ソーラー・インパルス、第二の人生は軍事関連プロジェクトへ
クリーンな次世代航空機として世界に発表された電動飛行機、ソーラー・インパルスが昨年、あるスタートアップ企業に売却された。その技術は特に、軍事分野で使われる偵察用ドローンの開発に利用されるという。スイス公共放送(RTS)の調査で明らかになった。
これまでのソーラー・インパルスの冒険とは違い、機体の売却は人目を引くこともなくひっそりと行われた。2019年9月11日付の短いプレスリリースで、2016年にベルトラン・ピカール氏とアンドレ・ボルシュベルク氏が前代未聞の世界一周飛行を成し遂げたソーラー機が売却されたという発表があっただけだった。
その中でピカール氏は、「ソーラー・インパルスはこの第二の人生で、クリーンテクノロジーが不可能を可能にし、持続可能な未来を構築できるということを示し続けるだろう」と喜びを語り、「世界で最も有名なこのソーラー機は、スカイドウェラー社と共に、より大きな利益を社会にもたらすだろう」とコメントしている。
しかし、RTSの調査によると、スペインと米国に拠点を置くスカイドウェラー・アエロ社は、将来的にソーラー・インパルスを軍事目的に使用しようとしている。機体は、連続飛行が可能な自律型の監視・通信ドローン開発の基礎になるという。簡潔な作りの同社ホームページ外部リンクには、そのような情報はほとんど記載されていない。
スカイドウェラーの主要株主であるイタリア防衛大手のレオナルド社(旧フィンメカニカ社)は、直近に行われたドバイ航空ショーで、ソーラー・インパルスをベースにした自律型航空機のコンセプトに言及した。「レーダー、電子光学、通信機器、音波探知・電話傍受システムの搭載」を可能にするプロジェクトだという。
スカイドウェラーの株式の約15%を保有するレオナルドは、このような将来的な発展を確信している。プロジェクトマネージャーの一人、ロロン・シスマン氏は、「市場規模は計り知れない。軍事用途だけでも、スカイドウェラーが何億も得られる市場の話だ」と言う。民間用途としては、「通信、自然災害の観測、地図作成のための中継システム」などの可能性を挙げた。
世界一周を果たした飛行機は今日、スペインのアルバセテ空港の目立たない場所で再び組み立てられている。税規制が非常に緩い米デラウェア州に親会社を持つスカイドウェラーは、機体はまもなく再び飛び立つ準備ができると発表しているが、いかなる取材申請も受け付けない。
かつてソーラー・インパルスを試験操縦したパイロットが引き抜かれ、機体を再び飛ばす任務を与えられている。しかし、スカイドウェラーの最終的な目的が、人間を自律型システムに置き換え、軽量化という利点を利用して監視・観測ツールを搭載することにあるのは明らかだ。
おすすめの記事
ソーラー・インパルス、成層圏を飛ぶドローン開発に参入か
「ソーラー・インパルスは決して武装されない」
プロジェクトのあからさまな軍事目的について問われたピカール氏は、ソーラー・インパルスの売却契約には機体を攻撃的な軍事ドローンへ改造することを禁じるセーフガード条項が含まれている、とRTSに断言した。「これは決して武装されることのない飛行機だ。それについては間違いなく明確にしたし、契約書にも記載されている」
RTSの情報によると、ソーラー機が翼の下にミサイルを搭載して上空を飛ぶ危険性はない。技術的に実現不可能なのだという。
スカイドウェラーの野心的な計画に詳しい技術者は、同社がソーラー・インパルスを取得したのは主に、同機を「テスト済みの技術を持った試験的プラットフォーム」として利用するためであり、また、過去に成し遂げた偉業が「ある種の宣伝」になるからだと説明する。「彼らが何かを開発したとしても、それはソーラー・インパルスという形ではなく、世界一周の冒険で得られたノウハウの一部を搭載することだろう」と明かす。
一つ確かなことは、RTSの調査でスカイドウェラーの経営陣と軍需産業のつながりが明らかになったことだ。ソーラー・インパルスが過去に築いたものが、軍事要素のあるものに変わる可能性があることを、ピカール氏とボルシュベルク氏が知らないはずはない。
おすすめの記事
ソーラー・インパルス2 ついに世界一周飛行達成
スカイドウェラーと武器産業のつながり
スカイドウェラーのディレクターは米国人のロバート・ミラー氏で、自らを「防空分野で数十年の経験を持つ」と紹介している。履歴書には防衛大手ノースロップ・グラマンからロッキード・マーティンの子会社に至るまで、米軍需企業の名が並び、常にドローン部門を担当していた。軍事技術者で元エアバス・グループ幹部のマーワン・ラフード氏も最近、同社に幹部として加わった。
