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低線量被曝の正しい情報を早くキャッチし行動に

0.12マイクロシーベルトを表示するガイガー計の傍で2012年2月17日、体育をする南相馬の小学校の生徒。この値では年間1ミリシーベルトで問題がないとされる。しかし隠れたホットスポットが見つかったり、除染後再び値が上がる場所が郡山市では多く報告されている Keystone

3・11から1年2カ月たった5月12日と13日、ジュネーブで低線量被曝被害を専門にする科学者と市民及び市民団体が集まり、「放射線防護に関する市民と科学者のフォーラム、チェルノブイリからフクシマへ」が開催された。ロシア、ベラルーシなどの科学者によるチェルノブイリ事故が引き起こした深刻な被害の報告に、日本から出席した松井英之医師は「改めて、低線量にさらされている福島の子どもたちの移住を早急に進めなければならないと確信した」と語った。

また、低線量被曝による発病や病気の症状などを統計的に調査する「疫学」を行政が行わない以上、民間でやっていくしかないとも話した。結局、ベラルーシなどでも、こうした形での調査の一つ一つが大切なデータとして役立ったからだ。

 今回フォーラムを開催したのは世界保健機構(WHO)の独立性を求めるNGO「インディペンデントWHO(Independent WHO」。「WHOは低線量被曝に関し、世界に正しい情報を与える任務を放棄している」と非難する団体だ。

 チェルノブイリ事故が原因での世界の死亡者数を50人と発表したWHOだが、ロシアの学者によればそれは約100万人に上る。この数値の極端な開きの理由の一つは、WHOは原発推進を任務の一つとするIAEA(国際原子力機関)と1959年に協定を結んでおり、IAEAの承認抜きには、被曝に関する情報提供も調査も支援もできない構造になっているからだ。現在、WHOには放射線防護に関するセクションさえ存在しない。

 一方、WHOが任務を果たさない中、日本も含め各国政府が放射線被曝の基準にしたのが、国際放射線防護委員会(ICRP)が出す数値だ。しかし、この委員会は、基本的に内部被曝と外部被曝を分けて考えておらず、内部被曝を過少評価しているとされる。

 こうした「低線量被曝被害の真実」が隠されている状況で、「インディペンデントWHO」は、WHOの糾弾に力を注ぐ代わりに、独立した立場で研究を行う科学者を集め今回のようなフォーラムを開くことで真実を打ち立て、同時に市民と専門家のネットワーク構築を図ろうとしている。

疾患や異常は多岐にわたる

 上記の死亡者100万人の数は、「1987年から2004年にかけ、チェルノブイリ事故による(ドイツ、スウェーデンなどの汚染された国を含む)世界の死亡者数は約100万人」と発表したロシア科学アカデミーのアドバイザー、アレクセイ・ヤブロコフ(Alexey Yablokov)氏の研究に由来する。

 ヤブロコフ氏は近く日本語に翻訳される『チェルノブイリ大惨事-人と環境に与える影響』の共同執筆者だ。彼自身の研究は約2万件のデータから5000件を選び分析したものだ。

 その要点としてヤブロコフ氏は、チェルノブイリの影響は単にガンの増加だけではなく以下のような疾患や異常を引き起こすとフォーラムで強調した。それは、心臓など血液循環系疾患や泌尿生殖器疾患、内分泌腺疾患及び代謝疾患、免疫力低下、精神・神経疾患、白内障などの眼科系疾患、新生児の先天的異常、老化現象(全体に20歳位老化が進んだようになる)、突然変異の増加、新生児の性の比率の変化など多岐にわたる。

 ヤブロコフ氏が紹介した新生児の先天的異常の写真などもショッキングだが、チェルノブイリ事故に汚染されたスウェーデンやスイスの公の新生児死亡率が、事故から2年後の1988~1990年に両国とも増加している事実は、科学的な真実として見逃せないものだ。

福島市や郡山市に子どもを住まわせるは犯罪

 発表者の1人で低線量被曝の健康被害を専門にするイギリスの物理学者クリストファー・バズビー(Christopher Busby)氏は、スウェーデンでセシウム137の蓄積とがんに関する10年間の研究により「1平方メートル中の地上1メートルでの放射線量が100キロベクレル(0.33マイクロシーベルト/h)の地域では、がん発症率が11%増加する」という結果を提示した。

 この結果から推計すると、日本では今後「福島第1原発から半径200キロメートルの地域に住む約1000万人の住民において、10年後にガン患者が20万人増え、50年後に40万人増える計算になる」と話す。

