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アリ、人間によく似た存在 農業もできる

アリは、地球上に7千万年前から存在している AFP

アリと人間。似ても似つかぬ存在だが、実は両者には共通点が多い。7千万年も前から地球上に存在するこの小さな昆虫は、農業も行えば仕事の分業も行い、我々人間社会のあり方を先取りしていた。アリを専門に研究するローザンヌ大学のローラン・ケラー教授に話を聞いた。教授は、「スイスのノーベル賞」と言われるマルセル・ベノイスト賞を今年受賞している。

 今度アリを目にしたら、さっと指でつぶさずに少し観察してみよう。アリの行動やアリ同士の関係から、人間の有様が見えてくるかもしれない。「人間とアリは、よく似た社会的行動を取る」とローザンヌ大学・環境進化学研究所で所長を務めるローラン・ケラー教授は言う。

 ケラー教授の言うことなら信じてよい。彼は30年にわたって自然の中や実験室でアリを観察し続けてきた専門家なのだ。若い頃は霊長類の研究に進むつもりだったが、 ある日、アリに関する講義を聴いたのがきっかけで、進路を変更することになった。「アリの持つ高度な社会性を知って、夢中になった」そうだ。取材のため、ローザンヌ大学内のケラー教授の研究室を訪れた。

 ケラー教授は、アリの研究では世界で最も有名な研究者の一人だ。一流の専門誌に論文を寄稿している。30年ものあいだ研究を続けてきたのは、ある疑問を解決するためだったという。その疑問とは、「あれほど体が小さく、脳の作りもシンプルな昆虫が、なぜサハラ砂漠から極寒の地に至るまで、 あらゆる環境に適応したコロニー(繁殖のための群れ)を営んでこられたか?」というものだ。

7千万年

 アリは、これまでに1万2千種が確認されている。動物の中では最も環境に貢献するといわれており、土壌の品質向上やタネの拡散、寄生生物や死骸の除去などで役に立っている。「アリのいない地球は考えられない。アリを総計した全重量は、地球上の全生物の重量のなんと約1割を占めており、この数字に太刀打ちできるのは人類くらいのものだ」とケラー教授は言う。

 そんなアリ社会の成功の鍵を握るのは、チームワークだ。「アリは、地中や木の中に複雑な巣を作り上げ、周囲の環境を自分たちが暮らしやすいように調整してしまう。また、分業体制のおかげで集団としての生産性も高い。その上、仲間同士のトラブルを防いだり、集団内で寄生生物が広がるのを防いだりするためのガイドラインもある。警察官のような仕事をするアリまでいて、組織を乱す自分勝手なアリの排除を行っている」(ケラー教授)

 これらは人間にも見られる行動だ。「人間も、 自然や猛獣の脅威から自分たちを守るために都市を築いた。分業によって専門化が進み、それが人類全体の生産性を高めることにつながった」

 このように、類似点の多い人間とアリ。だが驚くべきことに、人類の最も重要な発明のいくつかを、アリの社会はすでに7千万年も前に行っていた。

2015年のマルセル・ベノイスト賞に輝くローラン・ケラー教授 Laurent Keller

アリの「牧場」

 例えば、一つのアリのコロニーには最大で500万匹が暮らしているが、「コロニーへ食料を供給するために農業や酪農も行っている」とケラー教授は説明する。 アリの中には、酵素を使って菌類を栽培し、木から木へと移動するアブラムシを「放牧」するものもいる。アリは、アブラムシの分泌する「甘露」と呼ばれるアミノ酸を豊富に含んだ甘い蜜を養分としており、必要とあればアブラムシそのものも食料にしてしまう。「これは人間と牛の関係とまったく同じだ。人間も牛の乳を飲み、その肉を食べるのだから」(ケラー教授)

 アリのコミュニケーションの方法や、食料確保のために「今日はいつもの行動とは違う行動を取ってみよう」といったやり方は、人間にも応用できると教授は言う 。「アリの生態にヒントを得たコンピュータープログラムがいくつかある。例えば、訪問セールスなどの分野で利用されているものだ。これを使えば、多目的地を最も効率よく回るルートをはじき出すことができる」とケラー氏は説明する。

