安保理改革狙うスイス 中立だからできることは
スイスは2023年初めから国連安全保障理事会の非常任理事国を務める。初めて参加する安保理で、スイスは平和、安全保障、安保理改革の推進を目標に掲げる。現在の地政学的な状況を考えると容易なことではないが、スイスには強みがある。
スイスの任期は23年1月からの2年間。ロシア、中国、米国、フランス、英国の常任理事国5カ国と異なり、非常任理事国のスイスには拒否権は与えられない。15カ国から構成される安保理は、世界の平和と安全を保障する最重要機関だ。しかし、ウクライナ侵攻を非難する決議案をロシアが拒否権で阻止してきたため、安保理はウクライナ侵攻を止められず、すでに揺らいでいた信頼性はガタ落ちだ。
はたして、小国で拒否権もないスイスに安保理改革を促せるだろうか?
「もちろん可能だ」と話すのは、スイス連邦外務省との協力経験があり、安保理に詳しいジュネーブ国際開発高等研究所のトーマス・ビアステカー名誉教授だ。「スイスはかれこれ10年以上取り組んできた。だが、安保理メンバーになれれば、各国とのコミュニケーションがしやすくなり、優先課題を議題に上げることもできる。過去にはなかったチャンスだ」
スイス・ベルンにある連邦外務省国連代表部のトーマス・ギュルバー代表は、スイスは非常任理事国として(1)持続可能な平和の推進、(2)民間人の保護、(3)気候保護、(4)安保理の効率向上の4つの目標を掲げると説明する。「全てのパートナーと協調」し、自国が培ってきた平和構築に関するノウハウを共有する方針だ。スイスは任期中、安保理の議長国を2度務める。1度目は23年5月で、24年にも1カ月予定される。ギュルバー氏は「議長国になれば、スイスの優先課題を議論にかける機会が持てる」と話す。
swissinfo.chの取材に応じた1人のスイス人外交官は、現在の最重要課題は注目を集めるものではないが、「危機的状況にある国際法秩序を守ろうと努めること」になるだろうと語る。そして「(スイスは非常任理事国として)他国とも連携して、国際法を支え、強化していく方針だ」と付け加える。これは一見、抽象的かもしれないと断りつつ、「どの決議にもこうしたことはつきものだ」と言う。
一般的に、ロシアのウクライナ侵攻は国際法違反であり国連憲章に抵触するとの見方が大方を占める。ロシアが民間施設を攻撃対象にしていることへの懸念も大きい。民間施設への攻撃は、ジュネーブ条約が規定する国際人道法に違反する。世界には他にも多くの国際法違反があるが、国連でのロシアの権力と立場を考えると、ロシアの一連の行為はとりわけ憂慮される。
「難しい」立場の安保理
ニューヨークの国際平和研究所(IPI)副所長兼最高執行責任者(COO)のアダム・ルーペル氏は、現在の安保理の状況は「対立が激しく、困難」であり、さらに悪化する可能性があると指摘する。ロシアによる侵攻開始当初、安保理が完全にマヒするのではないかとの懸念が強かったが、今もまだ多くの課題で機能は続けていると同氏はみる。ただし、それは大国同士の間であまり争点になっていない課題に限定されるという。アフリカでの平和維持活動の再開や、3月に国連アフガニスタン支援ミッションの延長を決めたことがその例だ。1980年代の冷戦時代は、拒否権を持つ米ソが絶えず対立したことで安保理が機能不全に陥ったが、当時と比べれば今の状況は悪くないという。
スイス国連代表部のギュルバー氏は、今は困難な時代であり、ウクライナ侵攻を機に安保理内で協調しにくい状況になっていると考える。「安保理はウクライナ情勢を受けて頻繁に会合を開いてきたが、ロシアが拒否権を行使するせいでウクライナに関して何も決定できていない」
安保理は近年、シリアやミャンマーなどの国々に対する制裁に関して議論してきたが、ロシアと中国の拒否権を前に強い措置を取れていない。
しかしギュルバー氏は、すべてが行き詰っているわけではないと指摘する。会合は予定通り開かれ、決定も多く下されてきたという。「ただ、ウクライナ問題以外の事案で各国が今後どれほど協力でき、安保理が足並みをそろえられるかは分からない。現在はロシアのウクライナ侵攻に加え、新型コロナウイルスの流行、気候変動、食料およびエネルギー不足などいくつもの危機が重なっている。国際社会と安保理にとって厳しい状況だ」。これらの危機はどれも世界の平和と安全に影響を及ぼすものだという。
ビアステカー氏は、常任理事国が2つの対立するグループに半ば分裂していることを踏まえれば、スイスにとっての主な課題は「安保理の政策を誘導し、あらゆる手段をオープンにしておくこと」だと話す。ほかの非常任理事国にとってもこれは課題だが、スイスには紛争当事者間の橋渡し役および仲介役としての長い歴史がある。
スイスは歴史的に紛争時の仲介役を申し出てきたほか、和平交渉のホスト国を務めたり、利益保護国として紛争当事国それぞれの領土でそれぞれの利益を代表したりしてきた。
スイスの強み
