スイスの原発、その中核を訪問
放射能汚染の痕跡をシャワーで洗い落そうとしている間、警備員が私のTシャツに付着した放射能を測定している。ジャーナリストは取材先で危険にさらされることもある。今回のような原発内部の視察は特にそうだ。
ライプシュタット原子力発電所(Kernkraftwerk Leibstadt/KKL)は、1984年に稼働を開始した沸騰水型原子炉で、年間約23トン(t)の濃縮ウラン235を使用する。ウラン235は、核分裂連鎖反応を起こす放射性同位体。ウラニウムは比重とエネルギー密度が高いため、23tといっても、中型のステーションワゴン車のトランクに収まる程度の体積になる。
石炭やガスの発電所とは異なり、原子力発電所は、ウランの核分裂反能から生じる大量の熱エネルギーで高圧の水蒸気を作り、蒸気タービンと発電機を回転させて発電する。KKLは1日2900万kwの電力を生産し、スイス全土の電力需要の6分の1を賄う。
私はスイス最大の原発を訪問し、原子炉のあるドーム状の建屋内で放射能に汚染された。背中に付着した一粒の放射能の粒子が汗と混ざり合ったのかもしれない。
この秋、スイス北部のライプシュタット(Leibstadt)にあるライプシュタット原子力発電所(KKL)がメディアに公開され、私は数十人のジャーナリストと共にそこを訪れた。KKLの原子炉は、運転期限60年間のうちの約半分を消化したにすぎないが、2011年に段階的な廃止が決定された。内閣によるこの歴史的な決定は国民の大きな支持を得た。
福島第一原発事故の発生を契機に、スイスでは過去4半世紀最大の反原発運動が起きた。グリーンピースなどの環境保護団体は、原発には環境と人類に対して容認できないリスクがあると廃炉を要求した。2012年に核安全監督局(ENSI/FSN)が行った調査によると、原子力エネルギーが活用できるのであれば、そのリスクは容認されるべきと考えるスイス人は、全国民のわずか4分の1に過ぎない。
KKLの敷地内に車で入ると、青空に向かってそびえたつ全長144メートルの巨大な冷却タワーが視界に現れたが、普段はもうもうと立ち昇る蒸気は出ていない。さらに近づくと原子炉の建屋が現れた。
1年に1回KKLは電源を切り、原子炉の運転を停止する。このような停止期間は原発推進派にとって、スイスで最も近代的な4大原発をジャーナリストに公開し、質問に答える絶好のチャンスだ。
未来のために建設
この稼働停止期間に、様々な部品の点検、メンテナンス、機能向上などが行われ、核燃料の5分の1が交換される。
「KKLは短くとも2045年までは稼働する予定になっている。つまり未来のために建てられたものだ」とツアーを先導するアンドレアス・プファイファー所長は語る。「将来スイスの原発が徐々に廃止されていっても、それまで安全に稼働させなければならない」
私を含めたほとんどの人は、放射能にネガティブなイメージを持っている。危険を示す黄色の標識を見たり、放射能や被ばくなどの単語を聞いたりするだけで背筋に寒気が走る。以前私は「原子力はノー・サンキュー」のスティッカーを張り付けた自転車に乗っていた。私にとって原発事故は科学の危険性を実証するものだ。そのため、原発の安全性に強い関心があった。
KKLには、原子炉からの放射性物質の漏洩(ろうえい)を防ぐために設けられた5つの障壁があり、安全設計の多重防護設備のうちの一つ。
臨界値が測定された場合、炉心を緊急に冷却するために原子炉は自動的に緊急停止する。原子炉の緊急停止を「スクラム(scram)」といい、これは「Safety Control Rod Axe Man」の頭文字をとったものと言われているが、語呂合わせのために作られた可能性が高い。
原子力発電所の設計の要は、放射能漏れを厳重に防ぐためのコンクリートとスチールの防御壁。
それらの防御壁は、燃料ペレットを含んだ被覆管、スチール製の原子炉圧力容器、コンクリートの生体遮蔽壁、スチール製の原子炉格納容器、厚さ1.2mの強化コンクリート壁からなる原子炉建屋。
冗談はさておき
原発において安全性はカギだ。放射能漏れを防ぐバリアで最も外側にあるのは、コンクリートでできたドーム状の建屋だ。スチール製の格納容器を覆うこの建屋は、台風、地震そして飛行機墜落の衝撃にも耐えられるよう作られている。
ドームの内部に入るとすぐに、600トンの圧力容器の合金鋼性の蓋(ふた)が目に入る。その日は燃料交換のために外されていた。ドイツ人エンジニアのプファイファー所長は、原子炉は巨大な圧力窯のようなものだと説明を始めた。スチール製の圧力容器の厚さは16センチメートル、直径は約6メートル、出力は3600メガワットだ。
炉心を視察している間、水深16メートルのプールの中の水について説明してくれた。これは使用済みの燃料の冷却水で、燃料から放出される放射能を遮るのに十分だという。プールの水面にはさざ波も反射も見られず、どこが水面か分りにくかった。
しかし水面に空気で膨らませたワニが浮かんでいるのに気付いた。これは職員にユーモアのセンスがあることが判った最初の印だった。そのワニはジェネラル・エレクトリック社のメンテナンススタッフのマスコットで、緑色のゴム製だ。冷却水が規定量に保たれているかどうかを一目で分かるようにするための工夫だった。
大惨事の危険性
プファイファー所長は視察の間、KKLとチェルノブイリや福島第一原発との主な違いを熱心に説明した。チェルノブイリには格納容器がなかったこと、運転員が基本的な安全注意事項を守らなかったこと、原子炉の構造的な欠陥が制御不能の連鎖反応を引き起こしたことを指摘した。
