賃金格差に上限を設けるべきか?
会社規定の最低賃金で働く社員の12カ月分の給料は、その会社のトップ役員が稼ぐ1カ月分の給料よりも低くてよいのだろうか?賃金格差に制限を設けるべきか否かを巡り、スイスでは11月24日に国民投票が行われる。
役員への法外な報酬の抑制を求めた「高額報酬制度反対イニシアチブ」が国民投票で可決されてからまだ9カ月しか経っていないスイスで、給料を巡るイニシアチブが再び国民投票にかけられることになった。それが、今回の「1:12イニシアチブ-公正な給料のために」だ。これは、トップ役員に払われる桁違いの給料に不満を募らせた社会民主党青年部が中心となって成立したものだ。
前回のイニシアチブではスイスの上場企業だけが対象で、経営陣の報酬額を株主に決定させることが狙いだった。一方、今回はすべての企業が対象。賃金格差の監視は国が担うことになる。
ターゲットは大企業
社会民主党青年部はこのイニシアチブで法外な給料にブレーキをかけ、「経営陣の欲望」を抑えようとしている。内容は、会社規定の最高額の給料1カ月分は、会社規定の最低額の給料12カ月分を上限にすること。中小企業および公共機関ではそこまで賃金格差が広がっていないため、イニシアチブが可決されても給料体系を変える必要はない。影響を受けるのは、高額の給料を経営陣に支払っている大企業や国有企業だ。
目標は、給料の公平な分配。イニシアチブ推進派は、賃金格差に上限を設けることで経営陣の給料を減らし、同時に安い給料を引き上げようとしている。
スイスでは1.5%の企業で、企業規定の最高賃金がその企業での最低賃金を12倍以上上回る。そのような高額の給料を受け取る人は約4400人おり、その総額は15億フラン(約1600億円)に及ぶ。
これは、連邦工科大学チューリヒ校景気調査機関(KOF)の10月初旬発表の調査結果。データは、2010年にスイス全土から4万3627企業を標本抽出したもの。
調査対象企業の96.2%で賃金格差は1:8より少なかった。
大企業(従業員数2001人以上)では、中小企業に比べ1:12以上の賃金格差が顕著。
2010年に1:12以上の賃金格差があった企業の従業員数は約50万人。1:12未満の賃金格差がある企業の従業員数は291万人だった。
社会的公正さと自由市場
「ここで重要なのは、社会的な公正さだ」と、かつて社会民主党青年部長を務めたセドリック・ヴェルムート下院議員は強調する。スイスでここ15年間、生産性の伸びに比べて給料が上昇していないのは「特に大企業を中心とする一部の経営陣が収益の大部分を自分のものにしているからだ」という。
一方、中小企業の統括団体であるスイス商工業連盟(SGV/USAM)のジャン・フランソワ・リム会長は「スイス経済は成功を収めており、他国と比べてもよく機能している。理由はいろいろあるが、一つは労働法が比較的リベラルだからだ。給料の最高額と最低額を規定するような国は要らない」と主張。このイニシアチブは、自由な市場経済という土台に基づくスイスとは対極にあり、「明らかに介入主義的」だという。
安い給料は上がるのか?
国民党所属の下院議員でもあるリム氏はまた、イニシアチブが可決されたとしても、推進派が期待するような効果は表れないと考える。「最低賃金は上昇しないばかりか、低賃金の仕事が減っていくことだろう。規制のせいで、企業がそうした仕事を国外に移すからだ」
これに対し、ヴェルムート氏は「法外な給料を経営陣に支払っている大企業は、すでに90年代に低賃金の仕事を外注している」と反論。「法律を回避するために外注するのは、反民主的で違法。イニシアチブが可決されれば、連邦議会はイニシアチブを実施するための法律を採択し、何が許され何が許されないのかをはっきりと定義するはずだ」
異なる数字に基づくシナリオ
反対派が危惧するのは企業の国外移転と、スイスに拠点を構えたい外国企業にもたらすマイナス効果だ。結果として予想されるのは、雇用喪失や失業率の上昇だ。また、企業が外国に移り、高額給料の額が下がれば、国・州・地方自治体レベルで社会保障や税収に見逃すことのできない悪影響が生じるかもしれない。
スイス商工業連盟の委託で行われたザンクト・ガレン大学の調査では、1:12イニシアチブが可決されれば、場合によっては社会保障および税収に20億~40億フラン(2200億~4300億円)の損失が出る。「影響が最も少ない場合でも、反対票を投じなければならないだろう」と、リム氏は強調する。
イニシアチブに同じく反対している政府は、国民年金に与える経済的影響をあらかじめ算出することはできないとしている。アラン・ベルセ内相は9月の連邦議会で、可決の際に企業がどのような反応を示すのかは予想できないと話した。
成功モデルが崩れる?
連邦工科大学チューリヒ校景気調査機関(KOF)が行った独自調査でも「このような政策が過去に行われたことがないため、イニシアチブの影響を予想することは不可能」との結論が出ている。どのような仮説でも「イニシアチブがどう実施されるのかが不確かなことを考えれば、単なる憶測に過ぎない」という。
推進派のヴェルムート氏は、短期的には税収などが下がる可能性はあると認める。しかし長期的には、低い給料の額が上がるために、消費が増え、スイス経済全体に好影響が及ぶと予想する。「国も付加価値税や法人税の増収という利益を得る」
また、イニシアチブが可決されれば「スイスは、第2次世界大戦後の自国の経済発展モデルに立ち返ることができる。つまり、賃金格差の少ないモデルだ」と主張する。一方、反対派のリム氏はこう反論する。「国の介入で(良好な)労使関係が崩れてしまう危険がある。スイスの歩んできた成功モデルとは逆をいくものだ」
(独語からの翻訳・編集 鹿島田芙美)
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