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未来のロボット開発、スイスはアイデアの宝庫

ロボットは教師の代わりになるか?

ロボットと子供
日本のロボット「ペッパー(Pepper)」をベースにした「レクシー(Lexi)」。ペッパーは学習ロボットとして活躍する他にも、ホテルや店舗で利用されている © Keystone / Urs Flueeler

新型コロナウイルス感染症の世界的大流行は、教育現場にも影響を与えた。遠隔授業や対面授業で「ロボットに授業を任せてはどうか」という声が挙がっている。専門家は多くの可能性を認めると同時に、ロボットが人間らしくなりすぎることへの危険性を指摘する。

「皆さんこんにちは。レクシーです」。スイス東部にあるザンクト・ガレン大学では、人型ロボットがそう言って学生たちを出迎える。学生たちの関心は大きく、講堂は満席だ。

ザンクト・ガレン大学のザビーネ・ゾイファート教授外部リンク(教育イノベーション経営学)は2019年、大学の講義で初めて試験的にロボットを使用した。人工知能を搭載した「レクシー(Lexi)」は、すでに簡単な補助作業を行う訓練を受けていた。同大学では現在、レクシーを他にどのような分野で活用できるか、研究を進めている。

一方、「テュミオ(Thymio)」は、小さな車のような外見だが、同じような学習能力を持つ。スイスでは子供たちがこのミニロボットを使って簡単なプログラミングを学ぶ。テュミオはコマンドに応じて紙に絵を描くなど、子供でも成果がすぐ見て分かるのが特徴だ。

レクシーやテュミオ等のロボットは、現在スイスの学校や大学で進むデジタルトランスフォーメーション(デジタル技術による社会変革)の最先端を行く。新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的流行)の影響で、スイス各地で多くの学校が遠隔授業を導入した。それが技術変革に更に拍車をかけた。

だが、こういった教育・学習補助には何ができるのか?教育ロボットは、社会のデジタル技術をめぐる溝を埋め、機会均等を実現できるだろうか?教育機関の受け入れ態勢は?

スイスではこの種のシステムの開発は比較的進んでいる。スイス国立科学財団(SNF/FNS)外部リンクが支援する国家主要研究(NFS/PRN)のロボット工学部門外部リンクで教育用ロボットグループの共同リーダーを務めフランチェスコ・モンダダ氏は、「我々は幾つかの国際スタンダードを構築することに成功した」と言う。

但し実用面では、スイスは他国に遅れを取る。ゾイファート氏は、授業でロボットを効果的に活用できるようになるまで、あと10~15年は掛かると言う。

遠隔授業には、むしろ銀行や保険会社のホームページでよく見かけるチャットボット(自動的に会話を行うプログラム)をうまく利用できると同氏は考える。オンライン授業ではロボットが物理的に存在する必要がないからだ。こういったプログラムは、生徒とのやり取りや学習指導を補える。

特に言語学習には反復練習が欠かせないため、チャットボットを指導員として利用するのは有意義だと言う。「今時の教師は1クラスに20~25人の生徒を抱え、この種の学習指導を個々に行っている余裕が全くない」

まだ準備ができていない学校が多い

「ロボットは従来の学校教育の型を打ち破り、新たな関心を呼び起こす可能性を秘めている。教室に新しいダイナミズムをもたらすだろう」と前出のモンダダ氏は言う。同氏は連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の教授も務め、同校の学習科学教育センター(LEARN)外部リンクを率いる。

しかし実践分野において、他国は既にずっと先を行く。例えばフランスではもう何年も前から、プログラミングの対象としてロボットを取り入れた教科書が何冊もある。また、情報科学(IT)は必修科目だ。だが授業用のロボットを購入する余裕がない学校もある。「スイスでもようやく一部のカリキュラムでロボットが導入され始めたが、大半はまだだ」

また、Wi-Fiの通信容量が少なすぎたり、教師がパソコンを所有していなかったりと、多くの学校はまだロボットを使うインフラが整っていないという。「例え人型ロボットを導入しても、学校には技術者が1人もいない場合もある」とモンダダ氏はため息をつく。

