ネオバロックの古い自宅 エコハウスに生まれ変わる
スイス政府の新エネルギー政策に後押しされ、2人の物理学者がネオバロックの歴史的建造物の自宅をエネルギー消費が極端に少ないエコハウスに改修した。その改修完成までの苦労を聞いた。
2050年までに国内のエネルギー転換を目指すスイス政府のエネルギー政策「エネルギー戦略2050外部リンク」。その大きな柱は、電力消費削減と再生可能エネルギーの拡大により段階的脱原発を図ることだ。少なくとも、理論的にはそうだ。
だが実際にはこうした政府の野心的な計画を実行に移すために電力会社や建築会社が苦労している。例えば、ソーラーシステムを建築基準法に沿いながら限られたスペースに設置したり、歴史的建造物の外観を損なわずに使うことは難しい。また費用もかかる。
ソーラーシステムを一般家庭に使うとなると状況はさらに厳しい。都会にある歴史的な家を改修する場合はなおさらだ。だがレギーネ・ロートリスベルガーさんとマヌエル・ヒュッテーリさんは、歴史的建造物に指定された古い自宅をエネルギー効率の高いものに改修することに成功した。
2人は物理学者でかつ気候学者でもある。築116年の歴史的建造物の省エネ改修では、スイス・ミネルギー協会外部リンクから「ミネルギー規格(省エネ建築スタンダード)」の承認を受け、また、再生可能エネルギーを促進するワーキンググループ「スイスソーラーエージェンシー外部リンク」からはソーラー大賞を受賞した。改修後の二酸化炭素削減量は年間10.6トンだ。
ソーラーエージェンシーは、選出の理由を「保存の対象になっている歴史的建造物であっても、エネルギーと二酸化炭素排出量の削減が可能なことを示したモデルプロジェクトだからだ」と述べている。
だが計画当初は、多くの反対にあった。「文化遺産保護局に、屋根へのソーラーパネルの設置を打診した際、景観を損なうとして即座に断られた」と、ヒュッテーリさんは説明する。「それでもあきらめずに説得し、通りから見えないように屋根の傾斜面に沿った特別なソーラーパネルを設置することで双方が歩み寄った」
だが2011年3月、思いがけない後押しがあった。福島第一原発事故を受け再び原発への批判が高まり、スイス政府が段階的に脱原発を進め再生可能エネルギーの拡大を図るという歴史的な決定を下したからだ。文化遺産保護局はソーラーパネルの設置を希望する家の持ち主を支援しなければならなくなった。
フクシマ効果
「福島第一原発事故後、文化遺産保護局はソーラーパネルの設置を禁止できなくなったと言ってきた。それで当初の予定通りに計画を進め、屋根の平らな部分にハイブリッドソーラーシステムを設置することさえ許可された」とヒュッテーリさんは言う。
歴史的建造物保存局のベルン事務所は、1898年に高級住宅地に建てられたこのネオバロック様式の一戸建てを歴史的建造物に指定している。改修工事をする際に所有者は、事前に保存局から許可を得なければならない。
ヒュッテーリさんのケースは、ソーラーシステムが取り外し可能で、外観に調和があり、歴史的要素を損なうものではなかったため、工事の許可が下りた。
改修工事では、建物全体の耐熱性が徹底的に見直され、革新的な断熱システムが採用された。環境にやさしいセルロース断熱材で地下室から屋根裏までの骨組みを可能な限り断熱し、すき間をリサイクル可能なポリスチレンで埋め、全ての窓をクリプトンガス入りの二重構造に取り換えた。窓とドアの持つ、100年以上前の外観と風合いを維持することは容易ではなかった。
「イノベーション」がキーワードになったとヒュッテーリさんは言う。「あらゆることに解決策を見出だす必要があったからだ。それぞれの構造要素は私たちのニーズに合うよう高度な技法で組み立てなければならない一方、出来上がりは文化遺産保護の要求に応えなければならなかった」
新天地の開拓
改修工事に難色を示したのは当局だけではなかった。建設業者も初めはしり込みした。新建材や技術の経験が無いので品質を保証できないと言い出した。だが結果的には大半が改修計画に興味を持ち工事に協力した。
工事では、地下150メートルまで掘り下げ、地中熱調査も行った。地下には給湯・温水暖房用の太陽熱貯蔵タンクと地中熱ヒートポンプを、屋根には太陽光発電装置と太陽熱温水器を設置した。直射日光が当たらなくても、特殊な受容体により外気温10度の中でさえ熱エネルギーを吸収することができるものだ。
ヒュッテーリさんの物理学の知識やノウハウ、これまでの経験は工事にとても役に立った。連邦環境省環境局に勤めるロートリスベルガーさんは温室効果ガスと気候変動の専門家で、ヒュッテーリさんは大気中の微量ガスと微粒子を図る飛行時間形質量分析計の開発に携わっている。
2人は二酸化炭素排出やさまざまな種類のエネルギーが環境に与える影響を知っているだけではなく、自分たちのエコロジカル・フットプリントを削減するためにお金と時間、労力を費やす覚悟があった。
犠牲と見返り
ヒュッテーリさんはモニタリングに使用される制御装置やセンサーだけではなく、スレート製集光機の開発・設置にも協力した。市場にはまだ完成品がなかったからだ。ヒュッテーリさんの知識と家族の協力なしでは改修工事は成功しなかった。
「3年間、工事中の家に住みながら試験的な装置と既存装置がうまく機能するよう調整した。おかげで最適なエネルギー効率を保証する改修が実現した」
現在では、家族4人のヒュッテーリ家のエネルギー消費量は以前の4分の1。摂取量は改修前のわずか17%になった。太陽光発電により3200キロワット時の電力と1万キロワット時の熱エネルギーを確保できる。
だが、スイス住宅管理組合でエネルギー技術と構造工学を担当するトーマス・アンマンさんは、このようなモデルの一般普及は難しいとみている。
「あまり予算の無い人は、屋根裏や地下室の断熱に投資することが多い。効果がすぐに出るからだ。ヒュッテーリさんのように全面改修ができたのは、彼らに知識も予算もあったからだ」
そうは言っても、ゆっくりとだが変化は訪れている。アンマンさんは、省エネハウスの実現には建築テクノロジーが今までになく重要な役割を果たしており、その上、文化遺産保護局の考え方にも変化が現れているという。「彼らは太陽光発電装置の取り付けに対し、今日ではより理解を示している。数年前には考えられなかったことだ」
「エネルギー戦略2050」
スイスの電力供給は水力発電6割、原発4割。太陽光、風力、バイオガス、バイオマス、廃棄物による発電は現在のところ3%未満。スイス政府の野心的なエネルギー政策「エネルギー戦略2050」は、代替エネルギーによる供給を1割まで拡大したい考えだ。また計画では2050年までに、太陽光発電で電力需要の4分の1と熱需要の5分の1をまかなおうとしている。
だが実際には、建物の所有者にとっては、省エネ改修工事には多大な経費がかかり、エネルギーの出力量は一定せずその貯蔵問題も解消されていないという難しさがある。さらに太陽光や風力発電には十分なスペースが必要だが、それらが一度設置されると都会や田舎の景観が変わってしまうという問題などある。
古い街並みの保存が重要課題であるこの国では、都市部に12世紀の建造物が残り、多くの家が歴史的建造物に指定されている。
(英語からの翻訳・編集 由比かおり)
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。