スイスにもある貧困問題
11月9日、スイスで初めて貧困対策に関する全国会議が開催された。
貧困を撲滅するために、早期に教育を開始し、誰もが平等なスタートラインに立てるよう「機会の平等」を保障することの重要性をスイス・カリタス代表のフーゴ・ファーゼル氏が語る。
swissinfo.ch : 貧困対策会議では、貧困生活の実体験がなく、話だけを聞いて知っている人たちが、立派な演説をしていました。最終宣言は単に虚勢を張っているだけではないでしょうか。
ファーゼル : 最終宣言は、これから行われる対策のスタート地点なのです。今回、特筆すべきことは、国が貧困を撲滅するために対策を講ずる用意ができたということです。
以前は、貧困は州や市町村レベルで扱われてきた問題でした。現在は、政府がさまざまな貧困対策を取りまとめ、指導的役割を担うべきだと考えられるようになっています。そうすることで、社会保障の給付金を打ち切って終わりというのではなく、再び仕事を見つけられるように支援することができます。
今日では、毎月2000人の人々が失業保険の給付を打ち切られ、その次の日には生活保護を受ける現象が起きています。この状況を改善するために、国は対策を行っていかなければなりません。
スイスで貧困対策会議が開催されたのは今回が初めてでした。会議の内容については改善しなければならない点がいくつかあります。実際に貧困層に属している人たちと話し合う機会を作る必要もあるかもしれません。確かに、まだ学ぶべき点があります。
swissinfo.ch : なぜ、そもそも豊かなスイスにおいて貧困がテーマになるのですか。
ファーゼル : 確かに貧困問題は長い間取り上げられてきませんでした。スイスで10人に1人が貧困に喘いでいることを誰も語りたがらなかったからです。スイスは貧困問題を抱えているということが今回の会議で明らかになったのです。これは初めてのことです。
swissinfo.ch : ほかの隣国と比較して、スイスの貧困対策はどのような状況ですか。
ファーゼル : 他国と状況を比較することはかなり困難です。しかし、例を挙げれば、北欧の家族政策はずっと進んでいます。今日、スイスには貧困生活を強いられている子どもが26万人いますが、北欧では、貧困層の子どもたちに対して基本的に多くの対策が行われています。ほかの貧困対策についての比較はさらに困難なので答えられません。
swissinfo.ch : スイスでは、社会保障を受けることを恥ずかしいと感じている人が多くいます。一方でこの政策を悪用している人たちもいます。社会のシステムは不公平にできていませんか。
ファーゼル : スイスで社会保障を悪用する人は総じて少ないです。貧困撲滅の討論は、貧困層に対して社会保障給付を増やすために行うのではありません。そもそも貧困にならないように対策を立てるためです。
青少年には社会保障を与えるのではなく、見習いとしての勤め口を紹介します。そうすれば、収入が少ないからといって最終的に貧困にあえぐことにはならないでしょう。また、子どもが多い家庭には、単に家族に社会保障を与えるのではなく、児童手当を増やします。子どもたちが良い教育を受けることで、後に貧困状態に陥らないようにするためです。こういった対策は、ただ社会保障を給付することとは大きな違いがあります。
swissinfo.ch : 教育は貧困から抜け出すために重要な鍵を握っているということですか。
ファーゼル : 教育は貧困対策において重要なポイントになります。しっかりとした教育を受けていない青少年は良い就職口を見つけるのが困難です。比較的年齢の高い人たちは、一通りの教育を終えても、その後学習を続けなければ、今日の職場のシステムに対応できません。そのため、やはり継続教育が論点の中心になります。
swissinfo.ch : 貧困層はインターネットといった新しいメディアに触れる機会が少ないと思いますが、情報格差も貧困と関わりのある問題ですか。
ファーゼル : この問題に関する対策はまだ初期段階にあります。貧困は教育、言語能力、子どもの数、社会的背景などのあらゆる問題要素を総合した結果です。
ですから、あらゆる貧困の原因に対処するために、さまざまな対策を講じていかなければなりません。親が貧しい場合は、恐らく子どもも貧困な状態になるでしょう。例えば、今日の問題をあげると、コンピューターなどの設備が子どもに与えられないからです。
