スイスでイスラム寺院の尖塔「ミナレット」の新設を禁止するイニシアチブ(国民発議)が国民投票で可決されてから10年。当時の議論と、この10年で何が変わったかを振り返る。
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同案にはスイス国内外の多くの政治家や教会、イスラム教組織が反対したにも関わらず、2009年11月29日、国民投票では賛成票57.5%で可決された。
禁止案を支持したのは保守系右派のスイス国民党(SVP)と、キリスト教系で国民保守主義のスイス民主同盟(EDU)だけだった。彼らにとって、ミナレットはイスラム教徒による宗教的政治力への要求の象徴だった。禁止案の可決は誰も予想していなかったことで、政治的な大事件となった。
それから10年。スイスでイスラム教徒の数は増え続けている。ミナレットのないモスクの新設も多くの州で断行された。
イスラム教はスイスで3番目に多い宗教だ。信者は45万人にのぼり、出身や宗教に対する姿勢は非常に雑多だ。約350の利益団体があり、300カ所の祈祷施設が広がる。うちミナレットがあるのは2009年より前に設置された4カ所だけだ。
スイスでイスラム教は公式に認定された宗教共同体ではない。ミナレット禁止投票のあと、26州のうち2州でブルカの着用が州民投票を経て禁止された。連邦レベルでは、全州議会(上院)が、ブルカ禁止のイニシアチブ(国民発議)について近々議論をする。
現状は落ち着いていると言っていい。10年前に賛成派・反対派双方が恐れていた事態は実現しなかった。果たして、2009年に両サイドがどんな議論を交わしていたのか振り返ってみよう。
賛成派:イスラム化を防ぐ
2009年11月の国民投票の賛成派は、ミナレットの新設禁止によって「スイスのイスラム化の拡大を防ぐことができる」と主張した。ミナレットに「宗教的機能はなく」、コーランにも「ミナレットを義務付ける記述はない」と訴えた。
世界にミナレットのないモスクは数千カ所あり、ミナレットがなくともイスラム教の信仰上の習慣を妨げないというのも賛成派の論法だった。イニシアチブにより、「忍び寄るイスラム化」を食い止めたいと考えていた。
反対派:共存が保証されない
スイスイスラム教団体連盟(FIDS)外部リンクやスイスイスラム組織協調(KIOS)の主要メンバー当時、極右的な論争の中で人間の盾として使われることは断固拒否すると主張した。
スイスの司教会議も、ミナレットの新設を広範に禁止すれば、対話と相互尊重の中で異文化を互いに受け入れる気持ちが育たなくなると警告した。
連邦政府も、提案内容は当時進んでいた都市計画法改正で一部実現しており、イニシアチブを可決する必要性は薄いとの立場を表明した。
スイス居住者のうち38万人はイスラム教信者。最も多い信者は旧ユーゴスラビア諸国の出身で、5人に1人はトルコ系だ。現在イスラム教徒は人口の5.4%を占め、1990年に比べると倍増した。
(独語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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ティチーノ州では2016年7月以降、顔を覆い隠すベールの着用が禁止されている。同州の住民がそう決定したためだ。
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このイニシアチブでは、ベールなど、顔全体を覆うあらゆる衣服の着用をスイス全土で禁止することが求められている。発起人は、右派の政治家と活動家からなるグループ。彼らはスイスが「イスラム化」する恐れがあり、また顔を隠すことが治安問題につながると主張している。同グループは2009年、イスラム寺院の塔ミナレットの新規建設を禁止するイニシアチブを成功させ、国際的批判を呼び起こした。
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その結果、同裁判所はおよそ1年半たった7月8日、これを「欧州人権条約に違反しない」として却下した。
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ベールによる差別
イスラム過激派による各地でのテロ行為などに伴い、ヨーロッパでは10年ほど前から、イスラム教徒 ( 以下、ムスリム ) を対象に偏見、差別の風潮が広がり、「イスラモホビア ( ムスリム嫌いの意・ islamophobia ) 」という新語まで誕生した。ヨーロッパにはおよそ1500万人のムスリムが住んでいる。
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