安全と考えられていた福島第一原発もまたジェネラル・エレクトリック社の原子炉を使っていたとプファイファー所長は認めるが、福島原発には構造上の欠陥があったと言及する。エンジニアが津波と地震の可能性を過小評価していたため、タービン建屋の非常用発電機が水没し、冷却装置が機能不全に陥ったことを説明した。
一方KKLは鉄砲水が発生しても、最悪のシナリオとして考えられる最高水位よりも16メートル高い位置に建設されている。スイス史上最大の地震はマグニチュード7を記録した1356年の地震で、日本で起きたマグニチュード9の巨大地震はスイスでは発生しないというのがKKLの考えだ。しかし、そのリスクがゼロということはありえないとプファイファー所長は認める。
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原発の正装
KKLが普通の場所ではないことを示す印は多数ある。門の入口では伝統的な軍隊の作法に従って苗字を先に呼ばれ、訪問者用のバッジを渡された。警備員はこのバッジのおかげで管理区域内のどこに誰がいるのかいつでも把握できるようになっている。
私たちは鮮やかなオレンジ色の男女兼用の下着、ソックス、KKLのロゴ入りのTシャツに着替えた。それらが放射能を遮ってくれるわけではないが、派手な色のおかげで私たちがこれらの衣類をあとで脱ぎ忘れたり、KKLが洗濯を忘れたりすることはない。また私たちがかぶっていた緑色のヘルメットは保護のためではなく、外部から来た見学者であることを明らかにするためだ。私たちは防護服を2回着替え、地上13.5メートルの地点から28.5メートルの高さまでエレベーターで昇り、原子炉格納容器の出入口へ到着した。
この出入口はエアロックと言われる小さな部屋になっており二重扉が備え付けられている。エアロックは、格納容器の内部圧力を低レベルに保ち、埃や放射性物質の漏れを防ぐ役割を果たす。私は減圧を感じなかったが、放射能や汚染にも気づかないだろうことに気付いた。ほかのジャーナリストも同様に感じているのかどうか分からなかったが、私たちは全員非常に静かだった。
入室を待っている間、従業員に求められる資質やスタッフが好むいたずらについてガイドに聞いてみた。ガイドの反応からして、飛行場の警備員と同様ここでも従業員はいたずら好きらしい。
放射能汚染を防ぐために、原発内にとどまる時間は最小限に抑えられている。衣服や靴の繊維に放射能を帯びたほこりが付着するため、着替える必要がある。放射性物質が胃や肺に入り込む内部被ばくの危険性を防ぐため、そのような場所での飲食やトイレの使用は禁止されている。原子炉の配管は閉鎖循環式。
原発からの退去前には、全員および内部に持ち込まれた全ての物の被ばく状況を念入りに調べる必要がある。KKLにおける最新かつ最も精度の高い線量計では、最大観測しきい値は、1cm2当たり1.5ベクレル(Bq)。Bqは放射性物質の量を表す単位で、1秒間に放射性物質の原子核が崩壊する原子の個数。原発の敷地内に入る車はすべて、退去時にくまなく被ばく量を測定される。
最後の測定
エアロックへ戻り、圧力が通常レベルに戻るまで待つことになった。するとプファイファー所長はKKLで働くようになった経緯を語り始めた。
「エンジニアの団体アルストム(Alstom)で働いていたときに、この原発の運営に興味があるかどうか聞かれた。初めは原子力の世界に入るべきかどうか本当に分らなかった。若いころは反核運動もしていた。しかし(核に)関わるようになるにつれて徐々に引き付けられ、この仕事を引き受けることにした」
プファイファー所長は、私たちが浴びた放射能の量を測定する線量計の数字を見るように言った。私の被ばく量は4マイクロ・シーベルトで、これは大陸間の飛行で受ける宇宙放射量より少ないという。
私はもうすぐKKLから出られるといくぶん安心していた。しかし最後の、最も精度の高いという測定でひっかかってしまった。どうやら体全体が「汚染されていた」ようだ。線量計は防護服の下に来ていたKKLのTシャツからも微量の放射能を感知した。
すっかりシャワーで洗い流してやっと除去が終わった。線量計に反応したのが、汗だったのか、それともボディーローションだったのかは、知るすべもない。
放射線量は、放射線源の強さ、放射線源までの距離、放射線にさらされる時間の長さによって異なる。スイスでは自然界から0.3マイクロ・シーベルト時(μSv/h)以下の自然放射線が測定されている。最高値の0.5μSv/ hはグラウビュンデン州のピーツ・ギウフ(Piz Giuv)近辺で検出された。チューリヒからニューヨークまでの飛行中に受ける宇宙放射線量は25μSv/h。原子力発電所の作業員もまた最高25μSv/hの放射線量を受ける。KKLでは1日当たり最高1ミリシーベルト(mSv)の放射線量がある。
放射線の人体への影響は予測が困難だが、4シーベルト時(Sv/h )の被ばく者の半数と10Sv/hの被ばく者のほぼ全員が死に至る。チェルノブイリで核爆発が起きた際、制御室の放射線量は2分間で致死量の300Sv/ hに達した。今日その地点で人間が生存できるのは約10分間とされる。
(英語からの翻訳 笠原浩美)
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