国民を代表しないスイス議会
先月の総選挙を経て選ばれたスイス国民議会(下院)は選挙前より平均年齢が上がり、男性比率が上がった。年齢や職業などをみても国民の多様性を反映した構成とは言えないが、問題はないのか?
男性、高学歴、50歳。これがスイス下院議員の平均像だ。10月の選挙ではさらに平均に近づいたが、特に目新しい現象ではない。
バーゼル大学の政治学者ダニエル・ヘーマン氏は、「2023年総選挙で多様性が低下した」と断言する。スイス国民の代表性という点では、新議会は一歩後退した。
女性は人口の半分をやや上回るが、下院議員の女性比率は38.5%にとどまる。国民の10%は何らかの障がいを抱えているのに対し、下院議員ではわずか3人、比率にして1.5%だ。これら2点はスイス国民とその代表たるべき議会とのギャップを示す分かりやすい例だ。
議会は国民の多様性を反映すべきなのか?ヘーマン氏の答えはイエスだ。その理由に複数の点を挙げる。
1つは象徴としての性質だ。多様性は、政治が国民の間にある多様な利益関心に対して開かれた存在であることを示す、とヘーマン氏は語る。「それは民主主義の支柱だ」。誰もが政治に参加し、自分の利益を代表されるべきだという。
もう1つ重要なのはロールモデル機能だ。自分と似た境遇から選ばれた議員がいると、おのずと政治参加しようと励まされる。
代表されている実感がある人は、政治への信頼度も上がる。「国会議員が同じような経験や問題、生活状況を持っていると、彼らも私の優先事や問題に取り組んでくれるだろうという信頼が高まる」
ホーマン氏によると、以前は疎外されていたグループのメンバーが、グループの利益のためにますます献身的に取り組むようになることが研究で示されている。置き去りにされていたテーマが俎上に上がってくるという。
女性比率の低下
定数200議席の下院のうち、女性は現在77人。「女性選挙」と呼ばれた2019年の前回選挙と比べると、女性議員比率は42%から38.5%に低下した。国際比較ではモルドバの後、フランスの前に位置する。
欧州を見渡すと、女性比率が50%を達成する国会は1つもない。アイスランドが47.6%で欧州トップの座を占めるが、世界首位のルワンダ61.3%には大きく劣る。
2019年のスイス総選挙では過去最多の女性が当選した。今回の選挙で比率は下がったが、超党派の女性議員応援運動「ヘルヴェティアが呼ぶ!」は楽観的だ。共同発起人の1人フラヴィア・クライナー氏は「もちろんもっと多くの当選を期待していたが、この結果には驚かなかった」と語る。事前の予想通り、女性候補者の比率が最も低い右派保守国民党(SVP/UDC)が大勝し、少なかった緑の党(GPS/Les Verts)と自由緑の党(GPL/PVL)が敗れたためだ。
LGBT議員
チューリヒのクィア(広く性的マイノリティを示す)活動家アンナ・ローゼンヴァッサー氏の予想外の当選は、多くのメディアの注目を浴びた。社会民主党(SP/PS)から立候補し、選挙運動ではソーシャルメディアを駆使しクィア問題に焦点を当てた。スイス議会史上、同性愛を公表する3人目の女性下院議員となった。
クィア議員の正確な数は不明だ。クィアを公にしている議員はレズビアンやバイセクシュアル、ゲイで、トランスジェンダーやノンバイナリーの代弁者は連邦議会にはまだいない。
再選議員の中にはゲイのハンス・ピーター・ポートマン下院議員(急進民主党=FDP/PLR)やバイセクシュアルのタマラ・フニシエロ下院議員(社会民主党)といった顔ぶれも。初めて同性愛者であることを公にした下院議長は、2005年に就任したクロード・ジャニアク氏(社会民主党)だ。
国民よりも高齢
国会議員の大半は35~64歳の働き盛りだ。若者や年金受給者は人口上の比率をはるかに下回る。新議会の最年少議員は1996年生まれのカティア・リエム氏(国民党、26歳)。同党からは最年長議員、1947年生まれの元ベルン市議会議員兼ワイン農家のシャルル・ポンセ氏(76歳)も出ている。