スカイドウェラーとソーラー・インパルスの取引交渉に詳しい関係者によると、ミラー氏はオファーの堅実さをアピールするために、米国国防総省とコンタクトがあることを強調したという。スカイドウェラーの米国でのロビー活動は、防衛と諜報の問題に集中している。
このような、米国の国防への接近は同社のロビー活動に顕著に表れている。ソーラー・インパルス2の新しい所有者となった同社は、ドローンや監視をめぐる米国議会での議論に影響を与える目的で、あの名高い全米ライフル協会(NRA)の元ロビイストをワシントンで起用した。
そうした事実にもかかわらずピカール氏は、通信サービスや気象予報、航空写真への活用を挙げて、技術が商業的、産業的に応用されることを確信しているという。「偽善的にならないこと」が重要だとし、「現在使われている平和的なシステムの中には、もともと軍が開発したものも多い」と指摘した。
融資と公金の問題
再生可能エネルギーへの移行と人道的価値を推進するという、ソーラー・インパルスの本来の目的とは対照的な今回の売却は、財政的な問題も提起している。
ソーラー・インパルスの世界一周プロジェクトには、15年間で1億7000万フラン(約195億円)が費やされた。大部分はスポンサーや民間の後援者からの資金提供によるものだが、スイス政府からの直接・間接的な支援もあった。現在、売却代金はピカール氏とボルシュベルク氏が所有するソーラー・インパルス社だけが受け取っている。
両氏は、契約上の機密事項だとして今回の取引額を明らかにしていないが、ピカール氏は自身の利益を、「15年間の投資へのリターン」だと表現し、「ボルシュベルク氏と一緒に作った会社が、やっと何かを受け取ることができて安堵している」と話す。「15年間は、給料もなく、何も利益が出なかった」と言う。だがソーラー・インパルスから出た報酬はなかったとしても、ピカール氏はそのイメージを利用して、1回の講演料が3万フランにもなる講演会などを数多くこなしていた。
要するに、このテクノロジーの売却は2人の発案者には資金をもたらしたが、スポンサーや政府が受け取ったものは何もなかった。これは契約では規定されていなかったことだ。契約は基本的に、世界一周飛行を取り巻く宣伝から得られる利益に関するものだった。
直接、間接的な政府の支援
スイスの公的支援を取りまとめた、政府の広報文化外交機関「プレゼンス・スイス」のニコラ・ビドー代表によると、公的資金からは約600万フランが投入されたという。「その大部分は、デューベンドルフ(チューリヒ州)とパイエルヌ(ヴォー州)の航空機格納庫を提供したことによるもの。また、再生可能エネルギーの推進ということで連邦エネルギー局からも助成金が出され、プレゼンス・スイスはプロジェクト・パートナーとして直接125万フランを投資した」
ビドー氏はまた、スイス連邦工科大学の参加や、その技術者たちの協力も考慮されるべきだと指摘する。これにより、スイスの公的支援の割合はさらに高くなると主張する。
ではスイスはどのような利益を得たのか?ビドー氏は、それは金銭的な利益ではないが、同じくらい重要なものだと言う。「ソーラー・インパルスのノウハウは、スペインに旅立ってしまった機体の中にあるのではなく、技術者の作業場や工科大学、専門学校にある。これは過小評価されるべきことではない」。そして、「今の飛行機の運命は残念なものだが、(…)スイスはソーラー・インパルスから最大限のことを引き出すことができた」と話す。
国外売却は「完全な失敗」
だがこのような意見が誰にでも共有されているわけではない。元国会議員のファティ・デルダー氏(急進民主党)は、ソーラー・インパルスの売却を政府の「完全な失敗」と評してはばからない。「ソーラー・インパルスの驚くべき技術を皆に知ってもらおうと、何年も前から尽力してきた」と言う。デルダー氏は、ソーラー・インパルスのノウハウがスイス領土に留まることを望んでいた。
「今では外国、どう見てもアメリカの手に渡ってしまった。行先がどこであったとしても、私たちの国にとって悲劇的なことに変わりはない」と嘆くデルダー氏は、ピカール氏とボルシュベルク氏を非難してはいない。「プロモーターが政府に話を持ち掛けても、丁寧に、あるいはいささか屈辱的に拒否されたりすれば、民間企業が国外に目を向けたとしても不思議ではない」
軍用と民間の双方に応用される技術プロジェクトの中で、ソーラー・インパルスの第二の人生はまだ始まったばかりだ。今後具体的になっていくが、スカイドウェラーは大きな展望を持っているようだ。経営陣は、スペインと米国でエンジニアを中心に120人を新規採用すると発表した。いったん研究が終了すれば、ソーラー・インパルスは祖国スイスに戻り、博物館に展示されて引退することになるだろう。
▼2016年4月に配信されたソーラーインパルスのプロモーション映像
(仏語からの翻訳・由比かおり)
JTI基準に準拠
この記事にコメントする