ソーラー・インパルス、成層圏を飛ぶドローン開発に参入か
太陽光エネルギーだけで初の世界一周に挑戦している、スイスの電動飛行機「ソーラー・インパルス」プロジェクト。成功したら、次は何を目指すのか。プロジェクトチームは、太陽電池で動くドローン(小型無人飛行機)開発を視野に入れる。太陽電池ドローンは人工衛星に変わる技術と期待され、米IT大手のフェイスブックやグーグルも同分野に参入している。
ソーラー・インパルス2外部リンク(Si2)の操縦士アンドレ・ボルシュベルクさん(63)は昨年11月のブログ外部リンクで、「太陽電池飛行機の次は、太陽電池ドローンか」と今後の計画に言及。「高高度を無人で、何カ月も飛べる飛行機を想像してほしい。最たるものがドローンだ。人工衛星の代わりに空からの偵察、通信サービスを提供できる」という。
あながち雲をつかむ話でもない。ソーラー・インパルス2の技術者らによるチームは、太陽電池ドローン、または人工衛星と似た働きをする高高度擬似衛星(HAPS)の開発が実現可能か、調査に乗り出している。
ボルシュベルクさんはスイスインフォの取材に「ほぼプレデザインの段階まできている。まもなく工業プロジェクトに移る」と述べた。
ボルシュベルクさんが思い描くのは、幅30〜50メートル、重さわずか50キロの、ソーラー・インパルス2(同72メートル、250〜300キロ)より小型、軽量で、高性能の無人飛行機。地上で操縦する。民間機の航路や嵐よりも上空となる高度約2万メートルの成層圏を、最長6カ月間連続飛行できる。飛行を終えたドローンを再び空に飛ばす際には、装備の入れ替え、アップグレードが可能だ。
「先に小さなモデルを作ってスケールアップするより、大きなものから小型、軽量化していくほうがずっと簡単だ」とボルシュベルクさんは実現性に自信をのぞかせる。
ただ、機体と翼は設計の改善が求められる。成層圏には、機体を上昇させるための空気はわずかだ。さらに飛行を続けるには、より多くのエネルギーやパワーが必要だ。
地球をモニタリング
ボルシュベルクさんがドローン開発の先に見据えるのは、地球環境のモニタリングだ。もともと「ソーラー・インパルス」の目的が再生可能エネルギーの啓発であり、ボルシュベルクさんとプロジェクトの発案者でもう一人の操縦士、ベルトラン・ピカールさんは同様のメッセージを発信するため、昨年末、パリで開かれた国連気候変動枠組み条約第21回条約国会議(COP21)に出席している。
「空から地球を観察する需要は高まっている。気候は常に変化し、そのパターンは毎年違う。それを的確にとらえ、迅速に対応できる技術はきわめて重要だ。上空から観察することで、土地の使用方法や農業の質を改善でき、海や森への知識も深まる」(ボルシュベルクさん)
いまは人工衛星がその役割を担うが、衛星は軌道が固定され、飛んでいる高度も高すぎるため観察には向かないという。
ドローンの開発について、「今年中は無理だが、3~5年以内に飛行を実現できる」とボルシュベルクさんは見込む。
ドローンのネットワーク
この新しい分野に注目しているのは、ソーラー・インパルスだけではない。2015年夏、フェイスブック外部リンクは、世界の通信インフラが未整備の地域で、空からインターネット接続サービスを提供する太陽電池ドローン「アクィラ(Aquila)」1号機のテスト飛行を同年末に実施すると発表した。記事の執筆時点では、テストが行われたとの確認はできていない。
フェイスブックの技術者らによれば、同機はブーメラン型のドローンで、幅40メートル、重さ約450キロ。高高度を最長3カ月間連続飛行するドローンの集団を作り、インターネットの信号をレーザーで発信。ドローンの相互ネットワークを経由して地上に伝送する計画という。
グーグルはドローンや衛星だけではなく、気球外部リンクで同様の実験をしている。同社は、高高度を飛行する太陽電池ドローンの開発に向け、14年に米無人機ベンチャーのタイタン・エアロスペース外部リンクを買収。だが15年5月、ニューメキシコ州の実験施設で、無人飛行機「ソララ(Solara)50」試作機のテスト飛行に失敗した。
米軍とエアバス・ディフェンス&スペースは長年にわたり、代替エネルギーによる無人の高高度監視システム整備に力を入れてきた。エアバスはソーラー・インパルスと似た技術の太陽電池ドローン「ゼファーZ8外部リンク」を開発中。幅23メートル、重さ53キロで、高度2万1千メートルを最長3カ月間飛行できる。
