スイスがもっと人種差別と闘うべき理由
国連は最新の審査報告書で、スイスには人種差別に対処できる明確な法律が存在しておらず、被害者が訴えることのできる手段が不足していると指摘した。活動家は訴訟費用が法外に高いと話す。
国連人種差別撤廃委員会(CERD)は先月、人種差別を禁止する明確な連邦法がないとして、スイスに対し法規制の強化を求めた。また同委員会は、インターネット上でのヘイトスピーチの増加や「警察による継続的な人種プロファイリング」に対して更なる対策を講じるよう連邦政府に要求した。
CERDの任務は、1965年に採択された「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約外部リンク」の実施状況を監視することにある。スイスはこの条約に1994年に加盟した。定期審査は通常4年ごとに行われる。スイスが最後に審査を受けたのは2014年だが、今回は主に新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)の影響を受けて遅れが出た。
18人の専門委員で構成されるCERDは審査後、スイス連邦政府への勧告を発表外部リンクした。コートジボワール出身の法律家で専門委員を務めたディアビ・バカリ・シディキ氏は、家事労働者条約や障害者権利条約など様々な国際条約に批准するなど、スイスには2014年から「力強い」前進が見られたと評価した。一方で、同委員会は主な懸念事項に関して取り組みを行うよう勧告した。
審査の過程で、スイス政府は政府がどのように人種主義に関する課題に取り組んだか報告書を提出するが、CERDはNGOや市民団体からのエビデンスも審査対象にしている。
人種プロファイリング
「普通の人と同じように道を歩いていると、彼らは私たちのところにやって来て身分証明書を要求するのです。理由は肌の色です。それ以外の理由はありません――」。これは、NGO団体「反人種プロファイリング同盟外部リンク」のウェブサイトに寄せられたある利用者の体験談だ。
ケニア出身のスイス人で、同団体の共同設立者であるモハメド・ワ・バイレ氏は、スイスで多くの人が「人種差別的な取り締まり」の標的にされているが、経済的な理由で裁判を起こすことができないと語る。ワ・バイレ氏は訴訟にこぎつけた数少ないうちの1人だ。彼の訴訟は2015年にチューリヒ中央駅で警察の取り締まりにあったことに端を発する。この訴訟は欧州人権裁判所まで進んだ。ここまで進めてこられたのは、ファンドレイジング(資金調達)のおかげに他ならない。
ワ・バイレ氏は「スイスの裁判所で正義を求めるには、金持ちでなければならない」とswissinfo.chに語る。「私は反人種プロファイリング同盟を共同で設立し、裁判費用を払うためにファンドレイジングをしている。そうでなければ訴訟を続けることはできなかっただろう」。現在までに訴訟に掛かった金額は10万フラン(約1260万円)近くに上る。
「誰がそんな大金を用意できるのか」。ワ・バイレ氏はそう問い掛けた。
CERDが長年にわたりスイスに勧告しているのは、人種差別撤廃法の強化だ。
「締約国における人種差別の事例の増加と訴訟が稀であるという事実を考慮すると、特に民法または行政法において、また教育、雇用、住居の分野で、人種差別を明確に禁止する法律が欠如していること、および被害者のための十分かつアクセスできる手段が欠如していることを委員会は強く懸念する」と報告書に記載されている。
連邦反人種差別委員会(FCR)もこのために働いてきた、と同委員会のディレクターで法律家のアルマ・ヴィーケン氏は話す。明確な法律がなく、訴訟件数が少ないということは判例も少ないということだ。このため弁護士も裁判に持ち込む準備ができてないことが多い。被害者の場合は煩雑な手続きに加え、法外な訴訟費用が掛かるため、多くは訴訟を躊躇してしまう。
この点でスイスは多くの欧州諸国に後れを取っている、とヴィーケン氏は話す。例えばノルウェーには人種差別訴訟を専門に扱う裁判所があり、専門的な裁判官が揃っている。また、スイスとは異なり、被害者とされる人物が訴訟費用を前払いする必要がない国もある。雇用や住居などの分野では、被害者とされる人に立証責任があり、人種差別と闘うには法改正が必要だとヴィーケン氏は話す。
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ヘイトスピーチの増加
