ジュネーブの科学外交財団GESDA、設立4年で立ちはだかる試練
スイスは、国際都市ジュネーブをテクノロジー・ガバナンスの拠点とすべく科学外交に力を入れる。それを具現化するのが、年次サミットを開いて国際科学界と外交界を結ぶジュネーブ・サイエンス・ディプロマシー・アンティシペーター財団(GESDA)だ。だが設立から4年経った今でも、その目標は道半ばだ。
GESDAは18~20日、第3回年次サミット外部リンクをジュネーブの欧州原子核研究機構(CERN)サイエンス・ゲートウェイで開く。
サミットでは人工知能、量子技術、ニューロテクノロジーなどの分野における将来の科学的革新と、それが人類、さらにはガバナンスシステムに及ぼす影響についてパネル・ディスカッションが開かれる。政治家、科学者、外交官、民間セクターの代表ら約1200人が対面・オンラインで参加する予定だ。
GESDAはスイス政府が2019年に立ち上げた。変動するグローバル・ガバナンスにおいて、世界に国際都市ジュネーブの存在感を維持したいという狙いがある。米中対立、グローバル・サウス(新興・途上国)の台頭は、ジュネーブを含む西側が1945年以来支配してきた外交ビジョンに挑戦状をたたきつけている。
スイス外務省のナンバー2、アレクサンドル・ファゼル事務次官は先週、GESDAについて「21世紀のグローバル・ガバナンスの実験室がここにある」と語った。また科学外交が2024~2027年のスイス外交政策の「中心的手段の1つ」だとも述べた。イグナツィオ・カシス外相は13日、量子コンピューターへの容易なアクセスを目指すグローバル拠点でGESDAの主要プロジェクトでもあるオープン量子研究所外部リンク(OQI)の発足を発表した。
科学と政治の架け橋
GESDAの目的は、研究の最前線と政治意思決定者、公民セクターの架け橋となることだ。将来の技術革新を見据え、外交官や政治意思決定者にそのための準備を促すことも目指す。
「私たちがやろうとしているのは、発展を予測することだ。ほぼ一夜にして我々の生活に現れた人工知能(AI)について、私たちはみな議論の機会を多かれ少なかれ逸した」。GESDAのマーケティング&コミュニケーション責任者、ジャン・マルク・クレヴォワジエ氏はジュネーブで記者団に語った。「私たちはこのような事態を想定していなかった。それが混沌たる議論につながった」
3年間の試行期間を経て、連邦内閣は2022年、GESDAに今後10年で年間300万フラン(約5億円)の資金援助を行うことを決定した。ジュネーブ州とジュネーブ市も同年、それぞれ10万フランを拠出した。比較すると、スイスが2020年から2023年の間にホスト国政策に充てた予算は合計1億2200万フランだ。
左派・右派からの批判
連邦議会ではGESDA発足を巡り、左派・右派の双方から批判が上がった。ぺーター・ブラベック(GESDA現会長、ネスレ元社長)やパトリック・エビッシャー(GESDA副会長、ローザンヌ連邦工科大学元学長、ネスレ取締役)といった著名人がトップに立つことで権威組織と化し、利害対立につながるとの声もあった。
国民議会(下院)外交政策委員会のファビアン・モリナ氏(社会民主党、SP/PS)は「GESDAがネスレの利益を全て擁護しているとは思わない」と言う。「だが多国籍企業に生涯を捧げ、常に利益と経済成長を擁護してきた指導者たちをリーダーに据えたら、その反対側にいる最も恵まれない人々の味方をするつもりが彼らにないことははっきりしている」
また、GESDAのミッションが漠然としすぎているという議員もいた。同じく外交政策委員会メンバーのローランド・ビュッヘル議員(国民党、SVP/UDC)は「外交は政府と外交官の仕事だ。GESDAの役割は定義上明確になりえない」と話す。そのため、経済界のプレーヤーたちが「血税を投入した」GESDAを通じ、スイス外交に介入することには批判的だ。「私の意見では、これらの財源はほかに回せる」
しかし、2人はGESDAは連邦議会にとって優先事項ではないと認める。特に、連邦から拠出される資金額は、外務省の基準に照らすとそこまで多くないからだ。
設立4年 功績は?
