スイスの「宝の洞窟」 外交贈答品の所蔵館
クリスマスや誕生日のプレゼント選びは、相手を喜ばせたい気持ちが大きいほど難しい。世界の指導者たちにいたっては、面会に際して完璧な贈り物をしなければならないというプレッシャーを感じている。
時は1993年。ウズベキスタンのイスロム・カリモフ大統領の側近に、贈り物の天才がいたようだ。この年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で当時のスイス連邦大統領アドルフ・オギ氏がカリモフ氏から受け取った贈り物は、花や草の紋様をちりばめた絨毯という、一見するとよくあるウズベクの伝統工芸品だった。特殊なのは、絨毯の中央にオギ氏の似顔絵が織り込まれていたことだ。その黒いスーツと赤いネクタイは、鮮やかな赤とアースカラーをベースにした手織りの絨毯に見事に調和していた。
「(オギ氏が)最も大切にしていた品物のひとつだ」。美術史家のアンドレアス・ミュンヒ氏はこう話す。2002年に国内の展覧会で披露された際も人気を博し、直近ではオギ氏の故郷ベルン州カンデルシュテークに博物館に展示された。
一般公開時以外は、ミュンヒ氏が館長を務める連邦美術品所蔵館外部リンクに収められている。内務省文化局の建物の地下と言う地味な場所にあるこの所蔵館は、スイス連邦が創設された1848年以降にスイスの閣僚や大使、その他高官が受け取った外交贈答品を保管するため、温度、湿度、照明を最適に調節している。
ミュンヒ氏が館長に就任した2012年、収集品は散乱し、出所に関する情報がほとんどないまま倉庫に放置されていた。「すべてを捨てるか、全身全霊をかけて出自を調査するか。どちらかだと言い聞かせた結果、後者を選んだ」と振り返る。
公式には、閣僚を含む連邦公務員は200フラン(約3万3000円)を超える贈答品の受け取りを禁止されている。だが公務員の多くは外交上の礼儀として受け取った後、上司や連邦内閣(政府)に引き渡す。政府の建物や博物館に飾りきれないものは、最終的に所蔵館行きとなる。外交贈答品のデータベースには今、さまざまな価値や意味を持つ品物600点近くが登録されている。
中にはギャラリーが欲しがりそうな逸品もある。チューリヒ大の専門家が鑑定した結果、「真雄斎」の号を持つ日本の彫金師・塚田秀鏡の作品と判明した銀の花瓶3点はその代表例だ。秀鏡は精巧な日本刀でよく知られる。緻密な細工を凝らした花瓶は、おそらく皇室から贈られたものだとミュンヒ氏は語る。
だが他の所蔵品と同じく、スイスがいつどのように花瓶を受け取ったのかはほとんど分からない。ミュンヒ氏らは今、詳しい所蔵品目録を作るため、元の持ち主に贈り主や贈呈の日時、作者などの情報を提供するよう求めている。
所蔵品そのものから分かるのは、贈答品交換の背後にある思考だ。「ほとんどの所蔵品は、(国家間)関係や贈り主、その意図について何かを語っている」(ミュンヒ氏)
連邦内閣事務局のスーザン・ミシュカ広報官は、スイスの大統領が首脳会談の際に贈答品を交換することは一般的だと話す。贈り物選びの議論は真剣そのものだという。
ミシュカ氏はswissinfo.chの取材に「儀礼担当者は会談に先立って品物とその価値について話し合い、適切なバランスを取るようにする。多くの場合、贈答品は受け取る人に合わせて選ぶ。大統領の私的顧問が贈り物候補に責任を負う」とメールで回答した。
スイスからの贈り物は50~数千フランの範囲で、スイス産であることが必須だ。「スイスの卓越性ときめ細かさを象徴するもの」(ミシュカ氏)で、時計やオルゴール、スイスアーミーナイフ、チョコレート、ワインのほか、スキー板や芸術作品などがよく選ばれる。
会談の議題に合わせて選ばれることもある。今年11月にバチカンを訪問したアラン・ベルセ大統領は、フランシスコ教皇にスイス人作家シャルル・フェルディナン・ラミュの小説「Présence de la mort(仮訳:死の存在)」を贈った。1922年に書かれたこの作品は、地球温暖化により崩壊する世界を描いた。ベルセ氏は本に1921年7月29日の天気予報のコピーを挟んで贈呈した。スイスが当時の最高気温38.9度を記録しラミュに小説のインスピレーションをもたらしたものだ。
ミシュカ氏は、11月にスイスを公式訪問したフランスのエマニュエル・マクロン大統領や、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と会談したベルセ氏が何を贈ったのかを明かさなかった。政府は通常、贈答品に関する情報を開示していないようだ。
だが地元の話題にならざるを得ない贈り物もある。2009年にロシア大統領として初めてスイスを公式訪問したドミトリ・メドベージェフ氏は、クマと縁の深い首都ベルンに2頭の子グマ、ミーシャとマーシャを贈った。2匹のために、ベルン市はクマ公園を大幅に拡張した。
だが善意に溢れた贈り物は悲劇に変わった。シベリアで手心込めて育てられたクマたちは、互いに依存しあうようになり、2014年に子を産んだものの子育てを放棄した。父のミーシャは観光客の目の前で子グマの1匹を放り投げて殺害。飼育員たちは、親クマたちが虐待する前にもう1匹を安楽死させた。
ミュンヒ氏は、野生動物は剥製や彫刻も含め、外交贈答品として武器と並び長い伝統を持つと話す。連邦美術品所蔵館には、米国の国鳥で権力と権威を象徴するハクトウワシの模型が少なくとも2点眠っている。クウェートから贈られたハヤブサの置物は金の足を持ち、鳥を落ち着かせるための着脱可能な帽子を被っている。
「ハヤブサはアラビア文化の重要な一部だ」とミュンヒ氏は解説する。「この贈り物は、その由来を語るだけでなく、ハヤブサの持つ力が(受け手に)伝わるようにという願いが込められている」
同様に、装飾用のライフルや刀などの武器は、強さだけでなく、自己防衛の象徴でもあるという。
ミュンヒ氏らは近く、2023年末で政治家を引退するアラン・ベルセ氏の執務室を訪問する予定だ。ベルセ氏が12年の在任中にため込んだ贈呈品の収納部屋を空にし、連邦所蔵館に移すのが任務だ。ベルセ氏の似顔絵入り絨毯がその中にあるかどうか、ミュンヒ氏はまだ知らされていない。
編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。