強力なマラリア治療薬を開発
スイス人科学者が率いる研究チームが、既存の治療薬への耐性を克服し、将来1日1錠の服用でマラリアを治癒できると期待される治験薬を開発した。
毎年何万人もの人々がマラリアに感染する中、マラリア治療薬の重要な成分アルテミシニンに対する耐性の兆候の出現がアジアで報告された。そのため今回の開発は非常にタイムリーなものとなった。
一日一錠
今回開発された新しいマラリアの治験薬「NITD609 」は、スピロインドロン群という新しい化合物群の一種だ。開発実験でNITD609は、マラリアを引き起こす寄生虫の熱帯熱マラリア原虫と三日熱マラリア原虫、そしてそれらの寄生虫でさまざまな薬剤耐性を持っているものをも死滅させた。
バーゼル市の「スイス熱帯病研究所 ( The Swiss Tropical Institute in Basel ) 」の主任研究員マティアス・ロットマン氏は、新しい治験薬には非常に大きな期待が持てると言う。
「経口投与が可能なので、血液中のマラリア原虫を殺すことができます。非常に効果があり副作用は皆無です」
マラリアにかかったマウスを用いた実験において、研究チームは、NITD609 がほかのマラリア治療薬と異なる方法で機能すること、そしてマラリアを治癒するためには、マウスを使った場合、経口で1日1錠服用するだけで十分なことを突き止めた。これが人間にも有効な処方となり得るか、今後の臨床試験で明らかにされる。
現在の治療法では、マラリア患者は3~7日の間、毎日1~4回薬を服用しなければならない。しかし服用回数を減らすことができれば、マラリア原虫が薬剤耐性を獲得する機会が減少すると研究者は言う。
望ましい特性
研究チームの科学者は、NITD609を将来の治療薬の候補として特定するまで、1万2000種類の化学物質を審査した。
「アメリカ国立アレルギー・伝染病研究所 ( The American National Institute of Allergy and Infectious Diseases) 」の所長アンソニー・フォウシ 氏は、この治験薬には既存の抗マラリア剤が攻撃できないマラリア原虫のたんぱく質を標的にすることができるなどいくつかの「望ましい特性」があると語る。
またNITD609 には、錠剤という形で大量生産ができるという特性もある。
「構造や特質の面で、NITD609 は最初から現在使用されているすべての抗マラリア剤とは異なっていたため目を引きました」
とアメリカの国立衛生研究所の職員で研究チームに参加したエリザベス・ウィンゼラー 氏は説明した。
NITD609の審査は今年中続くが、すべてが順調に進んだ場合2011年に臨床試験が行われる。
メコンの警鐘
一年間に約2億5000~5億人の人々がマラリアに感染し、およそ100万人が死亡する。そのうち主な死亡者は、サハラ砂漠以南に住むアフリカの乳幼児と妊婦だ。
マラリアは、感染した人間の血液中に寄生するマラリア原虫を、蚊が健康な人間の体内に移すことによって伝染する。
以前に開発された治療薬が広く使用されるようになってから10年以上たっており、マラリア原虫は既存の抗マラリア剤に対する耐性を示すようになったため、NITD609 の開発は時宜を得たものだ。
クロロキンやスルファドキシン・ピリメタミンなどの安価なマラリア治療薬に対する耐性は一層広がっている。現在最も有効な治療は、アルテミニシンとほかの抗マラリア剤との「併用療法 ( ACT ) 」だが、これらの薬の価格は、効果が薄れつつある昔の薬より40倍も高い。
しかし昨年、タイとカンボジアの国境沿いでアルテミニシンに耐性のある原虫が出現し、世界的な 対策の取り組みへ深刻な脅威を突きつけたことを「世界保健機関 ( WHO ) 」 が警告した。これは、1950年代にクロロキンの耐性が初めて出現した地域で、その後耐性は西へ拡大した後、クロロキンはアフリカでもその効力を失った。そして現在同じことがアルテミニシンにも起きるのではないかと危惧されている。
「もしそれが起きたら、世界的なマラリア対策プログラムの重要な部分を失うことになります」
とシンガポールの「ノバルティス熱帯病研究所 ( The Novartis Institute for Tropical Diseases ) 」のティエリー・ディアガナ氏は語る。
今回開発された治験薬は、将来アルテミニシンにとって代わるものではないとロットマン氏は言う。しかし既存の治療薬に耐性を持っている可能性があるマラリア原虫の拡散を防止するためには、新しい作用機構を持った新種の化合物群を緊急に投入する必要がある。
「驚異的な」進歩
ジュネーブに本拠地を置くWHO の「世界マラリアプログラム ( The Global Malaria Programme ) 」の責任者ロバート・ニューマン氏は、新しい治験薬の開発に「勇気づけられる」と言う。
「われわれは常にこの寄生虫の一歩先を行かなければなりません」
しかし、ニューマン氏はマラリア治療薬の研究開発にはまだ十分な投資がされていないと嘆く。
「見込みのある新薬の候補をACTと置き換えるのは何年も先になります。この予定を急いで先に進めるためには予算の大幅な増加が必要です」
2009年に15億ドル ( 約1270億円 ) が投入され、マラリア対策のための財政はかなり向上した。そのため全体的にみると、過去10年余の間に「驚異的な」進歩があったとニューマン氏は語る。
薬効が長持ちする殺虫剤処理を行った蚊帳の普及、屋内に的を絞った殺虫剤のスプレー散布、わずかながら増加したACTの利用などが実現し、マラリアの予防と対策が急速に広がった。
エリトリア、サントメ・プリンシペ、ルワンダ、ザンビアなどマラリア対策を拡大した国ではマラリアの罹患数、入院患者数、死亡者数が50%以上減少した。
しかし世界的なマラリア対策のための年間予算の60億ドル ( 約5100億円 ) はまだ調達されていない。
「この仕事を終わらせるためには、資金調達の必要性を訴える必要があります」
とニューマン氏は語った。
世界の人口の約半分がマラリアの脅威にさらされている。マラリアによって年間約100万人が死亡し、その大半がサハラ砂漠以南に住む5歳以下の乳幼児と妊婦。
労働日数、観光産業や投資の機会の損失など、マラリアによる経済的損失は莫大。
マラリアには4種類あり、すべて蚊を媒介として伝染する。
マラリアは、ハマダラカの雌が人間を刺すときに、寄生虫のマラリア原虫を人間の体内に運び入れることによって引き起こされる。
マラリア原虫は薬剤耐性を獲得するため、効力を失った抗マラリア剤は多い。
マラリア予防のワクチンは存在しないが、部分的な免疫のみを人間に供給できるワクチンの開発に向けて現在高次試験が進行中だ。
殺虫剤処理をした蚊帳や屋内での殺虫剤スプレー散布はハマダラカの侵入を食い止める2大対策。
現在、最も有効な治療薬はアルテミシニン( 発熱治療に何世紀も使用されてきた漢方薬の植物 ) を含む混合治療薬。
マラリアは、地球上の豊かな地域の大部分ではなくなり、108カ国で撲滅された。しかし、途上国や熱帯圏の国でのマラリア撲滅はより困難。
( 英語からの翻訳 笠原浩美 )
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