GESDAは外務省の旗艦プロジェクトであり、寄せられた期待も大きかった。
現在までのところ、その代表的な功績は2021年に発表され、毎年更新される「サイエンス・ブレークスルー・レーダー」だ。複数の研究分野において今後5、10、25年間に予想される最も重要な科学的革新の概観をまとめたプラットフォームで、オンラインでアクセスできる。その調査結果は、世界の科学者1500人以上の意見を基盤としている。
>>サイエンス・ブレークスルー・レーダーについての詳しい記事はこちら↓
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人類の幸福のために未来の技術を予測
EPFLでイノベーション法・倫理を研究するヨハン・ロッシェル氏は「課題はこのレーダーをしかるべき相手に届けることだ」と言う。「シナリオ開発は第一の目的に過ぎない。それを現実のものとし、意思決定者に届けることが第二の主要目的だ」
しかし、米中対立、ウクライナ戦争、イスラエルとパレスチナの武力衝突などの地政学的緊張の中で多国間協力は行き詰まり、GESDAの前には強い逆風が吹く。
「我々は主流な議論に溶け込むのに苦労しているのだろうか?そうかもしれない」とクレヴォワジエ氏は言う。「しかし、私たちはまだスタートしたばかりの財団だ。最先端と認められる製品もある。それについて毎年議論してもいる」。同氏はまた、今年のGESDAサミットには外相が6人出席予定であることを強調する。この会議の世界的な影響力を数値化することはまだ難しいとはいえ、財団は世界の政府にアプローチする努力を続けるという。実際、swissinnfo.chがサミットに参加すると、出席者の大半は科学者で、外交官はほとんど見当たらなかった。
「もちろん、世界の首都を全て訪問し、レーダーを存分に宣伝することは不可能だ」。GESDAの科学予測担当エグゼクティブディレクター、マーティン・ミュラー氏は言う。2022年の同財団の予算は400万フラン強、スタッフは12人だった。「ここジュネーブの拠点を通じ、さまざまな政府に少しずつメッセージが広まり始めていると思う」
ジュネーブは、国連が承認している193カ国のうち180カ国が常設事務所を構えている。外交使節団の数を見れば、「普遍性」と言う意味では目標に近づいている。ジュネーブには国連と世界貿易機関(WTO)の欧州本部があるほか、約750の非政府組織もある。swissinfo.chが問い合わせた、主要な研究センターを持つ国や地域的・世界的な大国を含む約20カ国の代表のうち、GESDAサミットのためにジュネーブに外交官を派遣すると回答があったのは英国と日本だけだった。
今後はどうなる?
連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)安全保障研究センター(CSS)で科学外交を研究するレオ・アイグナー氏は「GESDAは、外務省が科学を超えた政治的目的を達成しようとする上での1つの影響力、あるいは『外交のための科学』戦略だ」と話す。「この『外交のための科学』というアプローチの問題点は、そのようなイニシアチブを設計し、迅速に実行することが非常に難しいというところにある」
ジュネーブのシンクタンク、forausの共同ディレクターのダリウス・ファルマン氏も、GESDAの「具体的な成果を把握し評価するには、あと数年を要する」とみる。「今後数年間で『グローバル・サウス』と呼ばれる国々は、多国間主義を欧米中心主義から脱却させ、人口的にも経済的にも力をつけている国々を代表する仕組みを要求してくるだろう。(中略)GESDAが人々を動員するという目的を達成するためには、非常に多くの国際的なプレーヤーと協力し、参加者を極めて多様化させなければならないだろう」
スイスの歴史的な外交的強みである中立と仲介政策が国際舞台で影を潜めつつある今、スイスは名だたる2つの連邦工科大学と欧州原子核研究機構(CERN)を擁し、研究分野では依然として高い評価を維持する。そのため複数の専門家は、科学外交に賭けることで成果が上がる可能性があると予測する。しかしそれを狙うのはジュネーブだけではない。ニューヨーク、パリ、ブリュッセルといった多国間主義の拠点もまた、同様の地位を確立しようと躍起になっている。
ロシェル氏は「GESDAはより広範なエコシステムの一部だ。他の都市も同じような組織を誘致しようとしていることを考えれば、ジュネーブとその主要なプレーヤーは協調し結集する必要がある」と話す。
編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:宇田薫
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