職業訓練生の中退問題、タブー破り議論本格化
スイスの誇る職業訓練制度。国全体で3分の2にあたる若者たちが、義務教育の終わりにこの見習い制度を選択する。しかし、職業訓練生の中退率についてはこれまでほとんど公表されてこなかった。連邦職業教育訓練機構がスイスで初の調査報告書をまとめ、その実情に迫った。
スイスにおける職業訓練生の中退率は20〜25%に上る。ルカ・カターニさんもその1人。外食業界で職業訓練を始めたが、いじめや過酷な労働条件に耐えきれず中退を決心した。
実習先の会社の所有者が変わるという出来事が、カターニさんの決断を後押しした。「とても辛い体験だったが、きちんと終止符を打つことができた。転職することになったが、当時の状況ではベストな選択だった。今はとてもハッピーだ」と、カターニさんは振り返る。
職業訓練生の中退に関し、連邦職業教育訓練機構(SFIVET)がまとめたスイスで初の調査報告書外部リンクを受け、今月初めにベルンで会議外部リンクが開かれた。同会議にはカターニさんも中退経験者の1人として招かれスピーチを行った。
同報告書によると、中退が最も多いのは訓練開始後1年以内。ただ、中退者の50〜77%が中退後2〜3年内に職業訓練を再開している。
一方、職業訓練を再開せず、無資格のままの若者は10%に上った。この場合、生涯収入に推定約30万フラン(約3400万円)の損失が生じるとされる。また将来、生活保護の対象となる可能性が高く、その場合生じる行政への財政負担は1人あたり生涯で約15万フランと報告書では推定されている。
中退で生じる受け入れ先企業の負担額については、中退が早い場合は1人あたり1千フランと負担が比較的低い。
誰が、なぜ?
同報告書の筆頭著者外部リンクで社会学者のイレーヌ・クリエジさんによると、中退するのは女子よりも男子が多い。また、特定の業種で移民系の若者の中退率が高くなっているという。
「一つには言葉の問題がある。職業訓練生は週に1〜2日職業訓練学校に通う義務があり、学業も修めなければならない。当然、国語力等の成績が学校での成功、不成功を左右する」(クリエジさん)
クリエジさんは、移民系の若者の職業訓練制度への満足度は、特に旧ユーゴスラビア、トルコ、南欧諸国出身者の間で平均を下回るという別の調査結果を引き合いに出し、出身国によって差別されるケースもあるのではと推測する。
中退率の高い職種は外食業と美容師業で、外食業は主に不規則な労働時間やストレスの多い環境が、美容師は立ちっぱなしのため肉体労働的な面が強いこと、また化学製品も取り扱わねばならないことがネックとなっている。
雇用主の責任
報告書は、中退の原因が必ずしも実習生自身や人間関係のトラブルにあるとは限らないと結論づける。受け入れる側でも、特に小さな会社で対応に問題が見られる。
「ドイツのケースからも、大企業にはしっかりとした職業訓練制度があり、概して訓練の条件で勝ることが分かっている」(クリエジさん)
加えて報告書は、企業と実習生の双方が納得するマッチングを実現できるよう、希望する企業や職種についてもっと多くの情報を若者に与えることや、中退率の高い企業や業種を特定して改善の対象とするべきだと提言している。
前出のベルンで行われた会議に出席したスイス雇用主連盟(SAV/USI)外部リンクのヴァレンティン・フォークト会長は、その基調演説の中で、これまでタブーとされてきた職業訓練生の中退について討論が行われたことを高く評価した。
時期尚早?
フォークト会長は、スイスの仏語圏における中退率が独語圏に比べ高いことに触れながらも、今は報告書に出されたデータの分析中だとして「現時点で特定の地域や業種に問題があると結論づけるのは時期尚早だ」とスイスインフォに述べた。
また、学校はもちろん、親、受け入れ先企業、関係当局にも、生徒それぞれに合った職業探しの協力体制を求めている。
さらにフォークト会長は、自らも多くの実習生の指導外部リンクにあたった立場から、中退した若者が劣等感を持つようなことがあってはならないと述べ、中退を決める背景には様々な要因があること、中退は採用した側の気持ちにも負担を与えることを指摘した。
クリエジさんは、14〜16歳の早い段階で生徒がキャリアの選択を迫られる現状では中退は避けられないと考える。「実際にその職業を体験して初めて適性が分かる。ある程度の試行錯誤は当たり前のこと。早めに辞めて他の職種を探す方が賢明な場合もある」
報告書
連邦職業教育訓練観察センター(SFIVET)が職業訓練の早期中断についてその頻度、原因、影響をまとめた調査報告書外部リンク。同センターは、職業基礎訓練教育におけるトレンド分析を目的として新設された。
執筆チームは調査の一環として、連邦基礎訓練修了資格の取得を目指す2年コースを2012年に開始した一群の若者について、その経緯を調べた。職業訓練関連の統計は連邦統計局(BFS)外部リンクによるもの。これらの統計について単独報告書が公表されたのは2016年8月29日だった。
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(英語からの翻訳:フュレマン直美)
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