スイスがデジタルイノベーションの拠点になるよう推進するイニシアチブ「デジタル・スイス戦略外部リンク」も、「確かに学校の学習ロボット導入という点では大きく前進したが、まだ力を出し切れていない部分もある」と認める。

スイスをデジタル改革の拠点として強化することを推進する全国的な業種横断的イニシアチブ「デジタル・スイス戦略」は、「現在の課題は、デジタル化の溝が拡大している点だ。これは適切で十分な技術が整っていない家庭もあることが原因だ」と言う。

スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表する「世界デジタル競争力ランキング」で、昨年スイスは前年より順位を1つ下げ6位になった。教育と訓練を含む「知識」の分野では3位。

デジタル・スイス戦略は2018年、デジタル分野での競争力促進に向け「計算思考イニシアチブ」を立ち上げた。スイスの学校のデジタル化に必要なスキルの促進を目的とする。ロボット「テュミオ(Thymio)」もその一環。

ロボット「ナオ」と子供
ロボット「ナオ」は、病気の子供たちも授業に参加できるようサポートする Keystone / Laurent Gillieron

スイスが最先端を行く応用分野の例として、ゾイファート氏は小型ロボット「ナオ(Nao)」を挙げる。ナオは病気の子供たちの代わりに学校に行き、クラスとのやりとりをサポートするために数年前から活用されている。教育用ロボットが非常に大きな付加価値を持つことを示す成功例だと同氏は言う。

ただ遊ぶだけではなく、理解することが重要

単にロボットと遊ぶだけに終わらせないことが最大の課題だとモンダダ氏は言う。「何故ロボットを使うのかというコンセプトを理解する代わりに、単に学生がロボットで遊んでいるだけのプロジェクトが多い」。教える側がロボットを使う様々な意義を理解して初めて、ロボットを効率的に使えるようになるという。

スイスのロボット「テュミオ(Thymio)」
スイスのロボット「テュミオ(Thymio)」で、ロボット工学は誰にでも身近な存在になる Keystone / Jean-christophe Bott

モンダダ氏がミニロボット「テュミオ外部リンク」を開発したのはそのためだ。この教育用ロボットはプログラミングが非常に簡単で、ロボット工学入門には最適だ。特にスキルを求められるのは、教師だという。「このツールがどんな可能性を持つのか、どんな面白い使い方ができるのか、またどうやったらこのツールを使って子供たちに本当の意味で学習させることができるのか。それを教師に理解してもらうのが一番の課題だ」

科学と学校の間には、まだかなり大きな隔たりがあるのは周知の問題だとモンダダ氏は言う。そのため同氏の率いる学習科学センターでは、理論だけでなく実践もカバーしたいと考えている。「この溝を埋めるのが我々の目標だ」

感情を表すが、人間ではない

専門家は、特に子供たちと人型ロボットとの感情的な結びつきが強くなり過ぎることに危険性を感じるという。モンダダ氏は、米軍の兵士らが自分や他人の命を犠牲にしてまでもロボットを救う心づもりがあったという例を挙げる。またゾイファート氏は、日本では既にロボットと結婚する人まで出てきたと指摘する。

そのため、ロボットがどう機能するのかを知り、ロボットとどう付き合っていくべきかというスキルをもっと向上させるべきだと同氏は提唱する。「たとえ感情を見せることがあっても、ロボットは人間ではない」。この点を考慮してロボットを有意義に使う方が、「絆が強くなりすぎる危険性がある」という理由だけでこの開発から目を背けるよりも、ずっと大きな付加価値があると思われる。

ロボットのイラスト

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教育用ロボットのメガトレンドは明らかに人工知能(AI)の方向に向かっているという点で、2人の意見は一致している。そしてロボットはAIに「顔」を与える。連邦工科大学ローザンヌ校では、単に学生が学習能力のあるロボットを学習補助として使うだけではなく、自分でロボットに学習させるという興味深いアプローチのプロジェクト外部リンクを行っている。

この旅は一体どこへ向かっているのだろう?ロボットがいつか教師の代わりになることは、少なくとも欧州では考えられないとゾイファート氏は言う。「創造性と熱意こそ、我々教師の仕事だ。これは決して機械に真似できることではない」。その反面、反復練習は気兼ねなくロボットに任せられそうだ。

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