「50年後の気候を決めるのは私たち」
気候変動をマネジメントする最高の方法は、気候目標を設定することだ。ベルンの著名な気候物理学者トーマス・シュトッカー氏はそう考える。人間はできる限り気候の変動に適応するしかない。今、ここで、すでに気候は変動しているのだから。
シュトッカー氏はIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次評価報告書の科学的基礎を固める第1作業部会の共同議長だ。気候変動との闘いにはまだ敗けたわけではないが、温室効果ガスの排出量を削減できなかった年ごとに、その闘いはますます厳しくなっていくと語る。
swissinfo.ch : あなたは、言ってみればこの地球の寿命を予測するという任務を負っているわけですが、その負担は膨大ではありませんか。
トーマス・シュトッカー : 私は一人ではなく、中国人のパートナーやベルン事務所と一緒にこの作業部会を率いている。報告書の陰には頭を使う細かな作業が隠れているが、それはすべてこの作業部会に属する258人の学者の肩にかかっている。
ベルンにいる私たちは作業を調整し、議論し、工程を作り、報告書として文章にする手伝いをする。報告書では学術用語をなるべく避けて、決定を下す政治家にも理解してもらえるような表現にする必要があるからだ。
58歳。
連邦工科大学チューリヒ校で環境物理学を専攻、1987年に博士号を取得。
ユニヴァーシティ・カレッジ(ロンドン)、マギル大学(モントリオール)、コロンビア大学(ニューヨーク)での研究活動の後、1993年にベルン大学物理研究所の教授として招かれる。現在、気候・環境物理学科を率いる。
10年間、国連(UN)のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)に関与した後、2008年に第1作業部会の議長に選出され、中国人のダヘ・クィン氏とともに共同議長を務める。
これまでスイス・ラトシス賞(Latsis Preis)、ヴェルサイユ大学名誉博士号、欧州地球科学連合(EGU)のハンス・オシュガー・メダルを受け取っている。
swissinfo.ch : では、眠れない夜が続くというわけではなさそうですね。
シュトッカー : 眠れない夜はないが、何か間違いが起これば、なぜそうなったのかを説明できなければならない。この4年間、ミスを犯さず、工程もできる限り透明にするよう、あらゆる手を尽くしてきた。だが、これも人間が行っている作業なのだから、間違いがないとは言い切れない。
swissinfo.ch : 例えば中国のような国の経済発展のように、見えないことがたくさんある中で、どのように気候を予測するのですか?
シュトッカー : 経済の発展が不確かということだが、それについては科学の力で技術発展のシナリオが作られているし、排出量削減に政治が関ることになるだろうという予測もされている。
不確かなカテゴリーは別にもう一つある。それは、地球の物理学的なシステムについての理解に関わることだ。海洋での熱の吸収のされ方や降雨をどのくらい正確にシミュレーションできるのか。これもはっきり分かっていないことで、これらの量を明示し、削減するのが自然科学の課題となっている。
swissinfo.ch : では、気候研究で予測できないことは何ですか。
シュトッカー : 例えば、思いもよらない出来事だ。一生懸命研究しているが、形として映し出すのはかなり難しい。一つ例を挙げてみよう。南極大陸の海面下には、海の温暖化や海面の上昇によって安定が崩れそうな場所がいくつかある。これは私たちが理解している物理的プロセスの一つだが、ある時点における詳細な予測は不可能だ。
もう一つ別の例もある。熱帯にある雨林の反応だ。温暖化の影響で降雨域が移動したら、雨林はどうなるのか。似たような状況をまだ経験したことがないため、この予測も非常に難しい。
swissinfo.ch : 気候研究で大きく前進した分野は?逆にまだ不完全な分野は何ですか?
