W杯開催国カタール、来場者を監視?
ドローン、偵察車両、携帯電話のハッキング-。米中央情報局(CIA)の元諜報員がカタールに提案した極秘の諜報サービスだ。22年サッカー・ワールドカップ(W杯)開催国がスパイ活動に十分な設備を持つ可能性があることが、スイス公共放送(SRF)の調査で明らかになった。
22年W杯観戦でカタールに行く人は、宿泊するホテルの近くにライトバンが停まっているのを見かけたら、監視されている可能性を警戒した方がいい。SRFの調査チーム「SRF Investigativ」が入手した秘密文書で、ハイテク偵察車両を含むカタールのスパイ装備の詳細が明らかになった。
ライトバンはコードネーム「ミステリー」と称する計画の一部で、可動式監視プラットフォームとして機能する。Wi-Fiネットワークから信号を傍受し、秘かに動画を記録し、自動的に車のナンバープレートを認識する。また、近くの携帯電話データを監視し、通話の傍受も可能だ。
この偵察車両は、米国のセキュリティ企業「グローバル・リスク・アドバイザー(GRA)」が2014年8月に作成した企画書の中に出てくる提示例の1つだ。SRFの報道(11月2日付)によると、同社はカタールに代わり、W杯の批判者や国際サッカー連盟(FIFA)幹部をスパイしていた疑惑がある。GRAは元CIA諜報員のケビン・チョーカー氏が設立し、スタッフは主に米情報機関の元職員だ。
今回明らかになった企画書「エンパワーリング・カタール(Empowering Qatar)」には、カタールの諜報活動を強化する様々な計画が列挙されている。カタールがこれらの偵察車両を実際に購入したことも、SRFの調査で判明した。
ベルンの在スイス・カタール大使館、ドーハのカタール政府通信局は、SRFの取材に回答しなかった。GRAは、この企画書が提案または導入された監視プログラムを記述したものかどうかについて、コメントを拒否した。同社広報担当者は、文書は捏造されたものであり、疑惑が「全くの誤り」であると主張した。同社は前回もカタールのスパイ疑惑を否定し、文書の真正性を疑問視している。
「こうした新たな(疑惑の)主張は全くの虚偽であり、設立者のチョーカー氏と本社が巻き添えになった、外国のネガティブキャンペーンの一環と思われる捏造文書に基づくものだ。実際に調査することもなく、SRFが真偽の疑わしい主張を真実として受け止めていることは遺憾だ。また、米国の信頼ある報道機関により、国家の影響力強化にジャーナリストがどう利用されているか、その方法と手段を詳述した情報報告が分析されたのと同時期にこの疑惑が持ち出されたのも驚くべきことだ」
「もっと具体的に言えば、SRFの虚偽文書は、違法ハッキング、『黒い』車両軍、ドローン、政府内の多領域での諜報活動など、複数の政府を対象にした広範な諜報活動があるとしている。だがSRFは、そうした車両やドローン、政府の目撃者、ましてやそうした活動にGRAが関与しているとする証拠を何一つ示してはいない。仮にこの大々的な諜報活動が事実だとすれば、その証拠を見つけるのは簡単なはずだ。にもかかわらず、SRFは明らかな虚偽文書に依拠して、確証のない架空の主張をしている」
SRFは関連文書の真正性を確かめるために様々な手段を講じた。昨年、AP通信も「エンパワーリング・カタール」に記された複数の諜報計画を報じている。
GRAの提案する別の計画「Viper(ヴァイパー)」は、スマートフォンの個人データをターゲットにしたものだ。このプログラムは、カタール当局が携帯電話の脆弱性を突いて、本体に保存されたデータや通話履歴、連絡先を抜き取れるよう設計されている。
ワールドカップ・フィーバー
2022年W杯は11月20日から12月18日まで開催される。最初の数日間だけでも約120万人がカタールを訪れたとみられる。その中にはスイスのウエリ・マウラー財務相を始めとする、多くの政府高官やVIPも含まれる。
カタールとGRAの別の計画が判明したことで、W杯来場者が監視されるのではないかという懸念は増大した。10月後半にAP通信が報じた記事では、カタール国内に携帯電話の追跡監視システムを設置するというGRAの計画が明らかになった。さらに、GRAはユーザーの位置情報と動きを記録できる22年W杯アプリも提案していた。AP通信によれば、カタールはこの計画を仮承認したが、実際に導入したかどうかは不明だ。
スマートフォンアプリ
国際的なIT専門家は、W杯来場者に義務付けられた2つのアプリを懸念している。カタールの新型コロナウイルス感染追跡アプリとW杯チケットアプリだ。この2つは、ユーザーのスマートフォンに対し、ほぼ全面的な権限アクセスを要求する。
スイス連邦当局は、職員の職務用携帯電話で両アプリを使用できないようにした。また、大会を訪問する政府関係者に対し、個人の携帯電話を持参せず、私用には格安スマートフォンのみを使うよう勧告した。だがスイスの一般渡航者向けに公式メッセージはない。連邦外務省は、カタールを訪れるスイス人旅行者への公式アドバイスで、現地でのスパイ活動の危険性に言及していない。一方、カタール公式ウェブサイトによれば、カタール当局は両アプリをインストールしなくても訪問者が同国に入国、試合を観戦できるようにした。
スイス連邦閣僚のマウラー氏はカタールを訪問し、スイス対ブラジル戦を観戦した。スイスは閣僚をスパイ活動からどう守るのかとの問いに対し、マウラー氏の広報担当者は、「政府関係者のセキュリティ対策についてはコメントしない」と回答した。
11月5日付の英紙サンデー・タイムズは、カタールとつながりを持つインド拠点のハッカー集団が、海外の政治家やジャーナリスト、スポーツ界関係者など、100人以上の私用メールアカウントを標的にした疑いを報じている。スイスのイグナツィオ・カシス外務相とアラン・ベルセ内務相も標的になったという。カタールはこの疑惑を否定している。
カタールのために活動するスパイは、同国の監視体制を熟知している。その脅威がいかに深刻であるかは、GRAの別の文書からがうかがい知れる。同社がカタールに渡航する新入社員に配布した文書を見れば、同社がカタールを「友好的な国」と見なしていないことは明らかだ。顧客としてビジネスをしていてもだ。
文書には、「自分が誰かの標的になる可能性があることに慣れよ」との記述があり、敵対者として「国家情報機関」を挙げている。監視されるリスクを最小限にする行動規則も示している。自社スタッフに使い捨てメールアドレスの設定を推奨し、カタール入国後は口実を作って指定宿泊先の部屋を変更してもらうよう伝えている。明らかに盗聴を警戒している証拠だ。
「エンパワーリング・カタール」は、奴隷に等しい条件下でW杯競技場を建設した外国人労働者を標的にした、複数のスパイ計画も提案している。「つるはし計画」と呼ばれる計画で、GRAはカタールで働く移民労働者の個人情報と生体情報の取得を約束している。移民労働者に対する国家の「支配的立場」を確保するのが目的だという。その他にも、「ファルコン・アイ」計画ではカタール内務省に国内用ドローン群の導入を提案した。目的の1つは、「移民労働者居住センターの管理」としている。
英語からの翻訳:由比かおり
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