女性定年年齢 今度こそ引き上げなるか
スイス政府は女性の定年年齢を1歳引き上げ、男女同一の定年年齢を実現しようとしている。先進国の多くは既に同様の年金制度改革に踏み出したが、スイスでは過去2回、女性定年年齢の引き上げに失敗。政治的に異論の多い課題となっている。
年金受給開始年齢が先進国の中で最も遅いのが、北欧のノルウェーとアイスランドだ。両国は2000年代後半、男女同一の定年年齢を定めた法律を施行し、67歳まで働かないと満額の年金が受け取れない。
スイスの定年年齢は女性が64歳、男性は65歳だ。スイス政府はかねてこの男女差をなくし、男女同一の定年年齢を実現しようとしてきた。経済協力開発機構(OECD)もこれを支持外部リンクする。
全州議会(上院)は15日、この内容を盛り込んだ年金制度改革案「AHV 21」を可決した。上院は、制度改革の必要性は疑う余地もないが、議論すべき点はまだ多いとした。
日本の国民年金に当たる老齢・遺族年金制度(AHV)は、スイスの年金制度「3本の柱」の1つ目の柱。スイスに定住している人、もしくはスイスで働いたことのあるすべての年金受給者に最低限度の生活を保証することを目的とする。しかしAHVは賦課方式のため、数年前から財政収支が悪化。「ベビーブーム」世代の退職に伴い、状況は今後数年でさらに悪化するとされる。連邦内務省社会保険局は、AHVの赤字は10年後には230億フラン(約2兆7千億円)を超えると予測する。
解決策として登場した改革案「AHV 21」は、付加価値税(VAT)の引き上げ、女性定年年齢の65歳延長、そして女性定年年齢の引き上げに伴う補償措置の導入を主な柱とする。連邦政府はこれにより2023~31年の間に合計100億フランの歳出削減を目指す。
定年66歳への道のり
現在のスイスの女性定年年齢はOECD平均外部リンクをわずかに上回る。18年のOECD平均は女性が63.5歳、男性が64歳強だった。
しかし、近年は人口の高齢化と財政赤字の増加により、大半の国が定年年齢の引き上げを決定。強い反対に遭うことも珍しくなかった。
完全賦課方式の年金制度は、人口動態の変化に大きく左右される。そのため、スイスのような混合型の制度に比べ、より早い時期に、より強い財政圧力を受けた。スイスでは第1の柱のみが賦課方式で、第2、第3の柱は積立方式だ。
その国の事情にもよるが、今後の年金制度改革は多少なりとも進歩的で、抜本的なものになると予想される。例えばOECDは、デンマークとオランダの定年年齢が将来的に男女ともに70歳以上に引き上げられる可能性を示唆する。また、OECD加盟国における平均定年年齢は、60年までに女性が65.7歳、男性が66.1歳へと段階的に引き上げられる見込みだ。「AHV 21」が可決した場合、スイスの平均定年年齢はこの水準を若干下回ることになる。
消える定年年齢の男女格差
この傾向から分かるのは、ほとんどの国で定年年齢の男女格差が解消されてきているということだ。OECD加盟国、G20参加国の中で、女性の定年年齢が男性より低い国は現在19カ国ある。
現在はOECD加盟30カ国のうち、男女でまだ定年年齢に差がある国は、スイスを含め5カ国しかない。OECD非加盟国のアルゼンチン、ロシア、中国、ブラジルでは男女差が5歳だが、ルーマニアは2歳に縮小する予定だ。
年金制度は「家父長制」?
この国際比較から分かるのは、スイスの改革案が「あまり野心的ではない」こと、そして定年年齢の男女格差は是正する必要があることだと、シンクタンクのアヴニール・スイスでスイス西部部門責任者兼社会政策研究課長を務めるジェローム・コサンデー氏はswissinfo.chに語る。
「この格差を是正していない他のOECD加盟国はポーランド、ハンガリー、イスラエル、トルコの4カ国だが、これらの国は男女平等についてもあまり模範的とは言えない」
スイスにおける政治的議論の中心は、人口の半分を占める女性にだけ影響する年金制度改革が公平かどうかという点だ。男女別の定年年齢が導入された背景には、「非常に家父長的な」制度があったと、コサンデー氏は指摘する。
同氏によれば、1948年にAHVが導入された当初、定年年齢は男女ともに65歳だった。71年に女性参政権が導入される前の57年と62年の年金制度改革で、女性の定年年齢は63歳に、次に62歳へと引き下げられた。
当時の連邦政府はその理由として「女性の方が寿命は長いが、生理的に不利な立場にいる」と述べている。
97年の年金制度改革でようやく、女性の定年年齢を62歳から64歳に段階的に引き上げることが決定した。引き上げの代わりに女性には補償措置が用意された。
女性の年金受給額は男性より少ない
女性定年年齢の引き上げに反対しているのは主にフェミニスト、労働組合、左派の政治家だ。例えば社会民主党は、年金制度改革が「女性の背後で」行われていると批判する。
「この年金制度改革案は男女平等への1歩とされるが、まずは労働環境における男女格差を解消しなければならない。この点でスイスは大分遅れている」。公共サービス労働組合の中央書記長で、フェミニスト活動家のミケーラ・ボヴォレンタ氏はそう語る。また、そのような対策はかえって男女格差を広げることになりかねないと指摘する。
男性より低い給料、女性に多いパートタイム労働、途切れやすいキャリアパス、(実績があっても一定の職位以上に女性が昇進できないことを指す)「ガラスの天井」、家事の不公平な負担――。「こうした不平等はすべて、労働生活の中で蓄積されてきたものであり、今も存在している。だから女性の年金額は男性よりもはるかに低い」(ボヴォレンタ氏)
このような不平等の影響で、女性が企業年金(第2の柱)や個人年金(第3の柱)に加入する機会は限定的だ。実際、貧困高齢者に占める女性の割合は圧倒的に高い。
女性の年金受給額はOECD平均外部リンクでは男性よりも25%低く、スイスでは約33%も低い。OECDは、この格差は今後も「高水準を維持するだろう」と予想するが、「労働市場における女性の状況が改善されれば、格差は縮小する」とも述べている。
すでに2回否決
連邦政府は「賃金格差の問題を注視している」とする一方、賃金格差は女性の定年年齢問題と切り離して、「問題の原因に取り組まなければならない」と主張する。
女性定年年齢の引き上げに関しては、連邦政府は薄氷を踏む思いでいる。これまでの改革案がすでに2回失敗しているからだ。初の改革案は11年に連邦議会で否決された。そして2度目の改革案「老齢年金2020」は17年に国民投票で否決された。世論調査によれば、老齢年金2020は女性が激しく反発していた。
「AHV 21」は15日、連邦議会で議論が始まった。議会では同案とセットの補償・移行措置について話し合われる予定だ。
「これは、現実政治に向き合うための練習になるだろう」とコサンデー氏は言う。年金改革を成功させるには、改革の影響を直接受ける人々を取り込む必要がある。直接民主制で最終的な決定権を持つのは国民だからだ。
(独語からの翻訳・鹿島田芙美)
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