シュトッカー : 大きく前進したことはいろいろある。世界的な観察では、グリーンランドや南極がどのくらい溶けているのかを衛星が計測している。7年前にはこのようなデータはまだなかった。今ではこの計測のおかげで、海面の上昇の動きを図に表せるようになった。海面上昇の原因も分かっている。世界各地で氷河が後退し、海洋の水が温まって膨張し、さらにグリーンランドや南極が溶けているためだ。
モデルの解像度も精密になった。ただし、まだどの地域の予測も立てられるほどではない。温度の変化や降雨、そしておそらく極端な災害に関する統計についても同じことが言える。
swissinfo.ch : 気候問題が人類にどう関わってくるのかということを知りたがっている人は多いと思いますが。
シュトッカー : 一言で言えば、私たちには選択肢がある。気候が50年後100年後にどうなっているのか、温暖化がどの地域でどのくらい激しくなるのか、どのくらい乾燥しどのくらい湿るのか、大規模な自然災害がどの程度増えるのか、そして海面はどのくらい上昇するのか。これらはすべて、地球の住人の手にかかっている。私たちの選択は、世界中の温室効果ガス排出量を決めることだ。
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swissinfo.ch : この数年間、自然災害が増えているようですが、これは偶然なのですか。それとも、気候の変動と何か関係があるのでしょうか。
シュトッカー : これは難しい問題だ。IPCCはこれに関し、2011年11月に特別報告を発表した。この科学分野は複雑だが、これまですでに気温(熱波)や大量の降水(洪水)などが絡む大災害ついて信頼のおける結果を残している。
一方、暴風雨に関しては少し異なる。これも同様に経済に大きな影響を与えるものだが、いつどこでどのようなタイプの嵐がどの程度の強さでどれくらい頻繁に起こるのかということを確実に予測するには至っていない。
swissinfo.ch : 気候の変動をマネジメントすることはできるのですか。
シュトッカー : 気候変動の最高のマネジメントは、気候目標を定めて、これくらいの気候変動ならまだ大丈夫だろうということをはっきりさせることだ。摂氏2度下げるという合意は少なくとも書類の上では重要な一歩となった。
だがもちろん、摂氏2度という目標がいったい何を意味するのかという疑問はある。目標達成のために、世界的なレベルでどのような対策を取るべきなのか。何もせず、化石燃料からの排出を増やし続ければ、この気候目標は夏の太陽にさらされた雪のように溶けて無くなってしまう。誰の目にもはっきりと分かっていることは、この気候目標を達成するチャンスを得たいのであれば、世界の二酸化炭素(CO2)排出量を大幅に削減しなければならないということだ。
いずれにしても、気候の変動には適応していかなければならない。その影響を受けている人はすでに大勢いるのだから。沿岸部だけではなく、山岳地域に住む人々にも影響は及んでいる。スイスもそうだ。温暖化の影響で気温の上昇幅が大きくなり、永久凍土がかなりのスピードで溶けている。
第5次評価報告書では258人の学者が科学的基礎を固める作業に従事。さらに世界から600人が執筆に参加。
報告書は公表済みの約1万件の研究に基づいている。
世界規模で行われた二つの評価と複数の政府による一つの評価に関しては、2009年にベルン大学に設けられた事務所に5万4千件のコメントが寄せられた。
これらのコメントを参考にする際には科学的な判断基準に基づくため、トーマス・シュトッカー氏は政府による影響力の行使はないとみている。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第5次評価報告書およびその他二つの報告書と統合報告書が、9月23~26日にストックホルムで発表される予定。
swissinfo.ch : 気候の変動を無くすのではなく、これに適応するとおっしゃいました。つまり、闘いに敗れたのでしょうか。
シュトッカー : 闘いに敗れたわけではない。だが、排出量を削減できなかった1年ごとに、合意した気候目標は遠くへ行ってしまう。そして、いつか消え去ってしまうのだ。気候は今ここですでに変動しているのだから、適応はもはや必須だ。問題は、どのくらい適応できるかということだ。生きていく上で欠かせない資源が無くなった地域などでは、適応はもはや不可能だ。海面が上昇している土地、あるいは生態系を保つ上で必要な水などがそのような資源に当たる。地中海近辺ではすでに大規模な干ばつに見舞われている地域もある。
swissinfo.ch : 地球の温度は10年以上前から上がっていません。このことは気候変動の懐疑派の活力となっています。このような展開はあなたの信頼度を揺るがすことになりませんか。
シュトッカー : そんなことはない。気候研究者がもう何年も前から言い続けていることを思い出してもらいたい。気候は、私たちが天気として今日や明日経験することとは違うのだ。
気候の状況を判断するには長期にわたる非常に精密な計測が欠かせない。一般的には30年だが、何百年に及ぶこともある。つまり、統計を取ることが大切なのだ。過去の10年から気候の温暖化が終わったと判断するのはちょっと違う。そこには科学的な根拠はない。
(独語からの翻訳 小山千早)
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