CERDは報告書で、イェニシェ、シンティ、ロマ、アフリカ出身者、アジア系、またはユダヤ人やイスラム教徒に対するネット上のヘイトスピーチが増加していると指摘。CERDはスイス政府に対し、この状況を調査し対策を講じるよう求めた。この問題は特にパンデミック中に拡大した。
FCRはCERDの報告書が発表される直前の11月末、インターネット上の人種差別的なヘイトスピーチを報告できる新しいプラットフォームを立ち上げている。国レベルではこのような仕組みがなかったため必要だったとヴィーケン氏は話す。
「インターネット上で何が起こっているのかグローバルに把握するのは非常に重要。また、個人や反人種差別団体が行動を起こすためにもとても大事なことだ」。ヴィーケン氏はswissinfo.chに語ったところでは、既にプラットフォームに苦情が集まっている上、FCRのパートナーはフェイスブック、ツイッター、ユーチューブで「公認報告者」に認定されていて、問題のある投稿をより迅速に削除できるようになっている。
CERDのシディキ氏はこの動きを歓迎した。FCRがプラットフォームに報告されたヘイトスピーチの事例に基づいて法的措置を取る予定がないとしても、このようなデータベースは他の人が訴訟を起こすときの証拠となり得るという。
人権団体humanrights.chの反差別・人種主義部門長を務めるジーナ・ヴェガ氏は、「ここ数年間見てきたように、ツールは良いものであっても、どのように使われるか分からない」と話す。「モニタリングは本当に重要だ。私たちは話す必要があるし、数字も必要だ。これ(インターネット上のヘイトスピーチ)はここスイスで本当に問題になっていると示す必要がある」
警察官の暴力
ヴェガ氏は更に「CERDの審査結果と勧告をとても嬉しく思っている。CERDや国連のような国際機関がこのような問題に注意を払うのはとても良いことだと思う」と話す。humanrights.ch が取りまとめたスイスのNGOのプラットフォームはCERDにレポート外部リンクを提出し、CERDの専門家と面談した。被害者の経験に基づいたこの提言からCERDは多くの部分を取り上げてくれた、とヴェガ氏は語る。
スイス政府はCERDが前回勧告したことを実行した、とヴェガ氏はswissinfo.chに語った。特筆すべきは国内人権機関の設立だ。この件は先日連邦議会で承認された。しかし、人種差別に対処するための取り組みは、リソースが不足しており不十分であることから、政府や警察を含むあらゆる組織で行動を起こす必要があるとの考えを示した。
CERDの報告書で勧告された警官のトレーニングは改善されているものの、更なる努力が必要だとヴェガ氏は話す。また、人種プロファイリングだけではなく、警察による暴力も問題だ。
昨年、スイスで起きた事件の中でも特に衝撃的だったのは、スイス西部の町モルジュの駅のホームで、スイス国籍の黒人が警察に殺害されるという事件だった。被害者は精神疾患の既往歴がありナイフを引き抜いたが、警官の発砲により数分後に出血多量で死亡した。地元警察のクレマン・ロイ署長は9月、フランス語圏のスイス公共放送RTSで「あの時、署員がとった行動は肌の色とは関係ない」と語った。しかし被害者家族は人種差別的な警官の犠牲となったと訴えた。犯罪捜査が行われ、州会議は警察の行動を調査するよう要請した。
今何をすべきか
スイスは審査中の11月にCERDの質問に回答することができた。例えば警察のトレーニングに関して政府は、前回のCERDの審査以降、見直されてきたと話した。更に「職業倫理を重視すると同時に多様性、住民との関わり方にも重きを置いた」と続けた。
政府は現在CERDの勧告を考慮しながら、州や関連団体と協力して取り組みを行っている。連邦内務省人種差別対策窓口がこれを監視する。
次回のCERDの審査に向けた詳細な報告書をスイスが提出するのは4年後だ。しかしCERDは最も懸念される事項、すなわち人種プロファイリングとヘイトスピーチ、また市民ではない者の状況に関しては1年以内に報告するよう求めた。
「スイス政府の行動計画と、スイスがどのようにして人種差別問題を改善していくのか、報告が楽しみだ」(ヴェガ氏)
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(英語からの翻訳・谷川絵理花)
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