クモ恐怖症?恐怖と付き合うコツを伝授!
クモを怖がる人は多い。適切な治療を受ければすぐに克服できるが、スイスでは相談先が少ないのが現状だ。ヴァルター動物園の「恐怖克服セミナー」をのぞいてみた。
セミナー室の窓越しにトラの姿が見える。中には6人の参加者が黙って座っていた。指をいじったり首に手を回したりしながら、講習が始まるのを待っている。張り詰めた空気はトラのせいではない。今日ここに集まったのは「クモ」という言葉を聞いただけで恐怖心をあらわにする人たちだ。
ヴァルター動物園の4時間のセミナーは、恐怖を克服する方法を紹介する。その過程で、体重180キロのアムールトラ、ビクトールにも目を向ける。講師を務める2人の生物学者の1人、エリア・ホイレさんは「大きな瞳をしたトラは、ほとんどの人がかわいいと感じる」と言う。しかしクモには、人間が相手の感情を読み取る目や鼻がない。これがクモに恐怖心を抱く理由の1つだという。
スイスには900種以上のクモが生息する。全く気にならない人もいれば、この小動物に魅了される人もいる。クモ恐怖症に悩む人は、バスタブや脱衣所にクモがいただけで、その日の流れが完全に狂ってしまうこともある。今回、チューリヒ大学とヴァルター動物園が共同で開催した同セミナーには、女性5人と男性1人が参加。子供の頃からクモが怖かったと皆口を揃えて言う。そしてクモのせいで日常生活に支障をきたし、一人暮らしは難しいという。トイレにクモがいるとそこに入れなくなるため、誰かがクモを駆除するまで職場で用を足す人もいるほどだ。当然、オーストラリアや南米への旅行は無理、野外キャンプなど論外だ。クモが出るかもしれないという恐怖が大きすぎるためだ。
セミナーを総括するハンナ・ジュースさんが本日の目標は何かと尋ねると、自己管理、コントロール、自分でクモを捕まえられるようになる、といった意見が出た。クモを思いやって「掃除機で吸い込んで殺すのではなく、外に逃がしてあげたい」と考える参加者が多いのは意外だった。ジュースさんは、それは十分達成できると保証した。チューリヒ大学病院精神科で上級心理士として働くジュースさんは、「恐怖克服セミナーでは、数時間のうちに改善が見られます。医療現場では、ここまで早く成果が出るのはまれ」と言う。このコントラストが、ジュースさんの日常生活とのバランスをうまく保っているそうだ。
参加者にとって、セミナーは恐怖との遭遇だ。しかし最大のハードルは、参加を決意し、朝きちんと起きてここに来ることだったとジュースさんは断言する。スイスではこの種のグループセラピーは少ない。参加者はドイツ語圏の各地から集まった人たちで、中には車で3時間もかけて東部スイスの緑豊かな丘にあるこの動物園まで出向いた人もいた。セミナーでは、クモの実物を見る前に、まず理論からスタート。逃避は恐怖を悪化させるとジュースさんは説明する。クモに遭遇すると、人は次第に恐怖心が強くなっていくのを感じ、それが延々と続くような錯覚に陥る。「そこで逃げるから、私たちの頭は恐怖が増幅するプロセスしか知らないのです」。逃げずにパニックの引き金となったクモに注意を向けると、次第に恐れが消えて行くのを実感できるという。
次は生物学者のファビアン・クリメックさんが「クモは害虫を退治してくれます」と続けた。「1ヘクタールの草原で、害虫も含め年間40~50トンの昆虫を捕食します」。チリ産のタランチュラの毒からは、心不全の治療薬に使う物質が抽出される。クモは有用動物であり、家畜であり、他の生き物の獲物でもある。例えばクモの体に卵を産み付ける寄生バチの幼虫は、孵化すると無力なクモの体を食い尽くして育っていくという。「スイスに危険なクモはいません。ほとんどのクモの牙は、私たちの皮膚を突き破ることさえ無理です」とクリメックさんは保証する。
こういった知識は、恐怖克服の手助けになっているようだ。参加者のウルジーナさんは、特にジャイアントハウススパイダーが怖いと言う。だが長い足に毛が生えたこのクモが、細くてか弱そうなユウレイグモに捕食されてしまうと聞くと、むしろ気の毒な気さえする。クモの写真が回覧されると、あちこちから「このクモ見たことがある!」という声が上がった。姉妹で受講した参加者を除く全員が初対面だったが、セミナーを通じて徐々に親近感が芽生えているようだった。そして脱皮したクモの皮、次にクモの死骸がセミナー室に持ち込まれたとき、グループの結束は一段と強まった。
参加者の帰属意識が強まり、少し度胸もついてきたところで、クリメックさんが「そろそろ生きているクモを見てみましょうか」と尋ねる。すると参加者のトビアスさんは「はい、喜んで!」と答えた。セミナーでは、クモの捕まえ方を次のように教えてくれた。まずプラスチックの容器を持って、風が起きないようにゆっくりとクモに近づく。次にその容器を上からそっとかぶせ、クモを閉じ込める。容器の端を少しだけ持ち上げて、隙間からゆっくりと厚紙を差し込む。するとクモは紙の上に乗るため、クモを傷つけることなく駆除できるというわけだ。講師の実演を見たウルジーナさんは、自分も試してみたいと申し出た。だが苦戦する彼女を見て、ジュースさんは「きちんとできていますよ」と励ましの声をかけた。やっと捕まえたクモが入った容器を片手に、ウルジーナさんは部屋の中をぐるりと一周した。窓の外では、既に閉館した動物園でトラが同じように檻の中を歩いている。そしてセミナールームは、暖かい拍手に包まれた。
参加者は目が充血し、見るからに疲れ切った様子だ。クモに対する恐怖や嫌悪感もあるが、緊張をほぐそうと無意識に何度も笑ったことも疲労感の原因だ。最終的には、クモを1匹も殺さずに全員がクモを外に逃がすことに成功した。
参加者らは、セミナー終了後も自宅で恐怖に打ち勝つ練習を続けるよう指導を受けた。同セミナーは2回目以降、半額で受講できるが、恐怖克服セミナーでクモ恐怖症と向き合った人で、再受講の必要があった人はほとんどいないそうだ。
セミナーでは、以下の「クモ神話」のベールがはがされた。
- クモは排水口から這い上がってくる:浴槽の中でクモを見つけた場合、それは排水口から出てきたのではなく、単につるつるとしたバスタブの縁から滑り落ちて外に出られなくなっただけだ。排水管の中で生きられるクモはいない。ほとんどの種はすぐにおぼれ死んでしまうだろう。
- 就寝中にクモが口の中に入る:人間が寝ている間に誤ってクモを食べてしまうことはない。クモは熱や空気の流れに敏感なため、たとえ眠っていても、人間との接触は避けるものだ。
- 掃除機で吸い込んだクモはまた出てくる:クモは吸い込まれた瞬間に死んでしまう。掃除機の紙パックの中にクモの死骸が見つからないのは、体がバラバラに分解してしまうためだ。
- クモが自分のことを待っている:クモは人間から逃げると、少し離れたところで一旦動きが止まる。これは人間の様子をうかがっているからではなく、単に呼吸が追いつかずに休む必要が生じるためだ。クモは、人間がクモに対して抱いている恐怖より、はるかに大きな脅威を感じているはずだ。
(独語からの翻訳・シュミット一恵)
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