スイスの視点を10言語で

ソーラー・インパルス 世界初 太陽電池だけの夜間飛行に成功

ソーラー・インパルス、夜間飛行に成功 ! Keystone

「ソーラー・インパルス」のHB-SIA号が7月8日早朝、世界で初めて太陽電池だけを使い、1人のパイロットが操縦する夜間飛行に成功した。

革新的な技術を駆使したこの太陽電池飛行機の誕生には、主にスイスの企業や研究所を中心に約80の企業や研究所が協力し、設計、製作、シミュレーション、テスト飛行などを行ってきた。

夜間飛行に成功

 パイロットで「ソーラー・インパルス ( Solar Impulse ) 」の最高経営責任者 ( CEO ) のアンドレ・ボルシュベルク氏は疲れた顔をしながらも大喜びで7月8日午前7時前、ローザンヌ市の北にあるパイエルン飛行場に再び着陸した。
 
 夜間飛行は、ボルシュベルク氏と共同企画者のベルトラン・ピカール氏にとって現段階での最大の成果だ。また今後数週間以内には太陽発電だけの36時間のノンストップ飛行も予定している。

 こうしたテスト飛行を繰り返した後、最終的には2013年に20日間から25日間かけ、5段階で地球一周を目指す。

 ピカール氏は1999年に気球で世界を一周するという記録を持つが、今回の世界一周飛行は記録更新が目的ではないと言う。
 「これは、航空学的な冒険以上のものを意味している。再生可能エネルギーが、社会に貢献できることを示す技術的なデモンストレーションだ。また、今回使った技術を日常の車、暖房、コンピューターや冷房装置などに応用したいと考えている」
 と強調する。

 ピカール氏とボルシュベルク氏の「ほぼ不可能な、1億フラン ( 約82億円 ) の挑戦」を設計図の段階から飛行へと実現させたのは、100人の科学者、技術者に支えられたソーラー・インパルスの50人の技術スタッフだった。

 彼らの最大の課題は、太陽電池だけを使って昼も夜も飛行でき、今まで製作されたものより大きく、より軽いものを作り出すことだった。その結果、空に浮かぶという航空力学上の問題とソーラーパネル設置に最大の面積が必要だという、二つの条件の折り合いを図りながら、2006年に設計されたのが、翼長 63.4メートル、全長21.85メートル、総重量約1600キログラムのグライダーのような飛行機だった。

スイスの技術

 製作に当たり、ピカール氏はまずアメリカに赴き、航空機製作者や太陽電池の専門家を探した。しかし、最終的に出資や技術協力に参加したのは、大半がスイス企業、研究所だという結果になった。ピカール氏も
 「スイスのような国でこうした飛行機が製作できるということは、頼もしいことだ」
 と語る。

 飛行機の胴体の骨格、翼、操縦室は、ヨットのアリンギ号を制作したヴォー州の「デシジオン ( Decision SA ) 」社が連邦工科大学ローザンヌ校 ( ETHL/EPFL ) と協力して製作した。
 「重量には制限があった。しかしこれを達成する方法が初めのうち分からなかった」
 とデシジオンの社長ベルトラン・カルディ氏は当時を振り返る。結局、1平方メートルわずか93グラムの炭素繊維でできた2枚の板で気泡状のものをサンドイッチのように包んだパネルを使用することで重量を減らした。

 また、翼の上部の200平方メートルの面積に取り付けられた単結晶シリコン型ソーラーパネルを製作したのは、ヌーシャテル大学と協力したスイスの「サン・パワー ( Sun Power ) 」社だ。ソーラーパネルの進歩には目を見張るものがあるとピカール氏は言う。
 「2003年のものに比べれば、エネルギー効率は16%から22%に向上した。またパネル自体も半分の薄さになった」

 プロペラはドイツの航空力学専門の会社が製作したが、4基の「最も軽く、最も効率の良い」エンジンは、ヌーシャテル州モティエール ( Môtiers ) の「エーテル( Etel ) 」社製。同社が作るスクーターのエンジンを利用した。

