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刻々と進む生物の変化 スイスの湖の底では何が起こっているのか?

現在スイスの商業漁業で収穫される魚の6割はホワイトフィッシュが占める Keystone

最近、「生物多様性」という言葉をあちこちで耳にするようになった。また同時に、その重要性もさかんに訴えられているが、種の多様性が失われるのは本当に問題なのだろうか?スイスで最も一般的な魚に関する調査では、多様性が減少するとどんな影響が出るか、自然界の新たな実態が示されている。

 市内観光やハイキングで歩き回った後、お腹をすかせた観光客が地元のレストランで「フェラ(ホワイトフィッシュ)」を注文するのは、スイスのフランス語圏ではごく普通のことだ。価格も手ごろで色々な料理に合い、淡泊で味も控え目なこの魚はサケ科の淡水魚で、ローザンヌ、ヴヴェイ、モントルー、ジュネーブでは定番の魚だ。

 もとはレマン湖にだけに生息していたコレゴヌス属をフェラと呼んでいたが、既にこの種は1920年以来スイスでは確認されておらず、絶滅したと考えられている外部リンク。今日では形、大きさ、生態なども大きく異なる15~20種類の魚をフェラと呼んでいる。

 ホワイトフィッシュには亜種が多数存在し、生態学的に重要な意味を持つ。科学者の間では最も盛んに研究が行われている魚だ。名称も色々あるが、正式には「コレゴヌス属」を指す。

 スイスの湖には今でも一連のコレゴヌス属が生息するが、それらはかつて豊富に存在した種類のごく一部にしか過ぎない。20世紀後半に発生した富栄養化と呼ばれる水質汚染が原因で、スイスにのみ生息する数十種類のコレゴヌス属が絶滅に追いやられたためだ。

 連邦給水・排水浄化・水域保護研究所(EAWAG)に勤めるオーレ・ゼーハウゼンさんと彼の同僚は2012年にネイチャー誌に掲載された論文外部リンクで、ホワイトフィッシュの種類が減少した理由に富栄養化を挙げた。そして今年2月に初めて、コレゴヌス属の多様性が減少した結果、湖の生態系の効率が落ち、魚の個体数の増加にも悪影響を及ぼしていると示唆するデータを発表外部リンクした。

 簡単に言えば、過去に富栄養化で大きなダメージを受けたスイスの湖は、例え餌が豊富でも魚の個体数が効率よく増えていないと判明したのだ。

 「州の漁場における収穫量の統計を全ての湖で比較した結果、ホワイトフィッシュの多様性が保たれている湖では、与えた餌に対する収穫量が最も多いと分かった」とゼーハウゼンさんは説明する。

栄養は増えすぎても逆効果

 富栄養化は、湖に流れ込んだ下水・工業排水・農薬などが原因で、水中の栄養分やミネラル、特にリンの濃度が高くなり過ぎて起こる。栄養過多と言うとあまり深刻な感じがしないが、実は連鎖反応を引き起こし水面下の微妙な生態系バランスを崩すことが分かっている。 

 リン濃度が高くなると海藻の生育が促進される。海藻は枯死すると湖の底に沈み、微生物の餌となる。ところがこの微生物が大量の酸素を消費するため、魚や魚の卵など、よりサイズの大きい生物はしばしば酸欠状態に陥ることがある。

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 その結果これらの生物に適した生息条件が維持できなくなり、生息地が失われた湖では、そこに生きる生物も一緒に姿を消した。

 スイスの湖における富栄養化は、1950年代から80年代にかけて最もひどい状態だった。以来、環境保全のための介入が行われるようになった。とりわけ下水処理でリンを除去し、洗濯洗剤からリンを排除したことで湖のリン濃度はかなり減少した。しかし環境汚染が生態系に与えたダメージは、何十年も経った後もその傷跡が残っている。

 「下水処理の際、栄養素のバランスが保たれていれば、物理的には比較的早く湖は回復する。しかしホワイトフィッシュのようにもともと生息していた多様な種類はそう簡単には戻ってこない」とゼーハウゼンさんは説明する。

