国会議員の無投票当選はスイス民主主義の危機なのか
先月のスイス総選挙で当選した上院議員の中には、2015年以来無投票で再選され続けている人がいる。
再選されたエリッヒ・エットリン上院議員にとって、投開票日の10月22日はごく静かな日曜日だった。中央党(Die Mitte/Le Centre)所属のエットリン氏はオプヴァルデン準州が持つ1議席の唯一の立候補者で、開票するまでもなく当選が確定していたからだ。
基礎自治体レベルではこのように無投票当選を決める政治家がたくさんいる。だが連邦議会となると、そうした「サイレント選挙」は後ろ指を指されることも少なくない。そうした政治家がどれほど民主的に支持を得られたか、疑念のタネになる。
ソ連ではない
これではまるでソ連で行われた「偽選挙」、独裁政治を上塗りする見せかけの民主主義のようなものではないか?
こうした問いに、エットリン氏は笑って「もし他の人の出馬が阻止されていたなら、それはソ連的と言えるでしょう」と答えた。オプヴァルデン準州では総選挙に立候補するための敷居は非常に低く、必要なのは有権者の署名5筆だけだ。締め切りは9月第1週。それでも誰も出馬しなかった。
エットリン氏が「サイレント選挙」で当選したのはそのためだ。「もし誰かに尋ねられれば、『私が立候補しています』と答えます。私は選挙がなかったという事実に対して何かできる最後の人間です」
誰もエットリンに挑戦しようとしなかった。オプヴァルデン準州が下院に持つ1議席をめぐっては急進民主党(FDP/PLR)と国民党(SVP/UDC)の候補者2人が争ったが、2人とも上院選に関しては中央党のエットリン氏の応援に回った。「急進民主党と国民党はともに、エリッヒに満足していると言ってくれた」(エットリン氏)という。もちろん「戦術的」な事情からだ。
前回選挙は8年前
政党間の選挙協力は日常的に行われているが、それはどれほど民主的なことなのだろうか?4年前の前回選挙でも、エットリン氏は対抗馬がいなかったため無投票で当選した。
初当選した2015年は状況が違った。エットリン氏は「かなり激しい1日だった」と投開票日を振り返る。当時、エットリン氏の他に急進民主党と国民党から候補者が出たが、いずれも絶対多数票を獲得できなかったため、決戦投票が行われた。
今年エットリン氏は「サイレント選挙」で当選を果たしたが、選挙運動の類いをやったことはあり、州内の全自治体を訪問した。スイス中央部に位置するオプヴァルデン準州は、建国原州の1つながら人口4万人弱と小さく、候補者はプレゼンスを高めることが何より大事だ。
祝祭や公共行事では市民がエットリン氏の近くに集まり、政治的関心について持論を語る。「お互い個人的な知り合いで、道端で遭遇することもあります。人間味は重要な要素です。助けになりたいという強い意志にだけでなく、ある種の社会的統制の中にもそれは表れるのです」
はたから見れば、「サイレント選挙」は「馴れ合い経済」の兆しとみなされるかもしれない―エットリン氏はこう話す。もしエットリン氏がオプヴァルデン社会にかんがみて不適切な態度を取っていたとしたら、確かにその兆しを感じていただろう。オプヴァルデンの政治家たちは、選挙の洗礼を受けようが受けまいが、終業後ですら住民に監視される存在だ。
だから問題なし、というわけなのか?「スイス政治年鑑」の編集長を務める政治学者、マルク・ビュールマン氏は「対立候補がいないという事実は、間違いなくその政治家が人々に受け入れられている証左であり、政治活動にとって前向きな兆候と見なすことができます」と話す。どの議席に立候補するかについて政党同士が取り決めを結ぶなら、それは「馴れ合い」と呼ばれることもある。「しかし弱小政党にも必ず立候補する機会があります。彼らは何度でもそうするのです」
「民主主義の条件は選択肢」
民主主義理論の観点からは批判を加えることもできる、とビュールマン氏は説明する。「民主主義そのものの条件の1つは、政党間競争と公職それぞれについて候補者の選択肢があることです」。今年のオプヴァルデン準州にはそれがなかった。「もしスイスが、不満を表明する国民投票制度のない純粋な代議制民主主義国家であったとしたら、民主主義を経験的に評価するという意味では、極めて独裁的な現象とみなすことができたでしょう」
「サイレント選挙」が起こるのは、主に定数46議席の全州議会(上院)の選挙だ。ほぼすべての州が、投票の実施を見送るケースについて独自のルールを設けている。
ビュールマン氏は特殊な例を挙げる。「ウーリ州では立候補の締め切りというものがないため、『無投票当選』は起こりえない」。理論的には、選挙当日までに登録した候補者が1人しかいなかったとしても、必要な票数さえ集まれば、別の有権者が当選する可能性もある。
落選した上院議長
オブヴァルデン準州に関して言えば、再選を過信した政治家に何が起こるかは歴史が示している。1980年代、オブヴァルデン選出で上院議長を務めたヨースト・ディリエ議員は、自身への批判に対して法的手段で対抗した。
住民はディリエ氏を落選させた。当時は住民が一堂に会して挙手で投票する「ランツゲマインデ(青空議会)」の場だった。今日に至るまで再選を逃した上院議長はディリエ氏が唯一の存在だ。
オプヴァルデン州民は間違いなく自分たちが選んだ代表者の言動を注視している。無投票当選したエットリン氏も、このことを十分に認識している。
編集:Balz Rigendinger、独語からの翻訳:ムートゥ朋子
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