介入の手を伸ばす中国、スイスの村にも
新型コロナウイルスと戦う欧州各国に中国から続々と支援物資が届いている。だが欧州では中国への警戒感も漂う。中国がコロナ危機を利用して欧州で影響力を高めようとしている疑念があるからだ。中国が明らかに介入してくるケースは多いが、あまり注目を浴びない。先月初めにもスイス・ヴォー州に中国が介入してきた。
ヴォー州の約10の基礎自治体に先月9日、州政府から書簡が届いた。これらの村に共通していたのは、翌日10日のチベット国旗掲揚キャンペーンに参加予定だったことだ。このキャンペーンは1959年のチベット民衆蜂起(中国占領軍に対する蜂起)の記念行事としてスイス・チベット友好協会(GSTF外部リンク)が毎年主催している。
swissinfo.chはその書簡を入手した。州政府は書簡の中で基礎自治体に対し、10日にチベット国旗を掲揚することは控えるようにとほぼ明確に要請していた。また州政府は連邦外務省と協議したことに触れ、チベット国家の掲揚はスイス政府の「一つの中国政策」に反すると主張。外交政策は連邦政府の管轄だと説いた。
求められる再交渉
「リセットする時が来た」と、NPO法人「スイス被抑圧民族協会外部リンク(GfbV)」のアンゲラ・マットリ氏は言う。同協会は今月初め、中国との自由貿易協定を再交渉するよう連邦政府に求める請願書の署名集めを開始外部リンクした。
マットリ氏は、中国が国際企業のサプライヤーの工場でウイグル人に強制労働を強いているという報道に触れ、「スイスは何事もなかったかのように中国と取引を続けることはできない」と語った。
その3日前、在スイス中国大使はヴォー州政府宛てに書簡を送った。内容は「国旗掲揚などチベットへの連帯感を示すような行動を控えるよう、基礎自治体に要請してもらいたい」というものだった。
スイス・チベット友好協会のトーマス・ビューフリ会長によれば、チベットに好意的な行動を中国大使館が妨害したり、阻止したりしようとすることは今に始まったことではない。中国大使館がスイスの行政当局に書面や電話で連絡を取ることは度々あり、当局のオフィスを中国大使館関係者が個人的に訪問することもあるという。「しかし、中国の介入を受けた当局が(基礎自治体宛てに)公式書簡を出し、そのまま(中国の意向を)伝えてしまうというのは新しいことだ」とビューフリ氏は語る。
ヴォー州はなぜ中国大使館からの要請を基礎自治体に伝えたのだろうか?swissinfo.chの質問に州政府は「連邦外務省の立場を基礎自治体に伝えただけだ」と返答した。
介入ケースをまとめると見えてくるパターン
バーゼル大学ヨーロッパ研究所のラルフ・ヴェーバー教授外部リンク(中国政治)は、権威主義体制がいかに民主主義国家に影響を及ぼそうとしているのかを明らかにしようと、こうした中国の干渉を記録している。
「こうした中国の介入はヨーロッパ全土で常に起きている」とヴェーバー氏は指摘する。そのほとんどが世間で認識されないことが多い「ささいなスキャンダル」だという。「それらをまとめてみると、あるパターンが見えてくる」(同氏)
その一つが、介入行為が統一戦線の活動と推測できるパターンだ。統一戦線は中国共産党内の組織。8年前に習近平(シーチンピン)氏が国家主席に就任して以来、影響力を大幅に拡大した。中国の利益のために外国に影響を与えることが任務の一つとされる。
また習氏は2013年、中国が語られる際は「良い話でなければならない」と公式に宣言した。習氏の呼びかけは外国に向けられたものだとヴェーバーは説明する。「習体制の下、中国は外国への影響力を大幅に高めた。それはソフトパワーだけではない。研究者の間でシャープパワー(世論操作や工作活動を通し、自国に有利な状態を作る力)と呼ばれる力も高まった」(同氏)
チベット国旗は「良い話」にならない
中国政府からみれば、チベット国旗に関するスイスの基礎自治体の行動は「良い話」ではない。統一戦線の対象となるケースだ。統一戦線が外国で行う工作活動は大使館や領事館経由だけに限らない。中国には「非政府組織に見せかけた団体も多数ある」とヴェーバー氏は指摘する。こうした団体は市民社会や都市、自治体に接触し、中国の利益のために一般人や企業の動員を図っているという。
「スイスでは統一戦線の活動の範囲と深さが過小評価されている」とヴェーバー氏は言う。例えばオーストラリア、ニュージーランド、チェコなどでは、中国の影響力について、より集中的かつ批判的に議論されている。
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これからのスイス外交政策 キーワードは「一貫性」
連邦政府は統一戦線のこうした活動をすべて把握しているのだろうか?こうした疑問を抱くのはヴェーバー氏に限らない。社民党のファビアン・モリーナ国民議会(下院)議員は連邦政府に対し「首尾一貫した対中戦略の策定」を動議で要求。「そうした戦略がなければ、スイスは中国政府から自国の利益と価値観を守れない」と主張した。
2020年後半の対中戦略
連邦政府はモリーナ氏の動議外部リンクを採択するよう連邦議会に勧告。下院は勧告に従ったが、全州議会(上院)は昨年末に否決した。それでも中国に関しては現在「深い分析」が行われていると、連邦外務省は主張。20~23年の新外交戦略外部リンクでもそうした分析に重点が置かれている。分析作業は今年後半に終わる予定だ。
作業の目標は「省庁間の一貫性を高めること」。連邦政府は「確固とした意思決定メカニズムを創設し、それぞれの目標が相反する場合に利用できるようにしたい」としている。
モリーナ氏は「ようやく動きが起きた」と評価する。だが新外交戦略は連邦政府にしか適用されないため不十分だと考える。「スイス全体を巻き込む方が意義は大きいだろう。つまり州、都市、基礎自治体にも適用される行動指針を策定すべきだ」
連邦省庁が互いに歩調を合わせるだけでは不十分なことが先日のヴォー州の例から分かったと同氏は語る。「このままでは中国はスイスの連邦制を自国の利益のために利用するだろう」
スイスの病院に中国から支援物資
今月初め、チューリヒの病院向けの防具物資を積んだスイス・インターナショナル・エアラインズのエアバスが中国から初めてスイスに到着した。保健庁によるとこれらは「緊急に必要な」医療用ガウンで、今後も支援物資を載せた航空機が到着する予定。
防具物資はチューリヒ州とシュヴィーツ州にある34の医療機関に送付される。今回の物資送付は、チューリヒの病院の提案で実現した。
また、中国スイス商工会議所およびジュネーブ商工会議所の取り組みにより、ジュネーブ空港にも医療物資を載せた貨物機が到着した。
(出典:Keystone-SDA)
(独語からの翻訳・鹿島田芙美)
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