スイスが砂糖に依存し続ける理由
スイスにおける砂糖の大量消費は肥満、糖尿病、その他慢性疾患につながり、公衆衛生上の深刻な問題となっている。だが、政界がすぐにこの問題に手を打つことはなさそうだ。
キャンディー、チョコレート、清涼飲料水。 スイス人は、砂糖の入ったものが大好きだ。スイスの家庭における砂糖の消費量は、世界保健機関(WHO)が推奨する1人1日50グラムの2倍以上と、欧州でもトップクラスの多さだ。
WHOは2015年、砂糖の過剰摂取による肥満、糖尿病、心血管疾患、がんなどの慢性疾患の増加について各国に警鐘を鳴らした。
スイスは成人人口の少なくとも40%が太りすぎで、5人に4人がこれらの病気で死亡している。関連医療費は推定年間500億フラン(約8兆円)超外部リンク。総医療費の8割を占める。
フランス、ベルギー、英国などは、食品・飲料に含まれる砂糖の量を減らす対策を講じた。砂糖税、表示の明確化、若者向け広告の禁止などだ。
一方スイス政府は、健康団体が訴えているにもかかわらず、これらの措置を導入していない。
ローザンヌ大学の研究者ヴィルジニー・マンスイ・オベール氏は「人口の50%が肥満や糖尿病である米国のようになりたくなければ、できるだけ早く手を打たなければならない」と言う。同氏は栄養と健康な腸内細菌叢(腸内フローラ)の相互作用を研究する。
だが政治家たちは、巨大企業ネスレを含む数十億ドル規模の食品産業にブレーキをかけようとはしない。ネスレの本社はローザンヌ近郊のヴヴェイにある。
砂糖はOK、でもほどほどに
砂糖は私たちの体を円滑に機能させるのに欠かせない。エネルギーを作るのに最も重要な糖の1つがグルコースだ。
グルコースは、パスタ、シリアル、果物、野菜などの炭水化物が消化される過程で作られる。グルコースが人間の脳の発達に重要な役割を果たしていることは、複数の研究で明らかになっている。
グルコースは消化管を通って血流に入り、インスリンホルモンの働きによって、人体のさまざまな細胞に入り、そこで「栄養」となる。
問題は、摂取量が多すぎることだ。19世紀半ば以降、スイスにおける砂糖の消費量は1人1日当たり約8グラムから110グラムへと、ほぼ12倍に増加した。
ヴォー州の糖尿病患者団体、ディアベート・ヴォーのレオニー・シネ事務局長は「糖分を摂り過ぎると余分なグルコースが体脂肪に変わり、それが肥満の原因になる。また、長期間にわたってグルコース濃度が高い状態が続くと、組織や細胞の損傷、炎症、慢性疾患につながる」と指摘する。
世界で肥満と関連疾患が増加し、それがスイスの健康団体や消費者団体に不安を与えている。彼らは攻勢に出ることを決めた。
ディアベート・ヴォーは5月、「MAYbe Less Sugar(砂糖、減らしてみる?)」というキャンペーンを立ち上げた。日常生活でどれくらい砂糖を摂取しているか人々に知ってもらうための公共のキャンペーン、あるいは「チャレンジ」とも言える。
参加者は、キャンペーンサイトの個人ページにある計算機で、日常的に摂取している添加糖の量を算出できる。シネ氏にとっては、とても満足する結果だった。予想をはるかに上回る7千人近くが参加したからだ。
だが、このイニシアチブの一環で集めたデータによると、砂糖の過剰摂取の影響を最も受けている人口集団に属する参加者は、ごく一部に過ぎなかった。その人口集団とは、若者と社会的弱者だ。
シネ氏は「こうした人々を予防キャンペーンに参加させるのは難しい。だからこそ、構造的な対策が必要だ」と訴える。
砂糖は至るところに隠れている
「砂糖は至るところに隠れている」とマンスイ・オベール氏は言う。キャンペーンの一環で開かれたイベントで、同氏はある若者たちのグループについて、砂糖消費量の計算を手伝った。
このグループの若い男女は、清涼飲料水を飲んだり甘いものを食べたりしないにもかかわらず、砂糖の消費量がとても多かった。同氏はそれに驚いたという。「問題は、私たちが口にする加工食品には全て砂糖が含まれていることだ」
