在スイス外国人の政治参加を阻むもの
スイスでは、帰化しない移民が政治に参加できる機会はほとんどない。その数少ないチャンスの一つを追ってみた。結論は、残念ながら落胆を覚えるものだ。
ベルン市のPROGR外部リンク文化センターの講堂。参加者が7台のテーブルに分かれて座っている。あいさつとプレゼンテーションが済み、いよいよ本題に入る。真剣な表情。静かな話し声が講堂を包む。胸につけた名札から、参加者がさまざまな文化圏の出身だと分かる。だが、議論はすべてドイツ語だ。
市が開催している、ベルンの移民コミュニティのメンバーおよび代表者を対象にしたネットワーキングフォーラムは、今年で16年目を迎える。9月に開かれたこのフォーラムでは、移民と協働する団体にも門戸を開いた。この日のテーマは「市が新しく定めた『外国人の政治参加に関する規定』をどのように実行に移すか」だ。
この規定にある「政治参加による提議」を活用すると、外国人は市議会へ公式に議案を提出し、議論してもらうことができる。2015年6月の住民投票で、有権者のほぼ6割が賛成票を投じた結果だ。ところが、それから2年以上経った今も、この規定は一度も使われていない。
スタートに向けて
そんな中で同規定の普及に努めるのは、ベルン市の社会統合能力センター外部リンクだ。対象となる移民の数は数千人、出身国は160カ国以上に及ぶため、全員に情報を届けるにはさまざまなアプローチが必要になる。フォーラムはその一つというわけだ。
参加者は3時間半以上にわたり、提議の対象となりうる案件や市議会に提出する場合の書式について説明を受けた。さらに、どこで誰にどのように署名してもらうかについても議論した。そして、同じ関心を持つ参加者の中から将来一緒に活動できそうな人を探し出し、それぞれのネットワークを築いた。
同センターのウルズラ・ハイツ所長は、「ここから二つ、三つ、四つ、五つと(市議会への)提議が生まれていって欲しい」と期待する。
サポート役
しかし、このフォーラムの参加者の中で、実際に「政治参加による提議」を行ったり、それに署名したりできる権利を持つ人の数はそれほど多くない。この新しい規定は、スイス国籍を持たない外国人向けに作られたもので、この場にいる外国人の多くはスイス国籍を持っているからだ。
提議のガイドライン
提議には、18歳以上で滞在許可証のB、C、Fのいずれかを所有し、少なくとも過去3カ月間ベルン市に居住する外国人200人の有効署名が必要。スイス人が提議のスポンサーになったり、署名したりすることはできないが、署名運動の手伝いやその他のサポートをすることは認められている。提案は市議会の管轄下の地域を対象とするものでなくてはならないが、内容は外国人に関するものでなくてもよい。
フォーラムに参加者したペルー出身の研究者、ロリック・トヴァーさんは「スイス国籍の取得者をこの規定から除外した意味が分からない」と言う。「彼らもほかの外国人と同じ関心を持っているはず。彼らに支援してもらえば、提議で目標を達成することがずっと簡単になるのに」
イヴォンヌ・アピヨ・ブレンドレ・アモロさんは、まだスイス国籍を取得していない移民が政治活動を行うにはどうすればよいのか、その情報を得ようとフォーラムに参加した。
ケニア出身のイヴォンヌ・アピヨさんはスイスに住んで17年になる。左派の社会民主党(SP)に属する政治団体、チューリヒ移民SPの党首を務め、すでに政治活動に携わっているが、スイス国籍を取得しており、住んでいる場所もチューリヒ州のため、州が異なるベルン市に提議を行う資格がない。
障壁
ワークショップでは提議のトピックについてブレーンストーミングも行われた。参加者はさまざまな色の紙に書かれた内容をカテゴリー別に分け、講堂の壁に区分けして貼り付けていった。
大まかなカテゴリーとして皆が選んだのは「言語の習得」「政治参加」「仕事とキャリア」「文化とレジャー」「育児と学校」。ハイツ所長は、ほとんどが典型的な「移民のテーマ」だと言う。だが、このようなテーマにこだわらず「自分にとって大切なテーマなら何でも良い」と強調する。
しかし、議会に持ち込むとなれば、そのテーマも簡単には決められないだろう。諮問機関のベルン社会統合委員会委員でもあるトヴァーさんは「フォーラムでは面白いアイデアが出た。だが惜しいことに、州や連邦の権限下に入ってしまうものがほとんど」と話す。
新規定を周知し、活用してもらうにあたっての障害はほかにもある。このプロジェクトを率いるイツィアール・マラニョンさんは「こうしたツールは一般市民よりも、政治的な組織の中で政治活動をする市議会議員によって利用されがちだ」と言う。
「政治参加による提議」の導入を提案した元ベルン市議会議員のクリスティーナ・アンリカー氏も、「200人の署名を集めるのはそんなに簡単ではない」と話す。
また、ドイツ語の能力不足も、提議に関心がある移民の多くにとって障壁だ。そんなときには、移民とともに活動している団体のアドバイス、あるいは移民2世やスイス人のサポートが頼りになりそうだ。
一歩前に
ベルン市の教育・社会福祉・スポーツ課長で市議会議員でもあるフランチスカ・トイシャー氏は、この新規定を活用すれば、参政権を持たない市民に手を差し伸べられると考える。市議会は、今後は「政治の分野でも」移民の社会参加を促したいという。
プロジェクトリーダーのマラニョンさんは、この新規定は最終的に、移民が自分たちの考えを提言する一つの手段だと語る。「1回目から成功しなくても良い。足早に進まなくても良い。だが、政治に参加する第一歩としては本当に優れたツールだ」
とは言え、この規定は一度も活用されないまま廃(すた)れる恐れもある。フォーラム開催直後、ベルン市議会は、自治体レベルの移民の投票権については各自治体の決定にゆだねる州憲法改正を支持すると表明。実現すれば、この「政治参加による提議」は必要がなくなると提案者のアンリカー氏は言う。
外国人の参政権
自治体レベルで外国人参政権を認めている州は、アッペンツェル・アウサーローデン準州、バーゼル・シュタット準州、フリブール、グラウビュンデン、ヌーシャテル、ジュラ、ヴォー、ジュネーブの各州。
州レベルの投票権を認めている州は、ジュラとヌーシャテルの2州のみ。
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