わたしは、現代の子どもはみんな、小学校の3年生か4年生くらいからラップトップを持つべきだと考えています。コンピューターを持っていないと、学校でもほかの生徒に比べて遅れをとってしまうからです。それでは誰もが同じスタートラインに立てる「機会の平等」が無くなります。
swissinfo.ch : 途上国では、「子ども1人に1台のラップトップ ( One Laptop per Child/OLPC ) 計画」が推進されています。スイスではこれは問題として取り上げられていないようですが。
ファーゼル : これは非常に驚くことです。以前、スイスの子どもたちがみんな学校用ノートを持つのが当たり前だったように、例えば途上国のウルグアイでは、子どもたちはある年齢に達すると、簡易なラップトップを持つようになります。こうして平等な機会を子どもたちに与えているのです。
swissinfo.ch : 最近の調査では、スイスの全人口の3%が所有する純資産は、全人口の半数が所有する純資産に等しいことが分かりました。ここ数年は貧富の差が広がっていますが、なぜでしょう。
ファーゼル : 問題は確かに存在し、スイスの富の分配が不公平になったからです。本来、スイスでは貧困を抱える「必然性」がありません。資金は山ほどあるのですから。これは単に富の分配の問題なのです。
ですから、企業は充分な給与を支給するように配慮するべきでしょう。一家の総収入が3000フラン ( 約25万2000円 ) を越える程度しかない場合はとても生活していくことができません。労働者が生活できないような給料を支給されたために、国から補助金を給付してもらわなけらばならないような仕事を企業は与えてはならないのです。
swissinfo.ch : 会議では、貧困と年齢の背後関係について話題になりませんでした。それはなぜですか。
ファーゼル : 大きな会議では、話題に上らずに終わってしまうテーマが常にあります。貧しい人たちは長生きしないことはみんなよく知っていますが、貧困と健康の背後関係についても、今回は話題になりませんでした。
さらに多くのテーマについて話し合うためにも、政府は少なくとも2年に1度はこのような会議を召集し、その間に積極的に貧困対策に取り組むべきです。このような貧困問題について話し合う機会が無くなってしまわないように、わたしは、カリタスを代表する立場から徹底的に支援していきます。
スイス社会保障会議 ( SKOS ) は、貧困を定義するために基本的な生活費、保険料、住居費の三つの要素を考慮し、家族構成別に貧困層の収入を算定している。
貧困層の家族収入
独身者 - 2300フラン ( 約19万3000円 )
親1人、子ども2人の家庭 - 3900フラン ( 約32万7000円 )
両親、子ども2人の家庭 - 4800フラン ( 約40万2000円 )
連邦統計局 ( BFS ) がスイス社会保障会議の定義に基づき算出した、2007年の就労世代の貧困率は約9%。
スイスでは、社会保障受給者や、仕事をしていても自活するために必要な収入を得ることができない「ワーキングプア ( 働く貧困層 ) 」が貧困層に属している。
2008年のワーキングプアの割合はスイス全人口の3.8%。社会保障受給者は2.9%。
1. 各州が貧困層の状況を報告する。効果的な政策を行うために途中経過を報告する。
2. 労働市場において既存の対策が上手く機能するように、各機関の統合対策を強化する。
3. 自活に充分な給与を労働者に対して支払うよう、企業が責任を持つ。
4. 失業者が再度就職できる機会が持てるよう、社会福祉企業を増やす。
1955年、フライブルク/ フリブール( Freiburg/Fribourg ) 生まれ。
2008年10月に救援機関「スイス・カリタス ( Caritas Schweiz )」のディレクターに就任。
1991年から2008年まで国民議会 ( 下院 ) 議員 ( キリスト教社会党・CSP/PCS ) 。
経済学者であり、労働組合活動家としての経験を持つ。
( 独語からの翻訳、白崎泰子 )
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