 進化生物学を研究するケラー教授は、この小さな生き物が非常に長生きだという点にも興味を持っている。種によっては30年も生きるアリがいるのだ。「これは昆虫全体の平均寿命の、実に百倍に当たる数字だ」と教授は強調する。

 アリの女王は特に長生きだが、それは働きアリたちに守られ、外敵からの攻撃の危険にさらされないからだ。 保護された生活を送っていると、傷ついたDNAを修正するメカニズムを発展でき、老化のスピードが遅くなる。ケラー教授は、これを「人間の老化のプロセスを理解するために役立つモデルケース」と考える。

 今年54才になる教授からは、豊かな想像力の持ち主であると同時に少々エキセントリックな学者といった印象も受ける。それは蛍光グリーンのシャツという、目立つ服装のせいだけではないようだ。彼の願いは、アリの研究を通じて生物学という学問の垣根を取り払い他の分野と協力することだという。

 そのために、連邦工科大学ローザンヌ校と共同で、アリの行動をモデルとして作られた小型ロボットの行動を研究した。その結果、「自然淘汰(とうた)の法則は、ロボットにも当てはまる。コンピューターも共同で作業するほうが、一台一台が独立して作動するよりずっと効率的だ」ということがわかった。

アリ版フェイスブック

 ケラー教授は、 アカヒアリ(赤火アリ、学名Solenopsis invicta)の遺伝子の解読に初めて成功した研究者でもある。そしてこのアリの行動にも興味を持っている。「我々は、このアリの社会性を決定する染色体を発見した。その結果、あるコロニーにはたった1匹の女王アリしかいないのに、他のコロニーには数匹いる理由が解明された。この発見は、米国やオーストラリア、中国などで大規模なコロニーを作って農業に大きな損害を与えているアカヒアリの対策に役立つ可能性がある」と教授は言う。

 ケラー教授は、「長寿」の研究の他に「コロニーの分業体制」にも興味を寄せる。コロニー内におけるアリ同士の関わりを調べるため、41日間連続でスキャナーを作動させていたこともある。アリたちが、いつ、どうやって、どの仲間と何をするのかを記録したもので、「いわばアリのフェイスブックだ」と教授は説明する。

 この研究結果は2013年にサイエンス誌に発表されたが、それによると、「アリが成長の段階に合わせてコロニー内で『転職』することが初めてわかった」。「いちばん若いアリは、女王アリが産んだ卵の世話をし、最も年寄りのアリは巣の掃除と食料の確保を受け持つ」という事実が証明されたのだ。次に解明すべきは、このプロセスが、なぜ、どのように進められるのかという点である。

 「生物が社会の中で進化・発展していく過程を知るために、アリは理想的なモデルを提供してくれる」と確信する教授は次のように言う。「反啓蒙(けいもう)主義の罠(わな)に再び陥らないためにも、社会の中での生物の進化・発展を細部にまで理解する必要がある。それは人間における進化であり、アリにおけるの進化の両方でなくてはならない」

ローラン・ケラー(Laurent Keller)教授略歴

1961年アールガウ州に生まれる。生物学者。

1989年、ローザンヌ大学で生物学の学位を取得。進化生物学と自然淘汰(とうた)の専門家に。主要研究分野は、生物、特にアリの社会的組織作りの分析。

1996年、ローザンヌ大学環境学研究所の教授に就任。

1998年、同研究所の所長。国内外で多くの学会に所属し、複数の専門誌の共同発行を行う。

1990年、ローザンヌ大学が最優秀博士論文に贈るブルナー賞を受賞。

2000年、40才以下で特に功績のあった研究者を対象としたスイス・ラトシス賞の栄誉に輝く。

2010年、欧州評議会から研究賞を受賞。

2015年、マルセル・ベノイスト賞を受ける。

 

なお、マルセル・ベノイスト賞は1920年に作られた。スイス人研究者を対象とした賞としては最も歴史が古く、受賞者がのちにノーベル賞を受賞する例もあることから、「スイスのノーベル賞」の別名がある。

(独語からの翻訳・フュレマン直美 編集・スイスインフォ)

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