新劇場版」(15年)が上映されている。
また、訪問者により多くの作品を見てもらおうと、今年から設けられた審査外の「オール・コンクール部門」では泉原昭人監督の「Vita Lakamaya」(7分30秒)が上映されている。
岡崎恵理 1993年東京都生まれ。2016年多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業後、株式会社カーフ外部リンクで、アニメーター、イラストレーターとして活躍する。
キム・ハケン(김학현) 1982年韓国・ソウル生まれ。東京工芸大学芸術学部アニメーション学科(2010年卒)を経て、13年に東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻を修了する。現在は東京藝術大学映像研究科アニメーション専攻で教育研究助手を務める傍ら、16年にスタジオ「STUDIO 8 DOGS」を設立し映像制作を行う。
グ・ジエ(顾杰) 1989年中国・江蘇省生まれ。2012年に留学で来日し、16年に東京造形大学修士課程を卒業。「I Can See You」は卒業制作作品だった。現在はフリーのアニメーターとして中国のアニメプロジェクトに参加する。
トマシュ・ポパカル(Tomasz Popakul) 1986年生まれ。ポーランド・シュチェチェンの芸術専門高校を卒業後、ウッチでアニメーションを学び修士号を取得。国外のメディアや芸術クリエイターを日本に招へいする事業を行うジャパン・イメージ・カウンシル(JAPIC)外部リンクのプログラム「アニメーション・アーティスト・イン・レジデンス東京2014」の招へい者3名の1人に選ばれた。
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