ピラトゥス社、成功の鍵
ピラトゥス社(Pilatus)に注文が殺到している。このスイスの航空機メーカーは軍用練習機における世界のトップ企業だ。その背景には同社製の航空機の性能の高さがある。だが同時に、競合他社が顧みなくなった小規模市場に的を絞ったことも成功の鍵だとみられている。
ニトヴァルデン州シュタンス(Stans)に本社を置くピラトゥスは、昨年、飛躍的に業績を伸ばした。売上高は前年比14%増の7億8100万フラン(約646億4500万円)と、記録的な数字だ。
そして、その将来は更に華々しいものになりそうだ。今年初めから、すでに航空機154機の注文があり、そのうち79機が最新モデルの「PC-21」。これほどまでの成功をどう説明したらよいのだろうか。
多機能搭載の航空機
航空専門誌「フライトグローバル(Flightglobal)」電子版で、英国人パイロット、ピーター・コリンズさんは謎を解く手がかりを示す。「予算節減の矢面に立たされ、諸国の空軍はいかに最小限の時間とコストで高度な飛行技術と攻撃技術を身につけたパイロットを養成するか、というジレンマに直面している」
「今後は、運用コストが安価で高性能。 数機をひとまとめにしたような高度なシミュレーションシステムを搭載し、訓練プログラムの全てをカバーできる練習機が求められる。ところがすでに、PC-21はこの全基準を満たしているのだ」と、自らPC-21の飛行テストをしたコリンズさんは説明する。
「スイス空軍により、PC-21が訓練課程の全段階で使用できることが証明された」と、スイスの航空専門誌「コックピットアエロ(Cockpit Aero)」のマックス・ウングリヒト編集長は明言する。「このタイプの練習機は未だかつて存在しなかった。最初の練習機から戦闘機を操縦できるようになるまで、通常2機か3機の異なる型の練習機が必要だった。そのために多額のコストがかかり、訓練期間も長かった。それゆえ1機で全てをカバーできるピラトゥスのシステムにはこの上ない利点がある」
個別仕様のコックピット
「ニーズに応える基準を全て満たしているのは、唯一PC-21だけだ」と言われる理由は以下の特徴からだ。第1に、PC-21はターボプロップエンジンで回るプロペラ機であるにもかかわらず、まるでジェット機のような運動性を持つ。
「PC-21は、プロペラ機にありがちな典型的な不具合、つまりエンジンの動きと胴体のプロペラから生じる圧力の影響で、軌道が横にそれるのを極力抑えるために考案された」とウングリヒト編集長。「それに、他の練習機にはない自動軌道修正機能が搭載されている。そのためパイロットは、常に一直線に推進するジェット機を操縦しているかのような感覚を覚える」
航空機の運動性に加えて、ジェット機を操縦する感覚はコックピットでより高まる。「PC-21のコックピットは(米国で開発されたスイス空軍の主力戦闘機)『F/A-18』のディスプレイとほぼ同一だ」とウングリヒト編集長は指摘する。
また、PC-21のコックピットは、個別仕様に対応できる。前出のパイロット、コリンズさんは記事の中で「ピラトゥスは『ミラージュ2000(Mirage 2000)』 や『ユーロファイター(Eurofighter)』、サーブ社(Saab) の『グリペン( Gripen) 』などの最新型戦闘機に類似した仕様に変えることが可能だ」と語る。
高いコストパフォーマンス
しかしPC-21の新技術だけがピラトゥスの成功の鍵を握るわけではない。同社の優れたイメージと、数十年にわたる歴史も重要な役を果たしている。
「ピラトゥスは1947年、当時としてはかなり進んだ最初の軍用練習機『PC-2』を開発した」と、民間パイロット養成学校の教官のラウル・ヴァイトさん。「同社は最初から二つの目標に的を絞っていた。第1に、より大きくより高性能な航空機のコスト削減。第2に、快適な操縦を保障する飛行の質だ」
「ピラトゥスのPC機はとても信頼がおける」とヴァイトさんは続ける。「使用者にとって、そのコストパフォーマンスの良さは並外れている。スイス空軍では、30年来使われている「PC-7」が今でも見られるが、まるで新品のようだ」
