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フランス人学者の考察 原発事故は元に戻れない大惨事

マスクをして下校する福島県南相馬市の生徒。子どもたちにとっても、原発事故で日常がそれ以前の日常とは違うものになってしまった Reuters

日本では、「原発ゼロ」を2030年代に目指す新エネルギー政策が注目される昨今、スイスのヴァレー/ヴァリス州サン・モリス(St- Maurice)で先週7日、8日、原発事故などの大惨事(カタストロフ)を哲学的・社会学的に考察する講演会が開催された。

フランス人の社会人類学者フレデリック・ルマルシャン教授は、この講演者の1人。チェルノブイリ(主にベラルーシ)に15年間定期的に通い、住民に聞き取り調査を行った。

原発から60キロメートル離れた地域から始め徐々に原発に近づき、最終的には半径30キロ圏内の立ち入り禁止区域にも入った。そこで明らかになったのは「原発に近づけば近づくほど、住民は運命だとあきらめてそこで生産されるものを食べている」という事実だった。

しかし、日本では「逆に原発反対の勢いが盛り上がっているようだ」と感じるルマルシャン教授は、今回の講演2日後に日本に向け出発した。

社会人類学者として、「日本でも現地の人々から直接話しを聞きたい。そして私のチェルノブイリでの経験が少しでも役立てばうれしい」と語る。

swissinfo.ch : チェルノブイリやフクシマのような原発事故は、ほかの事故や災害とはまったく違うということですが、どう違うのでしょうか。

ルマルシャン : 原発事故では「継続する線的な時間の流れ」が切断されてしまい、「元に戻れない」ということが、ほかの災害と大きく違うところだ。もともと大惨事(カタストロフ)という言葉は、ギリシャ語からきていて時間の継続性が切断されるが、またそれ以前の状態に戻ることを意味する。

戦争でも自然災害でも、それは一度起こってもやがて傷は癒え、建物は再建され、トラウマは消えさる。東日本大震災の津波災害でも死者は多く、家屋やインフラも破壊された。だが100年後には木々が伸び家が建ち元のようになる。ところが原発事故では、この「元に戻る」ということがない。または「終わりがない災害」と言える。

チェルノブイリの半径30キロ圏内は元に戻らない「失われた土地」。なぜなら、放射性物質は何世紀にもわたり消えることがないからだ。現在チェルノブイリの30キロ圏内では、動植物が「放射能による独自の生態系」を形成している。

また、原発事故では「修復ができない」ということが、ほかの災害とは違う。いくら資金や技術を投入しても修復できない。なぜなら、例えばチェルノブイリでは除染は不可能だと分かったからだ。

swissinfo.ch : 健康面でも「継続する線的な時間の流れ」が切断されるのでしょうか?

ルマルシャン : チェルノブイリでは、子どもも大人も毎日、今日こうしている間も健康を害し続けている。

フランスの細菌・生化学者ルイ・パスツール以降の概念だが、「病気にかかるがしばらくしたら回復する。また病気にかかるがまた回復する」という「繰り返されながら継続する線的な時間の流れ」というものがある。これが原発事故では切断される。つまり(微量被曝を、特に内部被曝を食物などを通して受け続けることで)果てしなく健康を害し続けるからだ。

例えばセシウム137では、徐々に体内に蓄積され、がん以外でも、神経系、内臓、造血機能に打撃を与える。特に心臓疾患は子どもに多く、10歳ですでにスポーツが出来なくなる場合もある。そしてこの心臓疾患を一生抱えていくことになる。

swissinfo.ch : こうした、元には戻れない、人類が経験したことのない大惨事は「計算できるリスク」に頼るからだと述べられていますが、詳しく説明してください。

ルマルシャン : 「計算できるリスク」とは、統計モデルを使って危険を計算し予想するもの。保険会社のリスク計算や、政府や企業などが一般にセキュリティー対策に使うものだ。

ところが、チェルノブイリ原発事故は、モスクワから来た原発の安全検査をする技術者が冷却装置を止める実験をして、コントロールできなくなっていって爆発したものだ。こうした、ある日技術者が来て実験し大災害を引き起こすということは、「計算できるリスク」外のことだった。

フランスの原発もある日、飛行機が墜落して大惨事を引き起こすかもしれないということは「計算できるリスク」外のこと。フクシマの原発事故も、計算されたリスクモデルを超えた高さの津波に襲われた。

世界の原発産業は、この「計算されたリスク」のコンセプトに頼りすぎる。この「計算されたリスク」に頼ることで、ほかのリスクを排除してしまうという過ちを犯す。

言い換えれば、「計算されたリスク」モデルこそが大災害を引き起こすのだと言うことだ。

では、どうすればよいのか?それは、大惨事を予想できる「新しい想像力」を活用することだろう。

swissinfo.ch : 最後に、ドイツが3・11後に脱原発に舵を切ったのに対し、フランスはほとんどこうした動きがありません。このことをフランスの学者としてどう捉えますか。

ルマルシャン : フランスは「核の中毒」に陥っている国。75%の電力を原発に頼っている。従ってこの国はそう簡単に原発から抜け出せない。

スイスでは原発に反対する人々が「原発にリスクゼロはありえないから、原発をやめるべきだ」と主張していると聞く。ところがフランスではチェルノブイリ以降90年代になってから、政府関係者や原子力産業アレヴァ社(Areva)などが同じ表現を使い、「原発にリスクゼロはありえない。チェルノブイリが起こったからだ。しかし安い電力を供給している高度な技術の産業なのだから、事故もある程度は容認しなくてはならない」といった方向の発言を始めた。

ただ、2035~2045年ごろから、原発に頼っている国は徐々に原発から抜け出す方向に移行することがすでに予想されている。ウランがなくなるからだ。

それに向けた動きはフランスでも少しずつだが確実に起きている。日本に遅れを取っているだけだ。

2000年1月、社会学の博士号取得。テーマは「産業社会の社会人類学―リスク、カタストロフ、文化遺産及び持続する発展」

現在、「フランスのカエン大学(Université de Caen)のリスクに関する研究センター(CERReV)」で、環境と健康に対する産業・技術のリスク研究の責任者。また同大学で環境とリスクに関する社会人類学を教える。

ヨーロッパのリスク研究所の共同創設者でもあり、また「遺伝子操作の独立情報研究機関(Criigen)」の科学委員会のメンバーでもある。

ジュネーブのプレスクラブ「クラブスイス・ドゥ・ラ・プレス(Club suisse de la presse)」が、毎年開催する哲学の講演会。今年は7年目。

 

ことしのテーマは「大惨事(カタストロフ)、それは一つのチャンスになり得るか?」。

9月7日、8日の両日にわたり、約30人の哲学、社会学、心理学、経済学、人類学などの専門家がそれぞれの分野から現代の大惨事について考察した。

チェルノブイリ、フクシマの原発事故に関しては、講演者30人のうち5人がテーマとして取り上げた。

開催場所は毎年、ヴァレー/ヴァリス州のサン・モリス(St-Maurice)。

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