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スイスとアメリカが共同で脳科学研究

連邦閣僚のブルカルテール内務相 ( 右 ) と連邦工科大学ローザンヌ校の学長、パトリック・エービッシャー氏がボストンにあるハーバード・メディカルスクールに向かう Keystone

連邦工科大学ローザンヌ校と医療分野において定評のあるハーバード・メディカルスクールが共同で脳科学研究を行うことになった。研究プログラム資金は、ベルタレリ財団が援助する。

両大学研究所が最先端の知識と技術を生かした共同研究を行うことで、脳神経疾患に苦しむ患者はいずれ、より質の高い生活を送れることになりそうだ。

研究室から医療現場へ

 連邦工科大学ローザンヌ校 ( ETHL/EPFL ) は、既に機械技術を脳神経学研究に取り入れている。今回のアメリカとスイスの共同研究の目的は、連邦工科大学ローザンヌ校の神経エンジニアリング分野における応用科学研究と、ハーバード・メディカルスクール ( HMS ) の医療研究の橋渡しをすることだ。最近では、これを「トランスレーショナル医療科学 ( Translational Medical Science )」と呼び、研究室から医療現場に科学的知識を移行する取り組みと称されている。また、研究プログラムによって、両研究所の学生や研究者、教授の相互交換が行われることを目指していく。

ベルタレリ財団による援助

 研究所の新プログラムに対し、ベルタレリ財団は900万ドル ( 約7億3000万円 ) の資金を提供する。そのうち400万ドル ( 約3億2500万円 ) はハーバード・メディカルスクールで「トランスレーショナル医療科学」の研究を行う教授の研究費に割り当てられる。教授第1号として迎えられるのは、現在、ハーバード・メディカルスクールの研究所管理責任者であるウィリアム・チン氏だ。
 
 共同研究において重要な役割を果たす神経プロテーゼ ( 人口補装具 ) の研究は、連邦工科大学ローザンヌ校で行われているが、2人の教授の研究費として、財団は1000万フラン ( 約8000万円 ) を拠出する。神経プロテーゼは、体内に埋め込む小さな人工物質で、脳と神経が麻痺した体の部分の「つなぎ目」として機能する。

 チン氏は研究合意の際に、新しい研究プログラムは、聴覚の分野から着手すると抱負を語った。これまで一般に使用されている補聴器よりもはるかに性能の良いものを開発することが目標だという。次の段階では、ほかの知覚分野の研究を行っていく。

スポンサーに対する拘束

 ベルタレリ財団が援助する資金によって招聘される数人の教授は、12月までに公表される予定だ。

 一方で、民間組織が研究所の資金援助を行うことによって、大学の独立性が損なわれるのではないかという意見も聞かれる。それに対して、
 「ローザンヌ校の教授のポストと共同プログラムに対する資金は財団の寄付によるものです。それによる拘束は一切ありませんし、大学の独立性が損なわれることはありません」
 と連邦工科大学ローザンヌ校の学長、パトリック・エービッシャー氏は反論する。

 「スイスは、例えば時計でも知られているように、小さく、複雑で、正確なミクロ技術において定評があります。一方で、ハーバード・メディカルスクールには、神経生物学分野における最高の専門家が揃っています。また医療現場の広いネットワークがあるので必要な医療テストを行うことができます」
 とエービッシャー氏はハーバード・メディカルスクールとの共同研究に胸を弾ませている。また、重要な鍵は、研究プログラムに関わる研究者たちが握っているのは言うまでもない。

共同研究の意義

 共同研究合意の署名は、連邦内閣閣僚のディディエ・ブルカルテール内務相の立会いのもとで行われた。ブルカルテール内務相は、「科学分野におけるスイス領事館」と称される「スイスネックス ( swissnex )」の創立10周年を機にボストンを訪れ、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学 ( MIT ) の代表者と会談を行い、スイスの若き研究者たちとも触れ合う機会を持った。

 ブルカルテール内務相は、脳科学研究における合意は「歴史的な出来事」であり、「大西洋を隔てた2国間の脳科学研究所を結び付ける手堅い橋渡しになる」と賞賛した。また、公立と私立の研究所が共同で研究を行うことの意義についても力説している。これは今日において必要不可欠なことなのだ。

 現代の、エネルギーや環境、健康分野における問題は、どの国も、どの大学も独力では解決できないほど大きくなっている。
 「国レベルで、または個人レベルで、問題解決のために話し合うように促すことが大切なのです」

科学を通して外交を

 脳科学の研究分野は、おそらくスイスが世界の最先端に立てる技術を持ち合わせている唯一の分野だろう。このことに関してはある種の誇りを持ってしかるべきだが、決して尊大になることではないとブルカルテール内務相は言う。

 大切なことは、スイスが「科学を通して外交を行う」ことをベースに、これまでのアメリカとの関係をさらに深め、共同研究を通してさらに新しい絆を作り上げていくことだ。

 ベルタレリ財団代表のエルネスト・ベルタレリ氏は、共同研究の合意に署名した際に、連邦工科大学ローザンヌ校とハーバード・メディカルスクールを支援する動機を次のように説明している。
 「わたしは、スイスとアメリカ、双方の土地と文化に馴染みがあるので、二つの研究所の得意分野を生かした共同プロジェクトが実現できればと思っていました」
ベルタレリ氏は、ハーバード大学で学んだ経験があり、それ以来大学とは常にコンタクトがあり、連邦工科大学ローザンヌ校との絆も深いという。共同研究の合意によって、近い将来、ヨーロッパとアメリカが科学発展のために手を取り合うことが可能になる。

スイスは近年、政治的役割を果たす「スイスネックス ( swissnex )」のネットワークを駆使し、研究、教育、技術革新、美術の分野におけるスイスの立場を開拓してきた。「科学を通して外交を行う」をコンセプトとし、アメリカ、中国、シンガポール、近い将来はインドなどを拠点に、研究と技術革新に重点を置いたスイスの立場をアピールしていく。

スイスネックスの目的は、スイスと世界各国との間で専門知識を相互に交換できるよう促進し、研究所と実践現場におけるスイスの知名度を世界的により高めること。

同組織は、連邦内務省教育研究局 ( SBF/SER ) と連邦外務省 ( EDA/DFAE ) の監督の下に設立され、アメリカのボストンやサンフランシスコのほかに、北京、シンガポールなどにも拠点を置く。来年にはインドのバンガロールにも設立される。

連邦政府がコストの約3分の1を拠出しているほか、個人による資金援助も行われている。

スイスネックス・ボストン支局が10月末に創設10周年を迎えた際、連邦閣僚のディディエ・ブルカルテール内務相はスイスネックスを訪問した。ブルカルテール内務相は、教育や研究分野の責任者として、アメリカ訪問時にスイスネックスの計らいにより、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学 ( MIT ) などの研究活動を見学し、研究所の代表者と会談した。また、現在、マサチューセッツ工科大学で研究を行っているスイス人学生3人と対談する機会を持った。

( 独語からの翻訳、白崎泰子 )

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