減少する競合他社
さらにピラトゥスには、競合他社が減る一方の市場で展開してきたという利点もある。戦闘機の数が減り、それに伴って軍用練習機の需要も減ったため、多くの航空機メーカーが軍用機部門を廃止した。
「1980年代スイスには500機近いジェット戦闘機が存在したが、現在はわずか35機だ」とヴァイトさん。「かつては年に70人から80人のパイロットを養成しなければならなかったのが、現在では8人。ヨーロッパ諸国も財政的な理由から航空機の数を減らし、それを反映して練習機の市場は縮小した」
中立性との問題
ところで、ピラトゥスの軍用練習機輸出は、しばしば論争の的になっている。同社の練習機は、購入後に武装を施し、特に地上攻撃に使用することが可能だからだ。これは紛争地帯への武器輸出を禁じるスイスの中立の概念に反する。
ピラトゥスのオスカー・シュヴェンク取締役会長は、8月初めにイスラエルのエルビットシステム社(Elbit Systems)がPC-7、PC-9といった旧モデル練習機を武装し戦闘機に改造していたことを認めた。一方で、「最新型のPC-21は、ピラトゥス社の協力なしに武装することは不可能だ。それはPC-21がコンピューター制御によってしか稼動しない、非常に複雑な航空機だからだ」と、経済新聞ハンデルスツァイトゥング(Handelszeitung)のインタビューの中で主張している。
スイスインフォが話を聞いた専門家によると、PC機の武装化についての論争は「問題でないものを問題化したものだ」という。前出のヴァイトさんもこう主張する。「そもそもPC機は爆弾やミサイルを搭載できるような構造にはなっていない。確かにPC機の武装を試みることは可能だが、航空力学は一つの科学。科学の基本原則に逆らう改造を施すことはもともと難しいことなのだ」
さらに前出のウングリヒト編集長も憤る。「どんな航空機でも、私のプライベート機でさえ、その気になれば武装することができる。しかしPC機のコンセプトは、戦闘目的ではない。スイスでは、この小企業の類を見ない成功が称えられるどころか、練習機の武装を理由に同社が非難されてばかりいるのは非常に残念なことだ」
1939年、エレクトロヴァット社(Elektrowatt)のエミル・ゲオルグ・ビュールレとオーストリアの武器商人、アントン・ガツダによってシュタンス(Stans)に設立された。
彼らの目的は、クリーンな航空産業を興し、その当時まだほとんど発達していなかったスイス軍の軍用機を近代化することにあった。
同社はスイス政府からの依頼で、スイス空軍航空機の整備、点検に従事しながら、軍用練習機「P-2」、「PC-7」、「PC-9」と小型輸送機「PC-6」、「PC-12」の開発、製造を進めた。これらの航空機は後に国外で大成功を収める。
紛争地帯(ラオス、ミャンマー、ボリビア、チリ、イラク、チャド、など)への輸出は、これまでに何度となく軍需品輸出に関する政治論争を引き起こした。
(出典:スイス歴史辞典 Dictionnaire historique de la Suisse)
ピラトゥス社は2011年度、記録的な決算報告を発表した。売上高は14%増の7億8100万フラン(約646億4500万円)に達し、利益は23%増で1億800万フラン(約89億3000万円)。
受注総額は4億1600万フラン(約344億3180万円)に上る。
2012年に入ってすでに3件の大量注文があり、この記録は大幅に破られるとみられている。
インドは「PC-7」75機を購入する契約書にサインした。同社史上、最大の注文で、受注額は5億フラン(約413億円)。契約にはシミュレーターとロジスティクスサポートも含まれる。
一方サウジアラビアはシミュレーター、地上作戦用の装備、訓練用機材、交換部品と共に「PC-21」55機の購入を決定した。
カタールも「PC-21」24機
の購入を検討している。
仏語からの翻訳、由比かおり
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。