国民投票 スイス医師会は家庭での銃器保管に反対
銃の規制を求めるイニシアチブに対する国民投票が2月13日に行われる。医師たちは、このイニシアチブを支持することが職務上の義務だと考えている。
メンバーの大多数を開業医が占めるスイス医師会は、今回のイニシアチブを自殺防止策の重要な一部と考えている。
倫理的な医療行為
「 ( 銃の規制を求めるイニシアチブは) 公衆衛生の向上と自殺防止を推進するものだ。これは命を救うという医者の本業だ」
とスイス医師会 ( The Swiss Medical Association ) の会長ジャック・ ドゥ・アレー氏は語る。
ドゥ・アレー氏は、スイス医師会が中道左派の政治組織の側に立っているという非難を退け
「( スイス医師会のイニシアチブ ) 支援委員会は、異なる政治組織に属する医師で成り立っている」
と反論する。そして医師会の公式見解は、イニシアチブの支持派と反対派の両方の意見を聞いた後に委員会のメンバーが投票した結果だと付け加えた。
イニシアチブの支持は、医師が実務に就く際に倫理的に医療を行うと宣誓する倫理綱領「ヒポクラテスの宣誓 ( Hippocratic Oath ) 」の延長として考えられるとドゥ・アレー氏は説明する。
「一般的な言葉で言うと、うつ病で苦しむ人々をサポートし、当然だが死を避けるために治療するのは、われわれ医者の務めだ」
ジュネーブの開業医だったドゥ・アレー氏の主張は、当時の自身の体験に基づいている。20年以上前、医者になって間もないころに書いた死亡証明書は銃を使った自殺だった。彼はこの非常に厳しいケースの詳細を今でも覚えている。
こうした悲劇は医者にとっても恐ろしいショックになるとドゥ・アレー氏は語る。
「毎年数百件も起きるこうした自殺を防ぐために何かできることがあるとしたら、躊躇 ( ちゅうちょ ) するべきではない」
武器と自殺
銃器を使った自殺者は過去10年間に大幅に減少した。今日では毒物や薬物を使ったケースが大半を占める。
しかし、若い男性は今でも銃器を使うことが多いと ドゥ・アレー氏は指摘する。また統計によると、銃傷で死亡したケースの90%以上は自殺によるものだ。
このような数字は、銃器が減れば自殺も減ることを証明しているとドゥ・アレー氏は考える。
「イギリス、スコットランド、オーストラリア、カナダの研究結果から、銃規制法の強化と銃器による自殺件数の低下の間には相関関係があると結論づけられる。これらの国々の自殺率は相対的に低い」
人命の値段
今回のイニシアチブは、軍隊で支給された銃器の家庭内での保管禁止を求めている。ドゥ・アレー氏はこれが人命を守る助けになると確信している。
2008年に導入された現在の法律によると、民兵は銃器を武器庫に保管することができる。
「犯罪率の低下はイニシアチブの目的ではない。( イニシアチブが通ったとしても ) 犯罪件数が減ることはないだろう。しかし自殺や家庭内暴力が減るという意味で安全になる」
軍から支給された銃器を武器庫で保管するよう義務付けた場合、イニシアチブ反対派が指摘する通り余分の経費がかかるようになるだろうとドゥ・アレー氏も認める。
「しかし数百人もの人命を救うことを経費に結びつけるとは異常な考え方だ」
衝動的な行動
イニシアチブがアマチュアの射撃・狩猟愛好家の趣味の妨げになると反対派は主張するが、ドゥ・アレー氏はこれにも反論する。イニシアチブは、射撃や狩猟を趣味として行う人々が家庭内で銃器を保管することは例外としてはっきりと認めている。
うつ病にかかっている人間が衝動的な行動に走る可能性がある場合、家庭内での銃器の保管禁止が重要なカギになるとドゥ・アレー氏は指摘する。
「家庭で簡単に銃器を手に取ることができなければ、( 衝動的に ) 自殺を図ることがなくなる。従ってこれは命を救う助けになる。しかし、もし廊下の戸棚に銃器があると分かっていたら、うつ病にかかっている人は使ってしまう」
ドゥ・アレー氏はその証明としてベルン市で自殺防止に役立ったある方法に触れた。1998年にベルン市当局は、アーレ川岸の高台に建つマッテ地区の大聖堂に隣接した公園の見晴らし台に転落防止ネットを設置した。
その結果、公園からの投身自殺が不可能になったが、そこからほんの約100メートル先にあるアーレ川にかかった橋から身を投げる人はいない。
「これは ( 自殺の手段が容易に入手できる環境にある場合は、衝動的に自殺を図る可能性が高いが、そのような環境にない場合は衝動が抑えられ ) ほかの方法を探しはしないことを意味している」
3万人以上のメンバーを持ち、その95%がスイス国内で開業している医師。
2009年にイニシアチブ賛成を表明し、銃器の入手・保管と不正使用の規制を公式見解として支持する70の組織のうちの一つ。
しかし、会長のジャック・ドゥ・アレー氏がドイツ語圏の日刊紙「NZZアム・ゾン・ターク ( NZZ am Sonntag ) 」に語ったように、スイス医師会内の調査によると公式見解を拒否する医師は多い。
社会民主党 ( SP/PS ) の党員でもあるドゥ・アレー氏は、個人的にもイニシアチブに賛同している。一方、中道右派の急進民主党 ( FDP/PLR ) の医師イグナチオ・カシス氏はイニシアチブ反対委員会のリーダーの1人。
イニシアチブは、銃器の使用について厳しい許可制の導入、および自動小銃とポンプ連射式散弾銃の購入禁止を求めている。
また銃器の保管に関しては、州別のシステムではなく一括した集中登録・管理システムの設立も要求している。
イニシアチブが可決された場合、民兵は軍支給の銃器を家庭で保管することができなくなり、武器庫に預けなければならない。
2008年の銃傷による死亡者は259人。そのうち239人は自殺。
自殺者の大半は男性で、女性はわずか13人。
過去10年間で銃傷による死亡者数はほぼ半減した。1998年に起きた466件の銃傷による死亡者のうち413人は自殺者と記録されている。
また過去10年間に毒物や薬物による自殺者は、395人へとほぼ倍増。
( 出典:連邦統計局・BFS/OFS )
( 英語からの翻訳 笠原浩美 )
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