 日本でも講演を行ったバズビー氏。「東京と会津若松市では講演したが、線量の高い福島市と郡山市には危険なので行かなかった」とはっきり言う。「チェルノブイリの線量の高かった地域で測定を行っていた同僚は、脳腫瘍や肺がんでみんな亡くなった。自分はそうなりたくない。これはまじめな話だ」と続ける。しかしバズビー氏が避けた都市には、現在も多くの子どもたちが住んでいる。「だからこそ、こうした地域に子どもを住まわせるのは犯罪だと言いたい」

疫学

 「犯罪が行われている」といわれる都市では、医療関係者も「住まわせ続ける罪」に加担しているように思える。フォーラムで発表を行った「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」の地脇美和さんによれば、「風邪をひきやすく免疫力が下がったのは放射能のせいではと思うお母さんが、小児科医を訪ねると院内の張り紙に『放射能に関する質問はしないように』と書かれている。看護師も診察室に入る前に寄って来て放射能については話さないでとくぎを刺す」

 それは「年間線量が100ミリシーベルト以下では健康被害はないとする福島県立医大の山下俊一教授を頂点にした指揮下で、放射能によるさまざまな症状は存在してはならないことだからだ」

 だが、「こうした行政が硬直化した中で、しなやかに戦う一つの方法は、まさに個人または市民団体などが独自に症状や体の変化などを調査する疫学の方法を身に付けることだ」と前出のバズビー氏は提案する。「質問の仕方などのノウ・ハウは英文ですでにある。訳してそのまま使ったらいい」

集団移住

 こうした疫学を実践しながら、一方で福島県西部ないしは県外への集団移住の必要性(特に子どもを持つ家族の移住)は、日本から参加した市民団体にとって明白な課題になりつつある。「周辺に雑木林などが多い都市での除染はほとんど効果がないと分かってきている。郡山市、福島市、白河市などの子どもはいつか集団移住させたいと思い努力を続けてきたが、今回の、これほどまでに子どもが病むという科学的情報に、疲れている暇はない。急ピッチに進めなくてはと思った」と地脇さんは言う。

 地脇さんは、まずたとえ10日間でも県外疎開を経験してもらい、受け入れ先の土地との関係ができることで、徐々に自主避難を行えるように援助する活動を今まで続けてきた。だが急ピッチに集団移住を進めるには、行政が動かない中でどうすればいいのだろうか?

 開催者の1人アリソン・カッツさんは「チェルノブイリでは数年の間、誰も外に向かって話さなかった。話す機会すら与えられなかった。だが、日本のNGOはこうして世界に訴えに来ている。動き出している。大きな違いだ」と言う。

 確かに、フォーラムに参加して交換される情報は多い上、疫学を進めるバズビー氏との出会いなどのネットワークが広がることは大きな成果だ。だが、チェルノブイリでの「25年の学びと経験」を急速に自分たちのものにし、市民に広め、先に1歩でも2歩でも歩を進めないと、間にあわなくなることも事実としてある。

フォーラムに参加したもう1人の科学者ユーリー・バンダゼフスキー(Youri Bandazhevsky)氏は、人体に長期にわたってセシウム137が及ぼす影響について1990年から1999年の間に、ベラルーシのゴメル(Gomel)市の医学研所で研究を行っている。

特に長期にわたりセシウム137を取り入れ、50Bq/kgないしはそれ以上のセシウム137が蓄積している子どもを対象に研究した。

体内に取り入れられたセシウム137は臓器と体の機能に同時に影響を与える。なぜならセシウム137は細胞のエネルギーレベルでのサイクルを阻止する。その結果DNAが本来持つ損傷修復システムが追い付けなくなる。

その結果、心臓疾患、泌尿器疾患、内分泌腺疾患及び代謝疾患、生殖機能低下、消化器系疾患、免疫力低下などが見られた。

バンダゼフスキー氏はスピーチの中で、新生児の先天異常の発生にも触れた。人間の胎児が成長していく各段階で起こる異常は、マウスの胎児で見られた各段階での発育異常とほぼ同じような結果だったとも報告した。

また、セシウム137は主に心臓に蓄積されるといわれるが、甲状腺にもかなり蓄積され、甲状腺がんを引き起こしやすくなると話した。

さらにバンダゼフスキー氏は、いかなる少量のセシウム137でも取り入れれば、人間の健康にとって危険であり、取り入れてもよい基準値は設定すべきではないと主張した。

なお、バンダゼフスキー氏の研究はサイトchernobyl-today.org で読むことができる。沖縄でも講演し、また日本語で『放射性セシウムが人体に与える 医学的生物学的影響: チェルノブイリ・原発事故被曝の病理データ』Y・I・バンダゼフスキー著、久保田護訳も合同出版から出版されている(ただし、誤訳などが見つかり再販は当分中止されている)。

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