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CERNの次世代加速器に吹く追い風 日本のILCも再加速

加速器のイメージ図
CERNの次世代加速器「FCC」内部のイメージ図 CERN

スイスにある素粒子研究の国際拠点欧州合同原子核研究機関(CERN)で、ヒッグス粒子を発見した大型ハドロン衝突型加速器の後継器の承認に向けた準備が進んでいる。ジュネーブ近郊に建設予定の超大型次世代加速器は関係者らの熱烈な支持を集める一方で、急成長する中国との競争など、様々な障害にも直面している。

2012年、CERNでヒッグス粒子(万物に質量を与える検出困難な素粒子)が発見され、素粒子物理学に重大な進歩をもたらした。ジュネーブの北にあるCERNの有名な「大型ハドロン衝突型加速器(LHC)」などの大型加速器や高精度検出器を駆使して何十年にも渡り挑み続けてきた成果だった。LHCは世界で最も強力な衝突型加速器として知られる。

だが、いまだに宇宙についての多くの基本的な謎は残されたままだ。例えば「ダークマター(暗黒物質)の正体は?」「私たちの宇宙はなぜ反物質ではなく物質で満たされているのか?」「素粒子はなぜ種類によって、これほど大きく異なる質量を持つのか?」などだ。

CERNによれば、こうした物理学の多くの難題に迫るには、「より高いエネルギーと強度への更なる飛躍」が必要だ。そのために、1980年代初めに考案され、2040年にミッションを終える現行のLHCの後継として、より強力かつ精密な次世代加速器を建設したい考えだ。こうしたヒッグス粒子を大量生産する施設は「ヒッグスファクトリー」と呼ばれ、日米欧と中国が建設を競っている。

加速器の大きさを比較した鳥観図
CERNの計画する将来円形衝突型加速器(FCC)は、現在の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の約3倍の大きさを予定する Cern

CERNでは、新型円形衝突型加速器「Future Circular Collider(FCC)」と呼ばれる構想が10年以上かけて具体化されてきた。

FCC構想外部リンクでは、現行のLHCの3倍の長さに相当する全周91キロメートルの円形トンネルを、ジュネーブを取り囲むように建設する。スイスとフランスをまたぎ、一部はレマン湖の下を通る。加速器の上の地表 8カ所(フランス7、 スイス1)に研究実験施設を設置する。

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次世代加速器「FCC」構想

このコンテンツが公開されたのは、 ジュネーブ近郊にある欧州合同原子核研究機構(CERN)は、巨大な粒子衝突型加速器の建設に向けて次のステップに進んでいる。

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その巨大トンネル内のより長い距離で粒子を加速し、現行のLHCの7倍に相当する100テラ電子ボルトの大きなエネルギーで衝突させ、強固に守られた素粒子の秘密を暴く。

レマン湖西部の人口密集地域に、より巨大な衝突型加速器を建設することは、土木工学的に極めて大きな挑戦だ。

「湖の下のトンネル掘削が1つの課題だ。2つ目は、ジュネーブを見下ろすサレーブ山とジュラ山脈の石灰岩だ」とCERNのマイク・ラモン加速器・技術担当ディレクターは言う。柔らかい岩盤層を掘削できる場所を探した結果、設計プランの選択の余地はほとんど残っていないという。

総額3.4兆円の大プロジェクト

CERNのロードマップでは、次世代衝突型加速器の計画は2フェーズに分けられている。第1フェーズの目的は、より大きな衝突エネルギーでヒッグス粒子の生成を最大限に引き上げ、その詳細な性質を突き詰めることだ。そのためにより大きなトンネルを今世紀半ばまでに建設する。

この段階で「ヒッグス粒子を徹底的に調べる」ことができるだろうとラモン氏は言う。

その後、第1フェーズの装置は解体し、更に強力な陽子・陽子衝突を可能にする、衝突エネルギーが100テラボルトに達する加速器に置き換える。この第2フェーズは今世紀後半まで続く。最終的な装置に必要な技術の多くはまだ開発されていないため、今後数十年間で重点的に取り組むべき課題となる。