緊張の続く操縦

 ところで、時速43キロから70キロという、ほとんど限界に近い低スピードの飛行は乱気流などに非常に影響を受けやすい。
「飛行機は絶えず細心の注意を払って操縦しなくてはならず、居眠りなどできない。すべて手動なので飛行機の反応は非常にゆっくりしている。従って、このゆっくりした反応を見越して前もって過度に操縦するやり方に慣れていなくてはならない」
 と、2人のパイロットを指導する元宇宙飛行士、クロード・ニコリエ氏は注意を促す。

 スイスの時計メーカー「オメガ」はバンク角度 ( 翼は水平状態から5度までは傾斜できるがそれ以上になると危険になる。この傾斜角度がバンク角度 ) と飛行機の方向を指し示す特別な機器を開発した。さらに連邦工科大学ローザンヌ校 と協力し、パイロットに異常な動きを音で知らせる警告装置と、睡眠のとれないパイロットがうとうとした場合に異常を伝え、目覚めさせるバイブレーションのついた上着を提供した。

 デザイン性は主に第2号機で活用される。また第2号機では、操縦室を、1人のパイロットが5日間のノンストップ飛行に耐えられるよう改造する。というのも世界一周飛行では、5カ所で5日間ごとにパイロットを交替させ飛行を続けるからだ。また航空力学的にもより優れたものを使い、飛行のパフォーマンスを高める必要がある。さらにギアを世界のどんな場所でも着陸できるように改造する必要がある。

 「技術的な進歩には目を見張るものがある。しかし、二つの座席でノンストップの世界一周を果たすには、技術の膨大な進歩が必要だ。そしてその可能性はまだ地平線上に見えていない」
 とピカール氏は括る。
 
サイモン・ブラッドレー
( 英語からの翻訳、里信邦子 )

パイロットは、57歳のアンドレ・ボルシュベルク氏。7日午前6時51分にローザンヌ市の北にあるパイエルン飛行場を飛び立った。25時間の飛行では、ジュラ山脈、ヌーシャテル湖上空を緩やかなスロープを描いて、時速約42.6キロで飛んだ。
日中は乱気流を避けるため3000メートル上空にとどまっていたが、夜間飛行を決断した時点で、太陽が陰る前に8500メートル上空まで上昇した。21時30分、強風のためルートを大きく離れ1時間ほど危険な状態に陥ったと、計画の中心者、ベルトラン・ピカール氏が発表した。
夜間にHB-SIAはゆっくり下降し、パイエルン飛行場の上空1500メートルを旋回し、いつでも着陸できる状態にあった。
スイス人宇宙飛行士で、この計画のアドバイザーとなっているクロード・ニコリエ氏は「予想以上の結果だ」と語った。太陽が昇った8日午前5時43分になっても、充電器には3時間飛行できるほどの電気が十分 残っていた。

ソーラー・インパルスの科学的技術的なアドバイザーである連邦工科大学ローザンヌ校 ( ETHL/EPFL ) は、2003年に飛行のための研究を開始。7年間で、70人の研究者が、計算、シミュレーション、テストなどを行った。
プロトタイプの第1号機「HB-SIA号」の製作は、2007年6月に開始した。2009年6月に完成し、12月3日チューリヒ州のデューベンドルフ ( Dübendorf ) 軍飛行場で簡単なテスト飛行を行った後、2010年4月からヴォー州のパイエルン ( Payerne ) 飛行場でテスト飛行を行っている。
HB-SIA号の翼長 は63.4m、全長 は 21.85m。総重量約1600kg ( 小型の自動車の重量に相当する ) 。
ソーラーパネルがHB-SIAの主翼に1万748枚、尾翼に880枚搭載され、これで最高出力10馬力の4基のエンジンを稼働させる。
日中、400kgのリチウム電池で充電し、その電気を夜間飛行に使用する。
飛行時の平均時速は70km/h。離陸時のスピードは35km/h。最高飛行高度は8500m。

人気の記事

世界の読者と意見交換

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部