政府が打ち出したキャンペーンの広告ビジュアル
bag / lovelife.ch
満足げな様子で抱き合う、裸の男女や同性愛者たち。連邦内務省保健局は5月初め、HIV感染など性病の予防、根絶を目指す啓発活動の最新版として、キャンペーン「LOVE LIFE 〜No Regrets」を発表した。そのポルノのような衝撃的な広告ビジュアルはたちまち世間の話題となり、大きな議論を呼んでいる。一体どのようなキャンペーン内容なのか。この広告に予防の効果はあるのか。
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2014/05/28 11:00
大野 瑠衣子
2004年から日本およびスイスの映像・メディア業界で様々な職務に従事。
これまでにも「STOP AIDS」「Love Life」のキャッチコピーと共に、HIV感染予防とその根絶を呼びかけてきた連邦内務省保健局。その啓発活動の始まりは1987年と、歴史は長い。2011年からはHIV(エイズウイルス)だけではなく、淋病、クラミジア、梅毒などの性病も予防対象とし、毎年キャンペーンを展開している。
スイスでは、2013年の新たなHIV感染者数は575人。その数は前年と比べ8%減少している。2017年までに、350人にまで減少させるのが政府の目標だ。
そのため今年、保険局は「LOVE LIFE 〜No Regrets(何も後悔しないために)」というキャッチコピーのもと、性病感染対策と根絶を目的とした新たなキャンペーンを展開した。予算は年間2百万フラン(約2億3千万円)。これまでに広告ポスター、ビデオ、ウェブサイトなどが公開された。
三つのマニフェスト、三つの参加方法
このキャンペーンは「人生を大切にする。自分に責任を持つ」「自分の身体を大切にする。自分の身体は自分でちゃんと守る」「何も後悔しない。そのためにしっかり配慮する」という三つのマニフェストを掲げる。また、「安全なセックスのためのルール」として、1)性行為の際にはコンドームを使用すること、2)性交渉相手の血液や精液を口に含まないこと、3)痒みや火照り、おかしな分泌物など異常を感じたら病院へ行くこと、の三つを守ることを呼びかけている。
Keystone
今回保健局は、そこに新しい「三つの柱」を作り、さらなるキャンペーン効果を狙う戦略に出た。一つ目は、ウェブサイトでマニフェストに対する賛否のクリック投票ができること。二つ目は、希望者はシリコン製でピンク色の指輪を無料でもらうことができ、それを身に着けることで、マニフェスト支持の意を公に表明することが出来ることだ。また、ソーシャルメディアで個人が発言できるプラットフォームも用意されている。
三つ目に、キャンペーンポスターのモデル候補として、一般市民が応募することが出来る。応募条件は18歳以上であることと、ウェブサイトのマニフェストに対するクリック投票で、賛成票を投じていること。個人でもカップルでも応募できる。もちろん、異性愛者、同性愛者どちらでも応募可能だ。選ばれた際には、ニューヨーク在住の有名スイス人写真家ダイアナ・ショイネマンによる写真撮影が行われる。この一般市民をモデルとしたキャンペーンポスターは、夏に公開を予定している。
こうして人々を巻き込む戦略で、問題を自分のこととして捉えさせ、さらなる関心を持たせようとしている。「一人ひとりが自分自身に責任を持ち、将来後悔することの無いように、高い意識を持って感染予防に取り組んで欲しい。これら三つの取り組みで、コンドームを使用した性病の感染予防への関心を高めることができる」と保健局感染病課の副主任ロジェ・シュタウプ氏は同局のプレスリリースで語っている。
反対派と擁護派
問題は、その挑発的な広告ビジュアルだ。このキャンペーン広告がリリースされるやいなや、スイス全体に大きな議論が巻き起こった。
免疫学者のベダ・スタッドラー氏は、「この写真からは予防を訴えるものは何も伝わってこない。『安全なセックス』への、どのようなメッセージをこのキャンペーンで伝えようとしているのか、まったく想像できない」とドイツ語圏の日曜紙シュヴァイツ・アム・ゾンターグで発言している。目にとまりやすい、という意味ではその挑発的な広告ビジュアルは成功しているものの、性的な内容を連想させるにとどまるとスタッドラー氏は結論する。
広告代理店GGKチューリヒ支店の代表、ヘルマン・ストリットマッター氏も同じ意見だ。「このようなエロティックなビジュアルは、性行為は連想させるが、コンドームの使用という考えまでには辿りつかない」
一方、エイズ予防専門家のフランコ・ロガンティーニ氏は、「非常に勇気があり、刺激的だ」としてこのキャンペーンを高く評価している。エイズをテーマとする以上、セックスと身体について語るのは必要不可欠だとし、このような「芸術的に」撮影された写真は、その理にかなっている、とドイツ語圏の日刊紙ターゲス・アンツァイガーのインタビューに答えている。
キャンペーンへの反応
キャンペーンがリリースされてから約半月が経った26日の時点で、ウェブサイトを訪れた人数は約15万人に上り、ウェブサイト上でマニフェストに賛成の意を示したクリック数は、6万7千を超えた。ユーチューブのビデオはこれまでに約32万回の再生回数を記録。無料のピンクの指輪には、1300人を超える申し込みがあった。夏の広告のモデル公募には、すでに一般市民約230人からの応募があったという。
賛否両論はあるが、このキャンペーンが反響を呼んでいるのは事実だ。キャンペーン発信元のシュタウプ氏はこう言う。「もしキャンペーンが人々の注意を引くことがなかったら、広告費用は水の泡となってしまうのだ」
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教会のルールに厳密に従うべきか、それとも同性カップルを祝福すべきか。こうしたジレンマに悩む神父は近年多くなっており、中にはどの信者も教会から祝福を受ける権利があると考える神父もでてきている。
ゲオルク・シュムッキさんは同性婚を支持する神父の一人。これまで数組の同性カップルを祝福してきた。最初の1組目は内密に行ったが、次第に教会内で祝福するようになった。しかし、このことを聞きつけたザンクト・ガレン司教のマルクス・ビュッヒェルさんは、教会のルールに反しているとシュムッキさんをとがめた。今のところそれ以降の処分は行われていない。
ビュッヒェルさんは、同性カップルが役所で式を挙げることに問題はないとする一方、カトリック教会がこうしたカップルを祝福することに反対している(スイスで結婚する場合、カップルは役所で公式に結婚を認めてもらわなければならない。キリスト教信者はそれに加え、教会で式を挙げ、教会からも結婚を認めてもらう)。
ビュッヒェルさんはまた、同性カップルを祝福すれば、結婚は男女の結びつきとする教会の考えに反すると主張する。
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