生きることに疲れ 死を望む高齢者たち
スイスの二つの自殺ほう助団体エグジットとエグジットADMDが、ほう助の適用範囲を拡大しようとしている。不治の病以外の苦しみに耐えている高齢者も、ほう助の対象としたい考えだ。だが医師や倫理学者は、この拡大で自殺ほう助が乱用されるのではないかと危惧している。
5月24日、スイスのドイツ語圏で活動する自殺ほう助団体エグジット(Exit)の総会がチューリヒで開かれた。会員約700人によって対象の拡大が承認され、団体規定に「高齢が引き起こす病気を理由とした、死の選択の自由を尊重する」という記述を追加し、そのための活動に乗りだすこととした。
スイスは、医師の診断書があるなどの条件付きではあるが、すでに自殺ほう助を容認している世界でも数少ない国であるだけに、エグジットのこの発表は衝撃を与えそうだ。現行の「医療的判断に基づく自殺ほう助」は民間組織によって行われているため、政治の場ではこれまで幾度となく禁止や規制、または自由化が議論されてきた。しかし今のところ、政府の刑法改正の試みは成功していない。
一方で自殺ほう助団体は、不治の病や耐え難い痛みに苦しむ人たちでだけでなく、日常生活の障害となる複数の病気を持つ「複合疾患」の高齢者からの助けを求める声に直面している。
自殺ほう助を希望する人が医師から致死薬の処方箋を受け取るためには、総合的な身体機能・心理的検査を受けなければならない。「ところが、90代の高齢者は、40代の人と同じようにはこのような検査に耐えることができない」と言うのは、ドイツ語圏のエグジットのベルンハルト・ズッター副会長だ。「医師が患者の(死にたいという)意思を理解するために、患者がこれまでに受けてきた身体機能検査を、また一からやり直さなくてもよいと思われるケースは多い」
医療検査の簡素化
エグジットが議論にしたいのは、まさにこの医療検査の点だ。「『高齢による自己決断による死』とでも解釈できる『フライトート(Freitod)』というドイツ語があるが、私たちは、医師に致死薬を処方してもらうために受けなければならない検査を簡素化、改善しようとしているのだ」とズッター氏は強調する。
実際、この検査の問題で法廷での答弁を余儀なくされたヌーシャテルの医師の例がある。規定される全ての検査を実施せずに、80代の末期がん患者に致死量の薬物を処方したためだ。この医師は4月末に無罪判決を受けている。
スイスは自殺ほう助を禁止しない、世界でも数少ない国の一つ。唯一、利己的な動機で誰かの自殺に手を貸した場合のみ罰せられる。積極的安楽死は禁止されている。
自殺ほう助団体は、「ほう助を依頼する人は、正常な判断能力を持ち、医師の診断書があり、死にたいという意思表示が長期にわたって認められ、自殺以外の選択肢があることを理解していなくてはならない」としている。
オランダは、厳格な条件下での医師による自殺ほう助を許可している。
薬物による自殺ほう助は、米国のオレゴン州、ワシントン州、モンタナ州でも認められている。
フランス語圏も修正に追随
一方で、フランス語圏のエグジットADMD(Exit A.D.M.D)(ドイツ語圏のエグジットと同一組織ではない)でも、規約中の自殺ほう助の申請条件に「高齢に付随した、日常生活に支障をきたす複合疾患」を追加したと、社長のジェローム・ソベル氏は述べる。両組織は、現代社会の要求に応え、また死に至るとは限らないが慢性疾患の患者の苦しみを取り除くためには、「病気の末期」や「死を目前にしている」という現在の基準は厳格すぎるという考えだ。
「末期がんだけではなく、ひどくなるばかりの難聴や、失明、失禁に長期にわたって耐えなければならないこともまた、非常な苦しみだ」とズッター副社長。ソベル氏は、患者の苦痛を止めることは医師の務めの一つだと考える。「だが、全ての医師が私と同意見だというわけではない」と続ける。また、可能な限りあらゆる医療上の治療手段を試みないことは、人に対し適切な扱いを行わないという意味で「虐待」に等しいと考える医師の多いことも指摘した。
スイスのフランス語圏のエグジットADMD(Exit A.D.M.D./尊厳ある死への権利のための組織)の会員数は、ジェローム・ソベル社長によると現在約1万9千人。2013年末には1万8564人で、前年の1万7690人から874人増だった。
会員の68%が女性で、57.5%が51~75歳。75歳以上は34%、50歳以下は8.5%。
2013年の自殺ほう助依頼は252件で、そのうち155件が実行された(2012年は144件)。ほう助の場所は、依頼者の自宅141件、高齢者向け医療福祉施設10件、病院4件。