ボルシュベルクさんはドローン開発について、スポンサーでもあるフェイスブック、グーグルと過去に協議していたと明かす。「よく知った仲だ。一緒に働けるならそうする。だが、『スイス発』を世界に発信する好機でもある。スイスは技術やアイデア、高品質のシステムを作り出すことに長けた国だ。可能性は十分にある」
真の潜在能力
スイスのイノベーション技術に詳しい急進民主党(中道右派)のファティ・デルデー議員は、スイスが同分野を先導できるとみる。
問題は法規制だ。デルデー氏は連邦運輸省民間航空局などに対し、民間の空域をドローン開発ビジネスに開放するための法整備を求める国会質問を提出したばかりだ。
デルデー氏は、国内にはソーラー・インパルスの先を行く同種の事業が多く存在するにもかかわらず、メディアの取材が、世界的に名の知れたソーラー・インパルスに集中し、注目されにくいと指摘する。
その一つが、スイス人冒険家ラファエル・ドンジャンさんによる「ソーラー・ストラトス外部リンク」。ドンジャンさんは2010〜12年、ソーラーボートで世界一周に成功。現在、投資家、ヌーシャテル州、ヴォー州、ヌーシャテルの研究開発企業CSEM社と、成層圏を飛ぶ小型の太陽電池飛行機の開発を目指している。
ドンジャンさんらはまた、成層圏を飛ぶドローンのネットワークを作り、スイス国内に通信サービスを提供する構想も練る。16年に初のテスト飛行を実施するという。
連邦工科大学ローザンヌ校を拠点とするスタートアップ企業「オープンストラトスフィア」は、「信用性の高い、地域衛星のようなサービス」を提供するドローン群の開発を目指している。
「将来は、それぞれの国が、領空内に独自の成層圏ドローンシステムを形成し、運営などは国の管理下に置かれるだろう。フェイスブックやグーグルの独壇場になることを、国が許すとは思えない」と、創設者のサイモン・ジョンソン外部リンク氏は分析する。
バッテリーの改良、飛行などをめぐる国の認可の遅れが足かせになっているが、同氏は「HAPSは、いずれ人工衛星に代わる技術になる。テレビがラジオを席巻したように」と断言している。
HAPS(High-altitude pseudo-satellites)
太陽電池ドローンなどに代表される高高度擬似衛星。人工衛星より低い高度を飛ぶが、人工衛星と同じ仕事ができる。発射にかかるコストが安く、安全性が高いのが利点だ。人工衛星の製造、発射コストは数千万ドル(数十億円)に上る。
ソーラーパネル、バッテリー、プロペラエンジンを搭載した軽量の機体で、高度約21キロメートルまで上昇できる。天候に左右されない高度を飛ぶが、一番低い場所を飛ぶ人工衛星(同200キロメートル)に比べても高度はかなり低い。
日中はソーラーパネルの電力で2つの小さな電気モーターを回す。夜間は高度約15キロまで少しずつ下降し、消費電力をセーブする。このため何カ月間も飛行できる。
エアバスの無人飛行機「ゼファー7」は2010年7月、14日間の連続飛行に成功し、世界記録を達成した。
ソーラー・インパルス2の世界一周
ソーラー・インパルス2は昨年3月9日、アラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビを出発しオマーン、ミャンマー、中国を経由。強風で翼が損傷し、愛知県営名古屋空港に緊急着陸し約1カ月間待機した。7月上旬、名古屋〜米ハワイ間を飛行中、過度の断熱によりバッテリーがオーバーヒートしたため、ハワイに着陸後、飛行を一時中断していた。
これまでの総飛行距離は8200キロ。連続飛行時間は118時間に上り、単独の無着陸飛行では世界最長。
ボルシュベルクさんは12月22日付のフランス語圏の日刊紙ヴァントキャトラーで、今年4月20日に、ハワイから挑戦を再開すると公表。4月を選んだのは太陽光の取り込みに必要な日照時間が長いためという。バッテリーの交換、装備の改良も済んでいるという。
今後はカナダ・バンクーバー、米サンフランシスコ、ロサンゼルス、フェニックスのいずれかを経由してニューヨークに降りる予定。その後の航程は英国、フランス、スペイン、モロッコが候補に挙がっている。
ソーラー・インパルス2の翼は大型旅客機ボーイング747を上回る。1万7千枚のソーラーパネルを搭載し、重さは乗用車並み。夜間は蓄電エネルギーで飛ぶ。高度は約9千メートル、平均時速45キロ。
(英語からの翻訳・宇田薫 編集・スイスインフォ)
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