スイスが安保理で推進すべき分野とは何だろうか?ギュルバー氏は、国際紛争の調停や人道支援活動など、スイスはあらゆる優先分野で実績があり、国際社会から高く評価されていると話す。
ビアステカー氏は、歴史的に中立な立場を貫いてきたことや、紛争当事国と意思疎通が図れる「アクセシビリティ」があることはスイスの強みだと考える。「スイスには能力がある。つまり外交団は資質があり、有能、公正で、一方に偏ることがない。ほかの非常任理事国にはない能力だ」
ルーペル氏は「大国間で対立が起きている今、安保理は難しい状況にある。だが(改善に向けて)取り組めることはある。この点でスイスは大いに活躍できるだろう。紛争国間の仲介役を務めてきたスイスは、国際法順守への努力が世界的に高く評価されてきた。ジュネーブ条約会議の開催地でもある」
拒否権行使の抑制を目指して
ロシアのウクライナ侵攻開始以降、常任理事国5カ国の拒否権廃止、または拒否権の行使に制限をかける案が大いに注目されてきた。拒否権を巡る問題は古くからあり、構造的な問題をはらんでいる。好ましくない決議案を阻止するために拒否権を行使した常任理事国はロシアに限らない。拒否権は、第二次世界大戦終結後の1945年に国連を設立する際、主要国に加盟を促す目的で導入された特権だ。国連の前身である国際連盟は全会一致ルールに阻まれ身動きが取れず、失敗した。
ギュルバー氏はこう説明する。「スイスは拒否権を支持しているわけではない。拒否権を廃止するには国連憲章の改正が必要だが、それには国連加盟国全体の3分の2およびすべての常任理事国の同意が必要で、現実的ではない。そこで、スイスは安保理の透明性と効率性の向上を目指し、拒否権を巡る議論で仲介役になろうとしている」
スイスは非常任理事国に選ばれる以前から、常任理事国に対し、国際犯罪の場合には拒否権を行使しないよう呼びかけ、拒否権行使の抑制に取り組んできた。その一例として、ギュルバー氏は国連の説明責任・一貫性・透明性(ACT)グループが2015年に提案した「ジェノサイド、人道に対する罪または戦争犯罪に対する安保理の行動規範」に言及する。ACTグループは、スイスがコーディネーターを務め、中小国が参加する地域間共通のグループだ。この行動規範はすべての常任理事国に対し、大規模な残虐行為の防止または阻止を意図した適切な決議案に拒否権を行使しないよう求めたものだ。ギュルバー氏によれば、この行動規範に賛成した国連加盟国は120カ国を上回り、スイスはさらにその数を増やそうとしているという。
またスイスは、拒否権を行使した常任理事国に国連総会での説明を求める決議案の共同提案国を務めている。この決議案は4月に国連総会で採択された。総会の決議には安保理の決議のような拘束力はないが、総会には国連加盟国全193カ国が集い、道徳的権限がある。この決議案を提出したのは、スイスと同じく小国のリヒテンシュタインだった。決議案が採択された後もロシアと中国が拒否権の行使を控えることはなかった(シリアでの人道回廊の延長および北朝鮮への制裁に関する決議案で拒否権が行使された)。だが、これらの国は加盟国の前に登場し、拒否権行使の理由を説明し、議論に対峙しなければならなくなった。専門家たちは、今回の決議が長期的に拒否権行使の抑止力となるかはまだ断言できないとしながらも、透明性と外交圧力を確実に高めるとみる。
橋渡し役
スイスは地理的、歴史的に西欧ブロック寄りだが、事案によって他地域の国々と連携を取ろうとしている。西欧諸国の中でも中国と比較的良好な関係を築いていることから、気候対策や紛争時の民間人保護などで中国に協調を促すことが期待される。スイスは中国が影響力を強めるアフリカに関しても、中国当局と連携できる可能性がある。
ルーペル氏は「私の認識では、スイスは中国と非常に友好的な関係を築いている。そのため、スイスは欧州と中国、そして中国とロシアの橋渡しができるかもしれない」と話す。
一方ロシアは、スイスを「非友好国」に指定している。ウクライナ侵攻に対する欧州連合(EU)の制裁にスイスが参加したからだ。また、スイスはロシアにおけるウクライナの利益を、そしてウクライナにおけるロシアの利益を代表すると申し出たが、ロシアはそれを拒否した(ウクライナ側はスイスが利益代表を務めることを承認していた)。しかし、9月の国連総会でスイスのイグナツィオ・カシス外相とロシアのセルゲイ・ラブロフ外相が互いに握手する場面があり、物議を醸した。
ビアステカー氏は「当然だが、私はロシアのウクライナ侵攻は支持していない。しかし、外交ルートを多少オープンにしておくことは非常に重要だろう。いつか戦争は終わるし、早く終わってほしいと思う。いつかは交渉が行われ、解決に向かうだろう。ただ、相手の行動や態度を心底非難していたとしても、その相手を単純に中傷したり、悪者扱いしたりするわけにはいかない。この点でもスイスは中立という重要な役割を果たせるだろう」
編集:Imogen Foulkes、英語からの翻訳:鹿島田芙美
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