口の中に隠された秘密

 生物多様性が失われた結果、スイスの湖での漁業にどういった影響が出ているかを調べるために、ゼーハウゼンさんと彼の同僚は2012年に発表した論文をもう一度見直した。この論文では異なるコレゴヌス属のえらにある「鰓耙(さいは)」と呼ばれる部分の大きさに重点が置かれていた。

魚のえらにある「鰓耙(さいは)」と呼ばれる部分は魚の餌によって大きさや密度が全く異なる(写真はハタ) Rob and Stephanie Levy/wikimedia commons

 鰓耙とは軟骨か小骨で出来た小さなとげで、魚ののどの内側に並んでいる。魚が好む餌の種類によって大きさや数が全く異なる。数が少なくても丈夫な鰓耙を持つコレゴヌス属は湖の底にある沈殿物の中で泥に生息する生物を好む傾向にある。反対に、細かく密集している鰓耙は、水中のプランクトンを直接こすのに向いている。

 これら鰓耙の違いをコレゴヌス属の種の多様性を示すバロメータに使い、EAWAGの研究チームは州が集計したスイスの複数の湖における商業漁業の収穫量と自分たちのデータを比較した。

 その結果、トゥーン湖のように富栄養化でダメージを受けず、種の多様性が保たれた湖と比べ、レマン湖のような過去に富栄養化のせいで種の多様性が失われ、生息している魚の鰓耙のバリエーションが少ない湖は、餌の量に対する魚の個体数の増加が、4分の1から5分の1しかない事が分かった。

 だがそれは、考えてみれば納得のいく話だ。異なる種はそれぞれ独自に環境に適応し、異なる餌を捕食するため、種の間で餌の奪い合いにならない。そのため、2種類の異なるコレゴヌス属が生息する湖では、1種類しか存在しない湖と比べ個体数が効率的に増えるのは容易に想像できる。

種の多様性を新たな角度から考察

 EAWAGの研究者らは、人・魚・湖が織りなすこの関係を「共進化の可能性があるフィードバックループ」と呼んでいる。これは従来あまり明らかになっていなかった関係性だ。陸上の生物では種の多様性と生産性に関する膨大なデータが存在するが、この調査は湖の魚社会での現象を実証した初の研究に数えられるという。

 ではこの調査結果は、フィードバックループの中にいる人間にとってどんな意味があるのだろう?ゼーハウゼンさんはこう語る。「種の多様性に対して細心の注意を払うことが必要だ。今存在する種の多様性を注意深く確かめ、それを保存するよう努めるのが人間の役目だ」

スイスにおける漁業

スイス人の魚の消費量は増加している。今日のスイスでは1人1年当たりの魚介類の消費量は8.8キロという統計が出ている。1984年は6.4キロだった。スイスで消費される魚介類の大部分は輸入品で、スイスの漁業で収穫する国産魚の6割はコレゴヌス属が占める。連邦統計局のデータ外部リンクによれば、2014年の収穫量は約100万キロだった。

種が爆発的に増える

連邦給水・排水浄化・水域保護研究所(EAWAG)に勤めるゼーハウゼンさんと彼の同僚は、ベルン大学と共同し今年2月にネイチャーコミュニケーションズ誌外部リンクでもう一つの研究結果を発表した。その中では魚の種の多様性に関連する別の、しかしスイスの湖とも密接に関係のある現象について述べられている。調査は東アフリカにあるビクトリア湖に生息するシクリッドと呼ばれる小さな魚に焦点を当て、この魚が過去1万5千年の間に他に類を見ない500種類にも枝分かれし進化した原因を究明し、科学の謎を解き明かした。

一つの種がこれだけ膨大に枝分かれし進化できたのは、さまざまな交雑種の発生と、それらの異なる種がうまく生息地を住み分けられる環境に恵まれていたおかげだと指摘。この論文の著者であるベルン大学のヨアナ・マイヤーさんは、この仕組みを次のように要約している。「ブロックのトラクターと飛行機の部品を使って、全く新しい色々な乗り物を作るのと同じことだ」

(英語からの翻訳・シュミット一恵)

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