スイス、人権と貿易の自由の板挟み
大量破壊兵器を除く、銃器などの通常兵器の国際間移譲を規制する「武器貿易条約(ATT)」が採択されるか否か、世界が注目している。ニューヨークの国連本部で7月2~27日に行われる交渉会議は、コスタリカのオスカル・アリアス元大統領などの呼びかけでNGOや国際法学者らが長年かけてキャンペーンを張り、その努力が実ったものだ。
この条約交渉会議に出席するスイス政府の代表は、スイスの平和主義団体とも軍需産業界とも妥協点を見つけながら「条約の署名を目指している」と語る。
人権・人道擁護を旗印にする中立国でありながら、武器製造及び輸出を行う国スイス。ただし、武器貿易に関するスイスの法律は、抜け道を利用した違反行為がしばしばメディアを騒がせるものの、「世界で最も厳格な法律の一つ」と考えられている。
このスイスの武器貿易法は、 内紛や国際的な紛争に巻き込まれている国への武器輸出は禁止する。また人権を絶えず侵害する国への輸出も禁止。途上国で開発援助を受けている国や、武器が他国へ再輸出される可能性や市民をターゲットに使用されるリスクがある国に対しても輸出を禁止すると謳(うた)っている。
条約が目指すもの
今回、スイスの交渉団長を務める連邦経済省経済管轄局(SECO)のエルヴィン・ボーリンガー氏は、「たとえ条約の合意内容がスイスの法律の基準にそぐわない場合が出てくるとしても、合意に向けた世界各国の努力は歓迎する。できるだけ多くの国がこの条約の成立に努めてほしいと思っている」と述べる。
ボーリンガー氏によれば、条約は1人で操作できる小型兵器(small arms)、数人で操作する軽兵器(light weapons)など通常兵器の規制だけではなく、武器移譲の形式である輸出、再輸出、技術の伝達、輸入、仲買などの規制も含んでいる。つまり武器の出荷は、例外のない透明性ある基準に従って、ケース・バイ・ケースに取り扱われることを求めている。
武器輸出と人権侵害
「たとえ合意が行われたとしても、それは限定された進展を見るだけで終わるだろう」と、今から悲観的な発言をするのは平和団体「軍隊のないスイス(Switzerland Without an Army)」のアディ・フェラー氏だ。なぜなら交渉が基盤にする人権侵害とは、条約成立を阻止しようとする国々にとっては、いくらでもすり替えがきくものだからだ。
一方、スイスの軍需産業の一つで航空機製造のラインメンタル・エアー・デフェンス(Rheinmetall Air Defence)社の輸出部門部長、アンドレアス・マイアー氏は、武器輸出問題では人権侵害を考慮することに賛成すると表明。この発言は人権擁護団体アムネスティ・インターナショナル(Amnesty International)スイス支部の雑誌で紹介された。
さらに「今回の武器貿易条約がたとえ成立したとしても、我が社が影響を受けることは考えられない。なぜなら、スイスの武器貿易に関する法律は(非常に厳しいものであるから)、すでに十分包括的だからだ」と付け加えている。
スイス市民社会の監視
ところで、今回の武器貿易が成立 してスイスがそれに調印したとしても、そのせいで現行の法律が弱められることは考えられないとボーリンガー氏は明言する。「スイスは非常に批判精神に富む市民社会だ。もし現行の法律のレベルが引き下げられることにでもなれば、市民が黙ってはいないだろう」
アムネスティ・インターナショナルの武器規制部門でマネージャーを務めるブライアン・ウッズ氏もスイスの市民社会の監視に信頼を置いている。「スイスでは、政治家が現行の法律レベルを引き下げないように監視するのは市民だからだ」
「ただし」とウッズ氏は語気を強め「問題は法文の細部だ。現行の法文を良よく読みこなし、それがどのように適用されているか見きわめる必要がある」と言う。なぜなら、輸出された武器の現地でのコントロールや、平和維持軍に渡される武器に関する条項が欠けているからだ。「従って、こうした細部に関しスイスの連邦議会は法文の改正を行う必要がある」