ハム、ラザニア、ピザ、プロセスチーズなどの食品には味を良くするため、精製された砂糖やシロップが加えられている。「その結果、私たちは理由もよくわからないまま、これらの食品をまた大量に食べたくなる」とマンスイ・オベール氏は言う。
添加糖は、果物や未加工食品から摂取した砂糖と比べ、人間の代謝機能での処理方法が異なっているとみられる。
それは、添加糖は血糖値の急激な上昇を抑える食物繊維などの栄養素と結合していないからだ。その結果、血糖値が急上昇し、糖尿病のリスクが高まる。
快楽が中毒につながるとき
だが、このような血糖値の急上昇は、私たちに即座に報酬感覚を感じさせる。砂糖を摂ると、口の中の甘味受容体と腸内のブドウ糖受容体が刺激される。これらは神経経路を介して脳につながっている。
これにより、神経伝達物質であるドーパミンが放出され、満足感を得たり、もっと食べたいという欲求を強くしたりする。
「砂糖は脳の報酬系を活性化する。この意味で、砂糖は薬物のような働きをする」と仏ボルドー大学の神経科学者セルジュ・アーメッド氏は言う。同氏は砂糖中毒の心理的メカニズムと薬物中毒との類似性を研究している。
アーメッド氏はある研究で、砂糖水を飲んだラットはコカインを静脈注射したラットよりもドーパミンを早く出すことを突き止めた。つまり報酬感覚も砂糖水の方が強くなる。
この研究が示唆するのは、高糖質食が神経系を強く刺激し、異常な報酬シグナルを発生させ、一種の中毒を引き起こす可能性があるということだ。
同氏は、原因は進化の過程にあると考える。ラットやヒトのような哺乳類は低糖分の環境で進化してきたため、高濃度のものには適応しなかった。「これは公衆衛生上の大きな問題だ」
規制の可能性は低い
この問題に取り組むため、英国、フランス、メキシコなどいくつかの国では、甘い飲み物や食べ物に課税するなどの措置を講じた。砂糖税の効果は広く認められている。
スイスでは最近、同様の提案が議会で否決された。その代わりに、ミラノ宣言のような拘束力のない措置に頼っている。
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この宣言に署名した企業は自主的に、朝食用食品や飲み物の砂糖含有量を減らすことを目指す。
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ここにはさまざまな利害関係が絡む。緑の党の下院議員であり、健康に関する政策団体「栄養と健康同盟」の会長であるマヌエラ・ヴァイヘルト氏によれば、数十億ドル規模の農業食品産業(その多くはスイスに本社を置く)は、スイスの議員たちの目から砂糖の問題を遠ざけるべくロビー活動を行っている。
このような企業努力はスイス国内にとどまらない。NGOパブリック・アイの調査によると、スイス連邦経済省経済管轄庁(SECO)は、2019年にメキシコでネスレの代理として介入し、不健康な食品への警告表示導入を阻止した。
swissinfo.chの取材に対し、SECOは一企業の利益のために行動したのではなく、自国商品の貿易に不利益をもたらしかねない措置から加盟国を守るという、世界貿易機関(WTO)の原則に従って行動したとメールで回答した。
リベラル系シンクタンク、アヴニール・スイスの研究員パトリック・デュムラー氏によれば、スイスでは砂糖に対する政界の支援はさらに広範囲に及ぶ。
スイスは毎年数百万フランの公費を投じ、砂糖の国内生産に向けたテンサイ栽培を奨励する補助金を出している。
「テンサイの栽培と精製に公的資金を使い、その一方で砂糖の消費量を減らすキャンペーンにも財政支援するのは気違いじみている」とデュムラー氏は指摘する。砂糖税よりも効果的なのは、業界が自主的に削減する協定を結ぶことだという。
ヴァイヘルト氏は、砂糖関連法の強化は多様な利害関係が絡むため、すぐに実現するとは考えていない。「スイスでは砂糖はアンタッチャブルなのだ」
編集:Sabrina Weiss、Veronica De Vore 独語からの翻訳・宇田薫
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