スイス製のハイテク首輪があればオオカミなんて怖くない
もしヒツジを守るためにオオカミ除けのハイテク首輪の生産が開始されたら、アルプスに住むオオカミたちはすぐに逃げ出すだろう。
スイス人学生とオオカミの著名な専門家が協力して、オオカミを撃退する首輪の開発を始めた。その首輪は、ヒツジの心拍数をモニターし、オオカミに襲われたときには強力な攻撃力を発揮する。
ハイテク装置で撃退
「われわれのプロジェクトはまだ準備段階にあります。しかし2011年の3月には、ヒツジの心臓の働きが活発化することによってオオカミを撃退するシステムが作動する試作品の第1号ができあがるはずです」
とヴァレー/ヴァリス州のシオン ( Sion ) にある「ウエスタン・スイス応用科学大学 ( The University of Applied Sciences for Western Switzerland ) 」の工学部でインフォトロニクス ( コンピューター技術とアナログ/デジタル電子工学を組み合わせた学問 ) を学ぶ28歳の学生ファビアン・マッター氏は言う。
現在実験段階にある首輪の装置は、ヒツジの心拍数をモニターし、オオカミの襲撃によるストレスでヒツジの心拍数が大幅に増加したときに作動する。
オオカミの襲来を正確に察知する方法を詳しく検証する必要はまだあるが、マッタ―氏は、ヒツジの心拍数を測る電子的な手法をいくつか考えていると言う。
これは、ヒツジの心拍数が増加するにつれて光が強くなるライトを首輪に取り付け、その光の強度を測定する光学技術を利用する。実験の初期段階では、センサーを使って心臓の活動を電気的に測定する電子心拍記録法、超音波、マイクロフォンなどの使用を考えているとマッター氏は説明した。
心拍数が大幅に増えると、首輪が敵を脅かすシステムを作動する。ヒツジには聞こえないがオオカミには聞こえる高周波の超音波、眩しい閃光、熊よけのトウガラシ入りスプレーなどが首輪から放出される仕組みだ。
このような撃退方法はまだ厳密な検証を行う必要があるとマッター氏は語った。
両者を納得させるために
マッター氏がこの首輪を思いついたのは、今年の年初にスイスに生息する数少ないオオカミと州政府によるオオカミの銃殺許可についての議論をテレビで観たことからだと言う。
「わたしは環境保護派として、反オオカミ派とオオカミ保護派の両方を納得させる解決法を見つけたかったのです」
とマッター氏は語る。
スイスには多ければ約20頭のオオカミが生息し、今後その数は増える可能性があると考えられている。しかし国の保護政策を享受しているオオカミが家畜を周期的に襲っているため、山にはオオカミの増加を警戒する農家や住人もいる。
8月中旬にヴァレー/ヴァリス州のモンタナ・フェルナーアルプ地方 ( Montana-Varneralp ) で、家畜を何度も襲った疑いのあるオオカミが銃殺された。環境保護団体の「世界自然保護基金 ( WWF ) 」は、オオカミの問題をライフルで解決することはできない、家畜を守る方法を探る必要があると抗議した。
この論争の後、州政府で働く獣医がマッター氏をオオカミの専門家ジャン・マルク・ランドリィ氏に引き合わせた。ランドリィ氏は、マッター氏のアイデアに即座に引きつけられ、家畜を守る方法を共同で開発をすることに決めた。ランドリィ氏は、今後何ヵ月もの間、捕らえたオオカミを研究しながら撃退法を探り、オオカミに攻撃されたヒツジのストレスのレベルも調査する。
完全なトラウマ
マッター氏とランドリィ氏のチームは、オオカミにヒツジ、ヤギ、ウシなどの家畜から離れ、山に住む野生の動物だけに目を向けるよう教えたいと考えている。
「アメリカ人は、システムが作動するようオオカミが獲物に近付いたところで首輪を何回もテストしました。しかし、彼らはオオカミの学習過程については考えていませんでした」
とランドリィ氏は「ル・マタン紙 ( Le Matin ) 」に語った。
オオカミは人間のように不快な経験、例えば電気の通ったフェンスに触れるなどの経験を記憶することができるとランドリィ氏は説明する。
「この首輪との最初の出会いは、オオカミにとって完全なトラウマでなければなりません」
と「スイス・ウルフ・プロジェクト ( The Swiss Wolf Project ) 」で政府のアドバイザーを務めるランドリィ氏は説明した。
ランドリィ氏によると、アメリカのジョージア州での実験によって、オオカミは経験した恐怖を自分の子どもに教えるため、子孫代々にも情報が伝えられることになることが判明した。
また、山にいる伝統的な牧羊犬などの番犬にも面白い選択肢ができることになる。
「オオカミは番犬を恐れていません。ヴァレー/ヴァリスのような高い山にある小さな牧草地では、番犬や羊飼いをずっと雇い続けることは高くつきます」
マッター氏とランドリィ氏の試作品を検証する予定になっているヴァレー/ヴァリス州農業部の専門家クリスティン・カヴァレラ氏は、首輪は農家に補助的な保護手段を提供する可能性があるため、一見興味深い解決法に見えると言う。
しかし、番犬に対する首輪の影響や、オオカミの被害がほかの動物に振り向けられるようになるのではないかといった重要な問題がある。
ウシの首にも取り付けることのできる首輪の完成品は、1つ50~100フラン( 4300~8600円 ) の価格で2012年の秋から使用可能になると2人は語った。
19世紀に狩猟と人間の居住区の拡大が主な原因となり、スイスのオオカミは絶滅状態に追い込まれた。その後、国際的な合意の下、ヨーロッパでは「厳重な保護」を要する動物に指定された。オオカミは、約10年前からスイスへ隣国のイタリアから戻り始め、再定着している。
オオカミが主に捕食するのは、シカ ( 51% ) 、ヤギ ( 12% ) 、ヒツジ ( 12% ) 、アイベックス ( 野生のヤギ ) 、シャモア( シャモア属のカモシカ ) 、イノシシなど野生動物 (5%) 、ウシ ( 2.5%)。
オオカミは通常山の高地に生息している。ほかに食べるものがあり、牧羊犬が守っているときにヒツジを襲うことはない。オオカミが家畜を殺した場合、オオカミの保護政策の一環として農家は財政的な補助を受け取ることができる。
2001年にスイス政府による「オオカミプロジェクト」が開始された。その後、内容が見直され、4カ月間以内に少なくとも35頭のヒツジ、または1カ月間で25頭のヒツジを襲ったとされるオオカミに限り、銃殺が許可されている。
2000年から現在までの間に、州政府はオオカミの銃殺を12回許可し、7頭が射殺された。無許可でオオカミを銃殺すると、最長1年間の懲役と罰金が科せられる。
( 英語からの翻訳 笠原浩美 )
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