投機筋が期待したスイス中銀の金保有拡大案、否決
スイスでは30日、国民投票が行われ、スイス中銀の金保有量拡大案は77.3%の反対で否決された。金相場の押し上げになると世界中から注目を浴びていたが、有権者の支持は集まらなかった。環境団体による移民規制案と、一括税廃止案の是非も問われたが、両案とも反対過半数で否決となった。
金相場を左右した金保有量拡大案
今回の国民投票で世界の投機筋から注目されていたのが、スイス中央銀行(スイス国立銀行、SNB)の金保有量拡大案「スイスの金を救うイニシアチブ」だ。提案の内容は、(1)スイス中銀総資産の20%を金にすること、(2)国外で保管されている金をスイスに戻すこと、(3)スイス中銀の金売却を禁止、の3点。
その背景にあるのは、スイス中銀が自国通貨防衛のために1ユーロ=1.20フランに設定し、大量のユーロを購入・保有してきたことだ。2010年のギリシャ債務問題以降、フランは対ユーロで急激に値上がりした。欧州連合(EU)が最大貿易相手であるスイスでは、ユーロ安フラン高だと国内の輸出産業や、外国人旅行者が多い観光業に深刻なダメージが出るため、スイス中銀は為替介入に出てそれを防いできた。
しかし、ユーロは今も値下げを続け、スイス中銀のユーロ保有量が増大していることから、右派国民党の一部は「スイス中銀は価値の裏付けがない紙幣を大量に抱えている」と批判。「金は我々先代の汗の結晶」であり、通貨の価値を金の重さに結びつける金本位制を復活させれば、国は返済能力を超えた借金をすることはなく、財政は健全なものになるとの考えから、今回の提案を提出した。
しかし、この提案にはどの主要政党も反対。これまで政治問題には関与してこなかったスイス中銀も、今回は異例に反対の立場を表明した。スイス中銀は、この提案が可決されればフラン高を抑えることが一層厳しくなるとし、有事でも金を売ることができない点がこの提案の最大のネックだと指摘した。
ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によれば、現在のスイス中銀の金保有量は1040トンで、世界第7位(日本は約765トンで8位)。総資産に占める金の割合は7.5%(日本は2.4%)。提案が可決されれば、スイスは5年以内に金約1500トンを積み増す必要があった。
10月中旬に行われた世論調査では、賛成が44%、反対が39%と可決に傾いていることが明らかになり、金相場は一時急騰。今回の投票結果の行方に世界の投機筋が注目していたが、結果は賛成22.7%、反対77.3%。全州で反対が過半数を上回り、否決となった。
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2014年11月30日国民投票結果
環境保護目的の移民規制案
スイスでは今年2月、国別に滞在許可の数を割り当てて移民数を規制する提案が可決された。現在はその法案の具体化が検討されている最中だが、今回、また新たな移民規制案が国民投票に掛けられることになった。環境団体エコポップ(Ecopop)による通称「エコポップ・イニシアチブ」だ。
この移民規制案の主な内容は(1)移民増加によるスイス定住人口の増加を、年0.2%に抑えること、(2)国は政府開発援助における支援金の最低10%を、途上国での自発的な家族計画の促進に充てること、の2点だ。
スイスの人口は移民の流入で年々増加している。連邦統計局によると、スイスの人口は2013年で約814万人。昨年はスイス人を含む約19万人が流入、国外に移住した人は約10万人で、スイスの人口は前年比で1.3%増加した。
エコポップは、移民が増えれば資源の消費量も増えるため、人間活動が自然や環境に与える負荷(エコロジカル・フットプリント)が高まると主張。スイスの人口増加率を0.2%(約1万7千人)に抑えれば、こうした負荷は抑えられるとした。
また、エコロジカル・フットプリントを少なくするには、世界的に人口を減らさねばならないとの考えから、エコポップは途上国の出生率を下げるための支援を提案に盛り込んだ。
しかし、この提案には賛成する主要政党はなく、今年2月の移民規制案を提出した国民党でさえも、この案は行き過ぎており内政干渉にあたると批判。同党のアドリアン・アムシュトゥッツ国民議会議員は同党ホームページ上で「年間2億フラン以上(約246億円)の税金を途上国での家族計画の説明やコンドーム配布に使うのは馬鹿げている」と述べ、国外に住むスイス人が帰国する場合や、スイス人が外国人配偶者を国内に呼び寄せる際にも問題が起こる可能性があると指摘した。
投票結果は賛成25.9%、反対74.1%で、全ての州で反対が過半数を上回り、否決された。
金持ちの税優遇は続く
今回の国民投票で問われたもう一つの案件は、スイスで暮らす富裕外国人への税優遇措置、一括税の廃止案だ。
一括税はスイスの26州中21州が実施している税制度だ。スイスではすべての国民は所得と資産に応じて納税することになっているが、スイスで働かない富裕外国人に対しては、スイスの住居にかかる家賃1年分の5倍を所得とみなし、それに一括して課税する特例措置が認められている。母国など外国での所得は課税対象にならず、富裕外国人は母国で納税するよりもはるかに節税できるとされる。
しかし、一括税は法の下の平等に反していると主張する左派政党が、一括税廃止案を提出。ロシアの大富豪ヴィクトル・ヴェクセリベルク氏を例に、一括税利用者の多くはスイスで働いてはいけないはずなのに実際はスイスで収入を得ているとし、廃止を訴えた。
スイスでは2012年、5634人がこの制度を利用し、税収合計は6億9500万フラン。そのうち1億9200万フランが連邦、3億2500万フランは州、1億7800万フランは基礎自治体の税収となった。一括税利用者が最も多いヴォー州(1396人)やヴァレー(ヴァリス)州(1300人)では、制度廃止で税収に大きな穴が開くことは必至だった。
投票結果は、賛成40.8%、反対59.2%。州レベルで一括税廃止を決めているシャフハウゼン州でかろうじて賛成が反対を上回ったが、その他全ての州で反対が賛成を上回り、否決となった。
今回の国民投票では、どの案件でも投票率は約50%だった。
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