第1フェーズに110億フラン(約1兆8150億円)、全体では210億フラン(約3兆4000億円)の費用が想定される。現在の見積もりでは、加盟国が拠出するCERNの予算では全く足りず、非加盟国からの特別拠出金や別の資金調達メカニズムが必要とされている。

FCC計画はまだCERN加盟国(欧州22カ国+イスラエル)に承認されておらず、最終決定は2028年に下される予定だ。実施が決まれば、2038年に着工し、第1フェーズの開始は2048年以降になる見通しだ。

もし却下された場合の代替策として、CERNは11〜50キロメートルの小規模の線形衝突型加速器(Compact Linear Collider、 CLIC)の設計にも取り組んでいる。CLICは、FCCとは異なり、1度に1件の物理実験しかできない。

「熱烈な支持」

正式承認は数年後とは言え、熱気は高まってきているとCERNのラモン氏は話す。

同氏は「追い風が吹いていると感じる。欧州のあらゆる層の関係者から多くの賛同が寄せられている。しかも熱烈に支持されている」と話す。同事業には現在、大学、研究所、産業界の約150機関が協力者として名を連ねる。

今年春に開始外部リンクされたフィージビリティ調査は2025年に完了予定であり、現地調査も進行中だ。

FCC調査リーダーを務めるマイケル・ベネディクト氏は「調査は実地踏査へ移りつつある」と説明する。

FCC調査チームは既にFCCの円形トンネルの理想経路と、地上8カ所の研究実験施設の設置場所を選定している。

潜在的な争いの芽を摘んでおくため、実地調査は地元のコミュニティと共同で進めている。

双眼鏡で沼地を観察する男性
CERNはFCCの建設予定地への影響を査定するため環境調査を実施している Cern

CERNは、立ち上がりに起こりうる問題は全て解決しておきたいと考えている。FCCの影響を受ける可能性のある地域の市長や地元関係者をCERNの現施設に招き、新しい施設や装置がどのようなものになるかを視認してもらっている。環境調査もスイスとフランスの郊外で実施中であり、巨大加速器の影響を受ける可能性のある地域の地質や動植物のデータを収集している。来年には地震調査と掘削作業を開始する。

ベネディクト氏は、今のところ地元の人々はFCC事業に協力的だと強調する。

莫大な規模とコストへの反発

だが昨年10月、地元の「ノエ21(Noé21)協会」が批判的な報告書を発表した。同協会は、FCC建設に900万平方メートルもの掘削が必要であること、新施設の年間電力消費量が4テラワット時に上ることを指摘し、その莫大な規模と建設費用に疑問を呈した。この電力消費量はCERNの現年間消費量の3倍に相当し、スイスの全公共交通機関のそれを上回る。

FCCの巨額な建設・運営費用に対する批判的な声は、物理学者の間からも聞こえてくる。例えば独フランクフルト高等研究所の理論物理学者、ザビーネ・ホッセンフェルダー氏のように、この巨大プロジェクトが、より実問題に近い他の物理学研究に当てられるはずの研究費を食い潰してしまうのではないかと危惧する向きもある。

「ナノ秒スケールで崩壊する粒子線の現象をより精密に観測しようとするだけでも莫大な費用がかかるが、そのような装置が何か新たな発見をもたらすという根拠はない」と同氏は主張する。

それよりも、気候変動予測の国際センター外部リンクや感染症流行モデリングなどの、実問題に直接応用できる研究に資金を投入すべきだと唱える。

「実社会と関連のない研究領域にこれほど莫大な資金を投入すれば、より重要な研究から人々が離れてしまい、これらの重要分野の進歩が停滞するだろう」(ホッセンフェルダー氏)

