「中国にとって一番嫌なのは台湾が話題の中心になること」
台湾を巡る緊張が続く中、台湾支持を国際的にアピールする意義と、中国が軍事攻撃に踏み切った場合のスイスの選択肢とは何か。スイスを拠点とする専門家に聞いた。
ナンシー・ペロシ米下院議長が先月初めに台北を訪問した直後から、中国は台湾を包囲するように軍事演習を開始した。それは中国人民解放軍の言葉を借りれば、中国が離反した省とみなす台湾の独立を支持する人々への「重大な警告」を意味していた。
だが、各国の要人の足は遠のくどころか、先月は米国と日本から議員団が訪台し、蔡氏と握手を交わした。リトアニア、カナダなど他の国々の議員も訪台を予定している。またスイスでも、この警告に屈せず、台湾との二国間関係の強化を求める声が連邦議会議員の一部から上がっている。スイス・台湾友好議員団によると、同団体は在スイス中国大使館からの抗議にもかかわらず、予定通り来年初めに訪台する方針だ。
チューリヒ大学の講師で中国研究者のシモーナ・グラーノ氏は、こういった動きに心配する必要はないと言う。そしてこれらの訪問は、民主主義国家としての台湾を支持する象徴的な行為だと見る。
「結果的には、中国を怒らせるだけで、何も変わらない。台湾が話題の中心になるのは、中国にとって一番嫌なことだ」と同氏は話す。
つい6年前まで、台湾は目立った行動をしていなかった。「1つの中国」政策を支持する限り、中国は各国が台湾との非公式な経済的・文化的関係を維持することを容認した。しかし、2016年に蔡氏の独立派政党が政権に就いたことを受け、中国政府が台湾に対し攻撃的な態度を取るようになると、一部の国々が公然と台北との関係強化を求めるようになった。だが先月来の中国による軍事的な威嚇行動は、これらの同盟国を逆に奮い立たせるだけだった。
スイスは台湾との貿易協定に「ノー」
米国は先月、二国間協定の交渉を開始し、台湾との貿易における差別的な障壁の撤廃を目指すと発表した。中国政府はこれを受け、台湾に「主権があるかのよう」な形で取引しないよう各国に釘を刺した。
台湾は高い購買力を持ち、半導体産業を通じて世界のサプライチェーン(供給網)で中心的な役割を担う魅力的な市場だ。スイスにとってアジアで5番目の貿易相手国でもある。チューリヒ大学の社会学者パトリック・ツィルテナー氏によると、台湾と自由貿易協定(FTA)を締結すれば、スイス企業は機械、時計、化学部門で年間4200万フラン(約59億7千万円)の関税を節約できる。台湾の黄偉峰(David Huang)駐スイス代表も、同国はスイスとのFTA締結に非常に前向きだと語った。
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だが中国からの報復を恐れ、どのような形であれ、連邦政府は繰り返し台湾との経済的関係の改善を拒否してきた。米国や欧州連合(EU)とは異なり、スイスは中国とFTAを締結している。スイスにとって中国は米、EUに次ぎ3番目に重要な貿易相手国だ。昨年の対中貿易額は440億ドル(約5兆635億円)に上り、それがスイスの弱みになっている。
スイスの貿易協定を数多く分析してきたツィルテナー氏は「中国とのFTAはスイスが現在締結しているどのFTAよりも価値がある。そのことでスイスは脅されるのではないかと考える人がいる」と話す。実際、中国と13年に締結したFTAをめぐり、関税引き下げの対象となるスイス製品の拡大を目指す見直し協議が停滞している。スイスが近年、中国の人権状況を巡りより批判的な姿勢をとっているのが原因ではないかとの憶測も多い。
中国政府は、気に入らなければ一定期間FTA全面停止するなど、他国にも取ってきた報復的行動に出るだろうと同氏は指摘する。そうなれば、FTAのおかげで欧米諸国の競合よりも優位に立つスイス企業は打撃を受けるだろう。
一方、グラーノ氏は、米国が台湾との貿易協定を進めれば、他国も追随せざるを得なくなる可能性があるが、スイスは例外だと考える。「スイスはとても慎重だ。まずEUの主要諸国、場合によってはEU議会がその方向に進むまで、スイスは追随しないだろう」(グラーノ氏)
経済と中立性への代償
中国が武力による台湾「統一」に踏み切れば、中国に対するスイス政府の慎重でリスク回避型のアプローチは試練に直面するだろう。その場合、米中は深刻な紛争に陥り、ロシアがウクライナに侵攻した時と同じく、スイスはEUと同様の制裁措置を取るよう迫られるかもしれない。連邦経済省経済管轄局(SECO)のマリー・ガブリエル・インアイヒェン・フライシュ局長の談話は、ドイツ語圏の日刊紙NZZの取材に対し、中国が台湾を攻撃すれば、スイスはEUの制裁措置に参加すると「固く信じている」と示唆した。
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米中対立、中立国スイスのジレンマ
シンクタンクのアヴニール・スイスは、中国が報復処置として、独自の対EU制裁措置をスイスにまで拡大するかもしれないと分析する。あるいは、対スイス制裁を強化し、スイスを見せしめにする可能性もあると最近の報告書外部リンクで述べた。これは中国がかつて小国に対して使った戦略だ。
だが、中国のレッドラインを越えれば、影響は経済活動だけでは済まない。グラーノ氏によると、ロシアがそうしたように、中国もスイスをブラックリストに載せ、中立性に疑問を呈するだろう。つまり、ロシアのように中国は今後、事態がエスカレートしてもスイス対外政策の要である仲介の申し出を拒否する可能性がある。折しも昨秋、スイスは米中高官会談を主催し、両国の緊張緩和を図っていた。
威嚇戦術
先月来の中国による軍事行動にもかかわらず、台湾への攻撃は切迫していないと見るアナリストは多い。ロシアのウクライナ侵攻が中国政府に小休止を与えているようだ。中国政府はロシア政府が犯した誤算を回避すべく、長期化する紛争を注視している。
ツィルテナー氏は、「中国の一連の行動はロシアと比べ、そつがない」と指摘する。「(ロ大統領の)プーチン氏がクリミア半島で行ったように、中国が『台湾を一夜にして奪い去る』ようなことは決してないだろう」と言う。
またグラーノ氏は、米国が場合によってはアジアの同盟国のサポートも得て台湾を支援することを想定し、中国は自国の海軍と陸軍を完全に近代化するまで待ちたいのだろうと考える。
今のところ、中国による軍事演習は戦争の準備ではなく威嚇と見るべきだと同氏は話す。だが、外国からの訪問者や米海軍外部リンクも考えを変えず、蔡氏の言う「台湾の自衛の決意」は強まるばかりだ。それが中国の悩みの種になっている。
「中国が恐れているのは、欧米諸国がゆっくりとだが確実に、台湾は独立国家であるという考えに正当性を与えようと動いていることだ。(中国と台湾の)長きにわたる別居が離婚に変わりつつあるのを中国は感じ取っている」(グラーノ氏)
英語からの翻訳:江藤真理
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