少し歴史を遡ると、国民党は史上最年少の下院議員も輩出している。1995年に21歳で下院議員に選出されたトニ・ブルナー議員は後に同党の党首まで上りつめた。当時のスイスの人口は今より若かったが、下院議員の平均年齢は51歳と若干高齢だった。
2019年選挙後の下院議員の平均年齢は49歳で、1971年の女性参政権導入以来、最も若い議会だった。今年の選挙では再び上昇し、49.5歳となった。
少人数でも大きな力
新下院議員のなかには障がいを持つ男性が3人いる。再選されたクリスティアン・ローア氏とフィリップ・クッター氏はともに中央党(Die Mitte/Le Centre)に所属。新人のイスラム・アリジャジ氏(国民党)は、選挙活動で障がい者の代表になることを訴えた。
200人中3人?それは確かに少ないように見える。だが障がい者団体の統括組織「プロ・インフィルミス」のフィリップ・シュエップ氏は、「これで障がい者の問題や懸念事項は、議会でより幅広いサポートを得られる」と話す。
あらゆる政策分野に制限があるため、議会に代表者を送り込むことは重要だ。「障がいのある政治家は、自分たちに影響を与える問題について最高の専門知識を持っている。そしてそれがすべての問題に関わる。障がいのある人々は、まったく同じ方法であらゆる分野の生活に加わることを望んでおり、あらゆる政治的決定を突き付けられている」。これはすべての少数派の代表者に当てはまる。
当選しにくい移民
15歳以上のスイス国民のうち、スイスパスポートの有無にかかわらず計39%が移民の系譜を持っていた(2021年)。議会に関しては、移民のバックグラウンドがある議員の正確な数字はない。参考までに、下院に出馬した候補者5909人のうち約810人、6分の1弱が外国の姓を持っていた。
外国姓が移民の系譜に直結するわけではないが、政治学者のリー・ポートマン氏は「生粋のスイス人なのか、あるいは移民の背景がありそうか。どのように受け止められるかを示す重要な指標だ」と指摘する。
ポートマン氏は2015年、総選挙に関するルツェルン大の研究に参加した。その結果、外国風の名前を持つ候補者は票を得にくいことが判明した。今のところ、この研究に対する反証はなされていない。
選挙前から既に、左派から右派に至る各政党が在留コソボ人に目を付け支持獲得を競い合った。こうしてイスラム・アリジャジ氏はコソボ・スイス両国籍者として初めて下院に当選した。
高学歴化
スイス議会には高学歴者が集まる。新議会の大卒者比率は、国民の約2倍に上る。義務教育しか受けていない議員はわずかだった。職業別では伝統的に、弁護士と農民が過大に国民を代表している。農家は総人口のわずか2%に過ぎないが、国会では10人に1人を占める。
現在衆目が集まるのは女性議員や移民系議員の比率が国民を代表していると言えるかどうかだ。だがヘーマン氏は、数年後には社会階級が適切に代表されているかどうかも問題になってくるとみる。「特に労働者階級としての職人についてもっと研究されるべきだ」
代表者は誰?
障がいのある人、移民の子孫、女性や若者、退職者、同性愛者は議会に足場を築いているとはいえ、スイスの人口に比べると過小評価されている。だが多様性を高めよう、という掛け声は、すぐさま次のような反論に遭う。議会に代表を送り込む権利を持つのは誰か?左利きやヴィーガンにもそんな権利があるのか?ヘーマン氏は、「研究上想定するのは、適切に代表されなければ重大な不利益を被り、実質的な利益を享受することができない集団は、代表者を必要としているということだ」と説明する。
左利きの人が必ずしも代表者を必要としないのとは対照的に、特定の集団に適切な代表者が必要な理由は、こうした政治学的な根拠がある。
編集:Benjamin von Wyl、独語からの翻訳:ムートゥ朋子
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