現実的な成果
だが、ウッズ氏の現在の最大の関心は、スイスの法文ではない。3週間の交渉の末に「武器貿易条約」が成立するか否かだ。「114時間の交渉時間がある。だが会議には193カ国が出席する」
ただしウッズ氏は「武器貿易の完全撤廃」といった非現実的なゴールを設定しないように警告する。なぜなら、結局すべての国にとって、(この交渉の場で大切なのは)武器貿易に対する責任を明確に認識し、貿易における不透明さを排除するといった姿勢だからだ。
「責任と不透明さの排除が現実的な成果だろう。そしてもし世界的なキャンペーンと市民社会の圧力でこうした成果が交渉の場で生まれるとしたら、その可能性の扉を開く力をスイスの人々に貸してほしい」
スイスの矛盾
こう期待されるスイス社会だが、その武器貿易に関する態度はそう楽観的なものではない。1972年から2009年にかけ、スイスでは武器貿易を禁止するイニシアチブが3回国民投票にかけられ、3回とも否決された。2009年には、経済界と政府が「武器貿易の禁止は数千人の失業者を生み出す」という理由で国民に否決を呼びかけた。
とはいえ、スイスで武器貿易に反対する動きが静まったわけではない。政府の外交政策に関するシンクタンク「フォラウス(Foraus)」は、武器貿易の政府決定に関するさらなる透明性を要求している。法学者や教会はスイスの武器貿易に関する矛盾を指摘している。それは国際人道法であるジュネーブ条約の「保管人」であるスイスとスイスの武器輸出の間の矛盾だ。
2011年、スイスの武器輸出額は8億7270万フラン(約733億円)に上った。それは国内総生産(GDP)の0.4%に過ぎない。
また、過去数十年、スイスの軍需産業はしばしば成長産業のトップを走ってきている。
最近のスキャンダルは、アムネスティ・インターナショナルが報告した催涙ガスの違法輸出だ。スイスから南アに輸出された催涙ガスは、紛争終結がまだ定まらないコンゴに再輸出された。この催涙ガス弾薬筒を約3000個製造したのはスイスのブルガー・トメット(Brügger & Thomet)社だった。
スイスの武器輸出に関する初めてスキャンダルは1968年。ナイジェリアの市民戦争で赤十字国際委員会(ICRC)の飛行機がスイス製のロケットによって攻撃された。
10年後、スイスのピラトゥス社(Pilatus)の軍事訓練用の飛行機「PC-7」が爆弾を積むように容易に変形できることが明らかにされた。コストが比較的安価なため「貧乏人の爆撃機」とあだ名をつけられているこのPC-7は、爆撃機として、ミャンマー、グアテマラ、メキシコ、チリ、ボルビア、ナイジェリアで使用されてきた。最近ではイラク、南ア、ダルフールでも使われている。
最近のスキャンダルは、2011年7月。カタールに輸出された武器がリビアに再輸出されていたからだ。これは明らかに法律違反にあたるため、連邦経済省経済管轄局(SECO)は直ちにカタールへの輸出を禁止した。
また、2011年6月には、アムネスティ・インターナショナルが南ア経由でコンゴに輸出された催涙ガスを違法だと警告した。
スイスの武器は隣国のドイツやイタリア、ベルギーやスペインなどを含む68カ国に輸出されている。
連邦経済省経済管轄局(SECO)によれば、昨年の武器の輸出総額は8億7270万フラン(約733億円)を記録。
2010年に前年比で36%も武器輸出が伸びたのは、ピラトゥス社の軍事訓練用の飛行機「PC-21」を25機、アラブ首長国連合に売却したからだ。
連邦経済省経済管轄局によれば、北アフリカ、中東の中でもサウジアラビア、パキスタン、エジプトに対する武器輸出には制限を強化しているという
(英語からの翻訳・編集 里信邦子)
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