日本の国際リニアコライダー(ILC)との協力関係

素粒子研究では日本も世界をリードしてきた。小柴昌俊氏は1987年、観測施設カミオカンデ(岐阜県)で超新星爆発から出た素粒子「ニュートリノ」を世界で初めて観測。梶田隆章氏は1998年、後継のスーパーカミオカンデを使った実験で質量ゼロとされていたニュートリノに質量があることを確認した。現在は3代目の「ハイパーカミオカンデ」が建設中だ。

小柴氏(2002年)、梶田氏(2015年)の他、南部陽一郎氏、益川敏英氏、小林誠氏(2008年)の計5人の日本人が素粒子研究でノーベル物理学賞を受賞している。

日本の物理学会の悲願とも言えるのが、ヒッグスファクトリーの1つ、国際リニアコライダー(ILC)外部リンク建設計画だ。LHCやFCCが円形のトンネルで陽子と陽子を衝突させるのに対し、ILCは直線状の加速器で電子と陽電子を衝突させる。後者の方がヒッグス粒子の生みだす反応だけを詳しく観察しやすい。建設候補地である東北地方の北上山地には大きな研究促進・経済効果も期待される。

FCCはLHCの「後継」的存在だが、ILCは「補完」的役割を担う。日本とCERNはライバルではなく協力関係というわけだ。CERNは今年7月、ILCの加速器技術開発の重点事項を国際共同で進める枠組み「ILCテクノロジーネットワーク」の第1号参画機関として、日本の高エネルギー加速器研究機構(KEK)と協定を結んだ外部リンク

ILCのネックは建設費用だ。全長20キロメートルの加速器を建設するには約8000億円かかると見積もられている。FCCの費用がCERNの年間予算(1000億フラン強)から一定程度保証されるのに対して、ILCは日本政府が中心となって拠出する。その日本政府から正式な誘致方針が示されないため米欧も拠出を宣言できない、という膠着状態に陥っている。

ILC国際推進チームの議長を務める連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の中田達也氏によると、「政府当局間で議論が欠如していたこと外部リンク」が背景にある。同チームの国際専門家パネルの分析では「日本政府はILCをグローバルなプロジェクトとみなし、ホスト国や開催地も含めてすべてパートナー国の話し合いで決めるべきだと考えているが、海外のパートナーは日本が先に動くべきだと考えている」。前述のILCテクノロジーネットワークも、グローバルプロジェクトに昇華させる狙いで動き出したものだ。

猛追する中国への危機感

CERNは原子核物理の世界的な国際研究機関として名高い。だが今後数年間で厳しい競争に直面するとみられる。中国は2018年、100キロメートル規模の電子・陽電子衝突型加速器(CEPC)の建設計画を明らかにした。早ければ2030年には実験を開始できる見込みだ。健全な競争がCERNの計画を加速させる方向にも働くとの見方もあるが、CERNの関係者らは野心的な中国にやがて追い抜かれ、この研究分野の主導権を奪われるのではないかと恐れている。

「私たちは、これが実に危険なことだと認識すべきだ。中国の学習曲線は急カーブで上昇している。中国の能力を過小評価するのは間違いだ」とラモン氏は危機感を表す。

日本もこうした危機感を持ち、停滞していたILC計画を再加速する動きが出ている。超党派の「リニアコライダー国際研究所建設推進議員連盟」が今年4月、数年ぶりに活動を再開し、実現に向け「関係国政府との意見交換」や「予算を確実に確保していく」ことを決議外部リンクした。ILCテクノロジーネットワークも、米国やアジア・オセアニアにパートナーを広げる方針だ。

これが日本にとって最後の機運になるかもしれない。東京大カブリ数物連携宇宙研究機構の村山斉外部リンク・特別教授は「今までは CERN は LHC、米国はニュートリノ実験に予算を注ぎ込んでいたので、ILC を作る余裕はなく、それで日本が有力候補になった。だが5~10 年後にはCERN も米国も余裕が出てくるので、不可能ではなくなる。ILC の予算は FCC のほぼ半額なので、CERN の予算で十分可能だ」と解説する。

編集:Sabrina Weiss、英語からの翻訳:佐藤寛子、追加取材:ムートゥ朋子、校正:上原亜紀子

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