直接民主制の代表国、スイス。あらゆるテーマに民意が示され、最終決定権を国民が握るなら、議会は一体何のために存在するのか?
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前置き
まず一つ重要なことが言える。スイスの政治システムは「純粋な」直接民主制ではない。レファレンダムやイニシアチブ(国民発議)といった参政権は、建国当初から備わっていたわけではない。
1848年に建国されたスイス連邦では、直接民主制を伴った代表民主制が取られた。直接民主制は時代と共に少しずつ広がってきた。
1848年の連邦憲法には、連邦憲法の改正や国際組織・集団安全保障機構への加盟の是非を自動的に国民投票にかける強制的レファレンダムだけが定められていた。参政権はその後少しずつ補完され、1874年にはその他の議会が決めた法律に対して国民が国民投票の実施を求める任意のレファレンダムも追加された。1891年に初めて、国民自ら連邦憲法の改正案を提起するイニシアチブの仕組みが導入された。
補完するが代替しない
このように、直接民主制の仕組みを持ちながら議会議員を選出する国はスイスだけではない。それでもスイスは連邦、州、自治体のそれぞれで直接民主制が根付いており、実際に活用されている。
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時代とともに発展してきた直接民主制
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中立性や連邦制と並んで、スイスという国を特徴付ける直接民主制。国民投票は、国民が直接意思表示をするための重要な手段だ。その国民投票にかけられてきた事案の数は、1970年代以降著しく増えている。1848年から現在まで、実に600回以上もの国民投票が行われてきた。
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直接民主制と代表民主制は相反する概念ではなく、互いに補完し合う。参政権はスイスの政治システムで重要な構成要素だが、議会プロセスを代替するものとして設計されたものではない。国民が自身の代表者の行動を常に監視し、彼らの決定を阻止(レファレンダム)したり、決めるよう強要(イニシアチブ)したりする道具として機能する。
立法機能
立法の権限は間違いなく議会にある。これまで公布された法律の圧倒的多数がレファレンダムの対象にならなかったことは、立法権が紛れもなく議会の手中にあることを示す。レファレンダムが提起された法律も、国民の手で選ばれた議員の決断が国民投票でひっくり返されることはごく稀だ。
それでも任意のレファレンダムの存在は議会の決定に強く影響を及ぼすと言っていい。常にレファレンダムを起こされる可能性があることは、議員たちにとって過半数の賛同を得られる妥協点を見つける圧力となる。
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スイスでは国民が憲法改正案を提案したり、連邦議会で承認された法律を国民投票で否決したりできる。
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他の機関の選出
議会が担うもう一つの重要な役割は、連邦閣僚と連邦内閣事務総長の選出だ。国民議会(下院)と全州議会(上院)の両方から成る両院合同会議のメンバーも、4年の議会任期の初めに選ばれる。
連邦閣僚や事務総長が任期途中で辞任する場合、両院合同会議が残りの任期を務める後任者を選ぶ。
両院合同会議は連邦司法機関のメンバーの選出も担う。最高裁判所にあたる連邦裁判所外部リンク(ローザンヌ)と同刑事部外部リンク(ベリンツォーナ)、連邦行政裁判所外部リンク(ザンクト・ガレン)、連邦特許裁判所外部リンク(同)の裁判長と裁判官を選ぶ。
連邦検察庁に属する連邦検察官の選出も両院合同会議の任務だ。紛争時には、紛争の間スイス軍の最高司令権を司る総司令官を議会が選ぶ。
監視
議会の任務は連邦の執行・司法機関のメンバー選出にとどまらない。内閣や行政機関、連邦裁判所、連邦検察庁の最高監視責任者でもある。
最後に忘れてはならないのは、連邦財政(予算と決算)も議会の承認を必要とすることだ。これらについては、国民が賛否を唱える機会はない。
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(独語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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