インクルーシブ教育の成功
スイスでは障害を持つ子供の多くが通常の学校に通うが、そこには大きな地域差がある。それでも専門家たちは、障害の有無に関わらず同じ教育を受けるインクルーシブ教育がスイスではうまくいっていると話す。
カルメンちゃん(5歳)はダウン症児だ。ドイツ語圏のアールガウ州レンツブルクの幼稚園に通う。そこに至るまでに、カルメンちゃんの両親は弁護士に相談しなければならなかった。アールガウ州当局は特別教育施設に入れることを勧めたからだ。
「多くのエネルギーを費やし、決断し交渉しなければならなかった」。父親のエリック・カサノヴァさんはドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)の取材外部リンクにこう振り返った。「スイスで普通の幼稚園に週5日通わせるために弁護士を雇わなければならないのは残念なことだ」
SRFによると、アールガウ州で特別支援学校・学級に通う生徒は4.6%と、平均の3.4%より高い。スイス全26州で1.2~5.7%とばらつきがあり、ルツェルン州は1.8%だ。
SRFの番組は、11歳のダウン症の女の子が特別支援教育士の支えを受けながら普通学級に溶け込んでいる様子をリポートした。
インクルーシブ教育に対しては、他の子供の学習が遅れるとの批判がある。だが番組に登場した特別支援教育士は、この学校ではそうした事態は起きていないと断言した。
生活する地域で
スイスで障害がある子供が通常の学校に行けるかどうかは、どこに住んでいるかによって決まると言っていい。教育は州の管轄外部リンクで、特別支援教育のあり方も州が決めるからだ。26州それぞれ異なる仕組みと法律を持つ。
この現状に異を唱えるのはパスカル・ブルダラー上院議員外部リンク。スイスの障害者団体の上部組織「インクルージョン・ハンディキャップ外部リンク」の会長を務める。「スイス連邦憲法外部リンクや連邦法である人・障害者差別解消法外部リンク、スイスも批准する国連の障害者権利条約外部リンクは、どうあるべきかを明確に示している。選択の自由がなければならない」
ブルダラー氏は障害を持つ子供全員に通常の学校に通う機会と選択肢がなくてはならないと主張する。各州に改善を求め、特にスイス教育長会議外部リンクに対応を迫る。
同会議のシルヴィア・シュタイナー議長は「さまざまな理由から入手できるデータに限りがあり、各州の実情を正確に比べることができない」とSRFにコメントした。現在、連邦統計局とともに新しくデータ集めに奔走しているのもまさにそれが理由だという。
残る課題
アールガウ州のアレックス・ヒュルツェラー教育長外部リンクは、州の教育制度を擁護する。「95%の子供を普通学級で教えることができていれば、及第点だ」とSRFに語った。割合の問題ではないとはいえ、普通学級でできることを個々のケースで学級外に広げていけば、特別支援学校と通常の学校の垣根は低くなると話す。
特別支援教育応用科学大学外部リンクのバーバラ・フェー学長は、できる限り統一された教育を施すべきだが、分離が必要な場合もあるとの考えだ。学校にはさまざまなタイプの生徒が通う。障害のある子もいれば優れた才能を持つ子もいるし、苦手な科目も算数だったり読み書きだったりドイツ語の発音だったりとバラバラだ。大切なのは子供の福祉と成長で、それには色々な解決策が必要だとSRFで語った。
フェー氏は、こうしたさまざまなニーズ全てに教室の中で対応するのは関係者にとって大きな難題だと話す。教師たちは特別支援教育士のサポートを受けることができるが、こうした資格者の数はまだ少なすぎるという。学校は社会を映す鏡であり、あらゆる人の統一という点についてはまだまだ向上する余地がある。
カルメンちゃんが幼稚園を卒園したあとどんな学校に行くのかはまだ分からない。カルメンちゃんが成長していくように、スイスのインクルーシブ教育も変化しようとしている。
(英語からの翻訳・ムートゥー朋子)
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