スイスの樹木葬
スイスでは、キリスト教が定める11月1日の「諸聖人の日」に墓参りに行く習慣がある。この日を機に自分や親族の葬儀について見つめ直す人もいるだろう。伝統的な宗教から人の心が離れていく現代、従来の儀式にとらわれない新しい形の埋葬を望む人がでてきた。
生前に選んだ森の木の根元に遺骨を埋葬する樹木葬を提唱するのは、ウーリ・サウターさんだ。スイスドイツ語圏を中心に62カ所の森の使用権を取得し、樹木葬用の木を売っている。一般人が散歩する森に眠る人はこの9年間で、1000人以上に上ったという。
別な形の散骨
イギリスに住んでいた友人が生前、遺骨となったらスイスに帰国したいと遺言を残したことがきっかけとなって、樹木葬の発想が生まれたという。サウターさんの父親は墓石職人だった。そのため「人の死や墓地が子どもの頃から身近にあった」という。サウターさんは会社「フィリートヴァルト ( Friedwald ) 」を通してスイスで初めて樹木葬を実現した。社名は、ドイツ語で墓地を意味するフリートホーフ ( Friedhof ) と森を意味するヴァルト ( Wald ) の造語だ。
スイスでは、土葬も火葬も可能だ。土葬の場合、キリスト教の教会や自治体が経営する墓地に棺のまま埋葬される。火葬の場合も細かく砕かれた遺灰は、墓地に埋葬されることが多いが、遺族が家に保管したり、庭に埋葬したりするのは自由だ。「自分が死んだら海にでも散骨してほしい。しかし、残った家族の意見も尊重しなければ。墓が無いと寂しいと思うのは遺族だから」( ルチア・ブラックさん/55歳 ) といった要望を持つ人がサウターさんに問い合わせるという。
「あくまでも森だから」墓地のように花を飾ったり、供え物をあげることはできない。「木は自然の成り行きで伸びていく」ので手入れは不必要という。
「樹木葬を望むのは、墓の維持という負担を家族にさせたくないというのが大半の理由ですね。また、自分の好きな人と一緒に埋葬されることも魅力です。一般墓地では認められていない、同性愛者同士やペットと一緒に木の下に眠ることもできますから」
サウターさんの提供する森では、1本の木に10人まで埋葬することを許しているという。
死を見つめたとき
選べる木は、モミジ、ブナ、カラマツ、ポプラなどの広葉樹。針葉樹は害虫に侵されやすいため避けている。木には分かりやすいようにアルファベット2文字で印が付いている。希望によっては死者の名前を彫った小さな丸い茶色のタグを木にくくりつけることができる。木はフリートヴァルトが創立された1998年から99年間、墓標としての利用が保障されている。枯れてしまったら新しい木が植えられる。スイスの一般的な墓地では、個人用の墓の場合、約25年で整地されてしまう。期間が短すぎて、遺族が墓参りできなくなってしまうといった事態もあることを考えると、樹木葬はこの点でも魅力があるとサウターさんは言う。
「近くの住民も、肯定的に受け入れてくれている」
とサウターさんは言う。チューリヒ州郊外で、樹木葬の森の近くに住むペトラ・ジリクマンさん ( 40歳 ) も
「ウォーキングで行く道に標識があったので、場所は知っています。気味悪い ? それって日本の宗教的問題ですか ?」
とまったく問題ないようだ。
「わたしは子どもがいないし、良い考えかも。これまで埋葬については真剣に考えてこなかったけれど、ただ、木の値段が4900フラン ( 約50万円 ) はとっても高いように思います」
値段が高いという感想は、例えばチューリヒ市の場合、埋葬費用は市が基本的に全額負担することが背景にある。
フリートヴァルトは、埋葬の際に木の根元を掘り、埋葬に使う小さなシャベルをその横に添えるだけ。葬儀のすべては遺族に任されている。
「父の最後の希望を叶えてあげられて良かったと言った遺族の言葉が印象的でした」
とサウターさん。遺族は葬儀を創造力で作り上げることが大切だと強調する。
スイスでも死を直接見つめたり、考えたりすることはいまだにタブーだ。サウターさんの構想に興味を持ち、森を訪ねた夫婦で、男性の方がが恐ろしくなったのか森から飛び出したきり二度と連絡してこなかったということもあったという。一方でフリートヴァルトをまねた会社も出てきた。1999年から日本でも一部の寺で樹木葬は行われている。人間より寿命の長い木に自分の死後を託すことを魅力とする人が出てきたことは、生と死に対する自由な思想が広がる現代社会の洋の東西を問わない現象のようである。
swissinfo、佐藤夕美 ( さとう ゆうみ )
フリートヴァルト
1999年から99年間保障。
木の値段は4900フランから9900フラン ( 約50万~100万円 ) まで。
葬儀料金 200フラン ( 約2万円 )
1本の木に10人まで埋葬可能。
スイス全土に現在62カ所の樹木葬用の森の使用権を所有。
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