一方ドイツ語圏のエグジットには2013年に5千人の新会員が加わり、総会員数7万2千人。
2013年の自殺ほう助件数は459件(女性267人、男性192人)。2012年比で103人増、2009年比では292人増。
自殺ほう助を受けた人の平均年齢に変化はなく、77歳となっている。
459件のうち、40件がエグジットの所有する建物内、35件が老人ホーム、残りは依頼者の自宅で行われた。
同団体会報の最新号には、「会員の増加は、医師の診断書で証明される重病に苦しんでいるという理由でますます多くの人が自殺ほう助を検討していることを示している」とある。
自殺ほう助依頼の理由で最も多いのは、がん(178件)。その他には、高齢と複合疾患によるもの(97件)、心臓病(17件)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)(8件)、脳卒中(9件)、パーキンソン病(16件)、精神疾患(10件)や苦痛(37件)など。
「別の選択肢を提案」
処方箋にサインをするのは医師であることから、やはり医師の役割が重要になってくる。だが医師たちはエグジットの意向に対して、非常に慎重な姿勢をとっている。スイス医師会(FMH)のユルグ・シュルップ会長は「高齢者が生きることに疲れたと感じることがあるのは理解できる」。しかし、「そういった高齢者に、例えば緩和ケアや治療の追加、新しい支援方法などを提案すると自殺願望が消えてしまうことがよくある」と言う。
シュルップ氏は、(自殺ほう助の対象者が拡大されることで)自分の家族や周囲の負担になっていると感じた高齢者が、エグジットに助けを求めるのではないかとも危惧している。これに対し、チューリヒで行われたエグジットの総会では、サスカ・フライ社長が「私たちは、高齢者が家族からのプレッシャーや相続問題から自殺ほう助を求めないよう、細心の注意を払っている。少しでも疑念があれば、依頼を拒否する」と断言している。
「医師会はエグジットの規約修正を容認はするかもしれないが、支持はしない」とシュルップ氏はコメントする。また、自殺ほう助が拡大しすぎることへの懸念も隠さない。「スイスではすでに、自殺ほう助という世界でも最もリベラルな解決策の一つが認められている」と念をおす。
スイス医師会では、死を目前にした患者を診る医師の立場に関して、スイス医療学アカデミー(ASSM)の次のようなガイドラインを採用している。「スイスで現在行われている、自殺ほう助の一般規定以上に厳格な基準を満たした場合に、例外的に薬物による自殺ほう助の可能性を認める」。医師会は2014年初めの会報で、再びこの点に注意を促している。
一方スイス医療学アカデミーは「自殺ほう助の件数が増加していることは社会全体の責任であり、その責任を医師に負わせることはできない」と強調する。そして、自殺ほう助の条件に関する本質的な議論がなされることを求めている。
現行基準は変わらず
新しく対象者が拡大されることで、すでに急増している自殺ほう助の依頼がさらに増える恐れはないのだろうか?「そんなことはない」とズッター氏。「現行の条件が緩和されるわけではないからだ。つまり、自分の人生に別れを告げたいと思う人は、まず判断能力がなければならない。そして自殺願望の意思を長期にわたって伝えていて、一つあるいは複数の病気にかかっていること、自殺以外の他の解決法があることを知らされていることが条件だ」
エグジットは今のところ、致死薬の処方箋を入手するために事前に受けなければならない医療検査に関する法改正を、すぐに要求する構えはない。まずは、ワーキンググループが設置される予定だ。
だがズッター氏は、社会の高齢化に伴い、自殺ほう助の「自由化」は避けられないだろうと言う。「これから高齢者になるのは、それまでの人生で常に『自己決定』しながら生きてきた人たちだ。人生の夕暮れ時に、自分で決めることをあきらめたりはしないだろう」
そして「致死薬の処方箋の半数以上はすでに、自殺希望者の家庭医によって出されている。これは大きな展開だ」と指摘する。エグジット側もスイス医師会と同じく、現在スイス医療学アカデミーによって約5千人の医師を対象に実施されている医療的な自殺ほう助に関する調査結果を待ち望んでいる。結果は今秋に発表される予定だ。
(仏語からの翻訳 由比かおり、編集 swissinfo.ch)
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