2023年のスイス8大発明
鶏の羽を使って電気を作る、麻痺した男性が再び歩くのを助けた脳脊椎技術、雷をそらすレーザー光線ーー。今年のスイスの研究と技術革新の1つだ。これらの発明は今後の私たちの生活を変える可能性がある。
スイスは自然の美しさだけではなく、学術・研究分野の華々しい成果でも世界有数だ。世界最高水準を誇るスイスの大学や研究機関に魅せられる研究者は多く、2020年の留学生は1万2300人と2017年比で17%増えた。スイスは世界で最も革新的な国の 1 つであり、卓越した科学技術で知られる。2021年は年間国内総生産(GDP)の3.3%を研究開発に投資した。
そんなスイスで生まれ、2023年に注目を集めた8つの研究プロジェクトとイノベーションを紹介する。
胃腸のカベを治す新素材
胃や腸が傷つくと命にかかわることもある。損傷した組織に貼るパッチは存在するが、溶けるのが早すぎるのが欠点だ。スイスとチェコ共和国の研究チームは6月、腸組織と結合させ傷をふさぐ特殊ポリマー製のパッチを発表外部リンクした。酸性の汁や細菌を含んだ食品の残留物が消化管から漏れて炎症や敗血症を引き起こすのを防ぐ。消化液が腹腔に漏れる前に警告を送るセンサーも付いている。
消火活動に役立つ耐熱ドローン
ドローンは消防ホースを高層ビルにつり上げたり、延焼を防ぐ消火剤を投下したりと火災現場で活躍しているが、安全に稼働できる距離は限られる。燃えている建物内の温度は摂氏1000 度に達することもある。接近距離を縮めるために、スイス連邦材料試験研究所(Empa)とインペリアル・カレッジ・ロンドンの共同チームはガラス繊維やポリイミドエアロゲルなどの断熱素材でできた耐熱ドローン「FireDrone」を開発した。エアロゲルは、脂肪や毛皮のおかげで極寒地域でも生息できるペンギンやホッキョクギツネなどの動物からインスピレーションを得た。
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脳インプラントで歩けるように
オランダ人のヘルト・ヤンさん(40)は2011年に自転車事故に遭い、麻痺が残った。12年経った今、脳と脊椎に埋め込まれた特殊なインプラントと脳波を読み取る無線技術のおかげで、立ったり階段を上ったり、買い物に行ったりできるようになった。「ブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)」と呼ばれる電極が、脚の動きを制御する脳の部分の上に埋め込まれた。これが脊髄インプラントに電気パルスを送信し、脚の筋肉の動きを刺激する。人工知能に基づくアルゴリズムを使用して、脳から出る信号をリアルタイムで解析する。
まるでSFのようなこの装置はスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)とローザンヌ大学病院(CHUV)、仏政府出資の技術研究機関CEAの神経科学者が考案したもので、大きな成果を生んだ。「数カ月前、10年ぶりに立ち上がって友人とビールを飲むことができたのがすごくうれしかった。この他愛もない喜びが、自分の人生における重要な転機となった」とヤンさんは語る。
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「人工の木」が起こすエネルギー革命
これはパラボラアンテナか、それとも望遠鏡なのか?いずれも不正解。これはEPFLのキャンパス内に設置された太陽光パネル「人工の木」の試作機だ。再生可能エネルギーを使って製造する「グリーン水素」の製造コストと輸送問題を一挙に解決すると期待されている。太陽光は放物面鏡で反射され、焦点位置に設置した反応器に集められる。反応器の中で、太陽光による光電気化学反応が水分子を水素分子と酸素分子に分解。木や植物の光合成と似たプロセスだ。
「人工の木」は太陽の動きに合わせて回転し、出力を最大化する。外部電源に接続することで曇天や夜間でも水素を生成できる。開発チームは、太陽光や水力で稼働する従来のグリーン水素製造プラントよりも効率が高いと胸を張る。
EPFLのスピンオフ企業ソーハイテック(SoHHytec)は別の民間企業と協力して、金属焼鈍プロセス用の水素や近隣の病院用の酸素、工業用温水向けの熱を生成する実証プラントの建設を進めている。
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レーザービームで落雷回避
ジュネーブ大学は落雷をそらすため、スイス北東部アッペンツェル地方で高出力のレーザー光線を空に放った。実験では、レーザーが1秒間に1000回のパルスを放射。4発の雷撃を阻止することに成功した。
理論的には1970 年代に初めて提案され、実験室では既に可能な技術だったが、現場で成功したことはなかった。ジュネーブ大のジャン・ピエール・ウルフ氏は「空港や発射台、発電所など重要インフラに役立つ避雷技術の開発が、この研究によって重要な前進を遂げた」と述べた。落雷が建物や通信システム、送電線、電気機器にもたらす損害額は毎年数十億ドルに上り、数千人が犠牲になっている。
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霧を浄水に変える網
ペルー、ボリビア、チリ、モロッコ、オマーンなどの乾燥国では、目の細かい網を使った「霧収集器」で霧を集め、1日に数百リットルの水に変えている。だがその過程で埃や汚れも集まるため、未処理の水は飲料や料理には使えない。
連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)が開発した金属メッシュは、特殊コーティングにより霧から水を抽出しながら、同時に浄化できる。コーティングはポリマーと二酸化チタンの混合物で、化学触媒として液滴内にあるたくさんの有機汚染物質の分子を分解、無害にする。メンテナンスがほぼ不要で、触媒再生のために定期的に少量の紫外線を照射する以外にエネルギーは必要ないのも大きな長所だ。
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鶏の羽で発電
世界中で焼却処分される鶏の羽は年間4千万トン。大量の二酸化炭素(CO₂)を排出するだけでなく、二酸化硫黄(SO₂)などの有毒ガスも生じる。この羽毛を有効活用するにはどうすればいいのか?その答えを見つけたのはETHZとシンガポール南洋工科大学の研究チーム。タンパク質のケラチンを抽出し、燃料電池の膜に使用できる超微細繊維「アミロイドフィブリル」に変換した。
あらゆる燃料電池の中心には半透膜がある。陽子は通過するが、電子はブロックされ、負に帯電した陽極から外部回路を通って正に帯電した陰極まで流れる。この流れが電流を生む。従来の燃料電池の半透膜は、高価かつ環境中で分解されない毒性の強い化学物質で作られている。だが鶏の羽製の半透膜は主に生物学的ケラチンで構成されているため、環境に優しく大量生産が可能だ。
視覚障害者のための「スマート白状」
EHHZの学生3人が、視覚障がい者のより安全な移動を可能にする「ハイテク白杖」を開発した。カメラとセンサーを搭載し、振動で触感を持ち手に知らせる。地面をスキャンして障害物を迂回する道を示し、ドアや横断歩道、階段などの前に来ると振動で伝える。学生の1人アルフィッド・ゴルヴィッツァーさんは「一般的な白杖は前方の障害物を探りながら、ゆっくりと前に進まなければならない。この白状なら目の見えない人が動きを止めることなく、障害物を自然に迂回できる」と説明する。
英語からの翻訳:ムートゥ朋子
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