セクハラにあったらどうするか
スイスの国民議会議員ヤニク・ビュッテ氏が17日、不適切な性的振る舞いをしたとして議員辞職すると発表した。スイスではこれまで、セクハラ問題は「この国でそんなことが起こりうるのか?」という切り口で語られていた。だがこの事件が発覚して以来、「どう対処すればいいのか」に変わった。
政府によって委託された調査外部リンクによると、スイス国内の女性の28%が職場でセクハラを受けた経験がある。ただアメリカでのハーヴェイ・ワインスタインのスキャンダルやそれを受けて明らかにされた他の事件とは異なり、トップニュースとなることは稀だ。しかし、ビュッテ議員の事件や全世界的にソーシャルメディア上で展開されている#metooキャンペーンも手伝って、これまで基本的に個人の問題だとみなされてきた事柄が公の注目を集めることになった。
スイスの職場でセクハラにあったらどうすればいいだろうか?どのような現実的支援や法的手段が存在し、どの程度の効果があるのだろう?スイスインフォは、職場のセクハラに関する社員の権利と会社側の責任について、キーポイントをまとめた。
1.スイスでセクハラはどのくらい大きな問題なのか?どの程度まん延しているのか?
「この国でセクハラが問題であることは間違いない」と話すのは、ローザンヌ大学の組織行動学教授で、スイスの複数の言語・文化圏におけるセクハラの比較研究外部リンクの共著者であるフランシスカ・クリングス(Franciska Krings)教授だ。この研究および連邦内務省男女均等待遇局(BFEG)が2008年に委託した調査によると、スイスの3つの言語圏で調査対象となった男女のうち約半数が、冗談やからかい、誘惑など、職場で「セクハラとなる可能性のある行為」を経験したと答えた。
ところが、セクハラを経験したことがあるかという問いに対しては、地域と性別によって大きく割合が異なっていた。「経験したことがある」と回答したのは、イタリア語圏のティチーノ州とフランス語圏の女性の約18%で、男性は8%以下だった。一方、ドイツ語圏では女性の30%と男性の11%がそう回答した。クリングス教授は、「ドイツ語圏の人々の方がこの問題への意識が高い可能性がある。女性が声を上げやすい文化があるのかもしれない」と説明する。
2.スイスの法律におけるセクハラの定義は?
セクハラとは性別に基づく差別の一形態であり、スイスの法律で違法と定められている。1995年に制定した均等待遇法外部リンクは、ハラスメントとなる行為を「性的な利益を得るために行なう、脅しや便宜を図ることの約束、無理強い、圧力など」と定めている。性差別的な発言、迷惑な身体的接触、あるいは性的な事物を職場に持ち込み、人の目に付く場所に置くこともセクハラとみなされることがある。重要なのはセクハラをする側の意図ではなく、その行動が相手にどのような影響を与えるか、そしてそれが迷惑なのか歓迎されるのかということだ。
ある社員が標的となり、行動が一定期間繰り返し行なわれた場合、セクハラは一種のいじめ外部リンクになりうる。その人を職場で孤立させたり仲間はずれにしたりする意図があるとみなされるためだ。バーゼル大学の指針外部リンクでは次のように説明されている。「ハラスメントの主な動機は、エロチックなものや性的魅力とは無関係である。特に性的側面は被害者にとって弱みとなる領域であるため、この種のいじめ行為に利用されやすい」。
3.スイス在住の人が職場でセクハラにあった場合、どのような現実的な手段や法的行動を取ることができるか?
セクハラは心理的、身体的に害を及ぼすだけでなく、敵対的な職場環境を生み出し、生産性やキャリア形成に影響を及ぼす可能性がある。2016年の研究で性差別が女性研究者の昇進を妨げる主な障害の一つであることが明らかになったのを受けて、ジュネーブ大学は最近、セクハラに対する啓発キャンペーンを開始外部リンクした。
スイス最大の労働組合であるユニヤ(Unia)外部リンクは、セクハラの起こった日付や場所を含む詳細な記録をつけておくことを提案している。職場におけるセクハラに関するBFEGの手引外部リンクによると、ハラスメントを受けた社員がまず行なうべきことは、相手にやめるよう伝えることだ。それでもセクハラ行為が続くようなら、上司や社内のセクハラ相談窓口、あるいは労働組合の代表に知らせるべきだ。
被害者である社員や会社は異動や仲裁など社内で問題を解決しようとするかもしれない。だが会社がハラスメントを予防する妥当な手段をとっていなければ、会社を相手取って民事訴訟を起こすという道もある。最大で給与6カ月分の賠償金を受け取れる。レイプやその他の形の性的暴行を受けた人はすべて、相手に対して刑事裁判を起こすべきである。内部手続きや調停、訴訟の期間中に当該社員を解雇することはできない。
スイスの法律ではハラスメントの被害者にさまざまな保護を与えているが、現実に法廷に持ち込まれるケースは少ない。ジュネーブ大学の法学教授カリーヌ・レンペン外部リンク(Karine Lempen)氏が共著者となった研究外部リンクによると、2004年から15年の間に州裁判所で扱われたセクハラ事件は35件に過ぎず、そのうちハラスメントを受けた側に有利な結果となったのはわずか18%だった。レンペン教授は、主な障害の中に「立証責任の要求が非常に高く、セクハラは司法制度においてあまりよく知られていないことがある。多くの裁判所は、会社が実際に適切な予防措置を講じたかを調査しない」と説明する。
長い訴訟を経てもうまくいく見込みが小さいため、多くの人はそもそも訴えようとしない。また被害者の多くには恥の意識があり、報復や同僚から反感を買うことを恐れる。特に告発の結果、仲間からの評判が高く業績のいい同僚が解雇されることになる場合だ。クリングス教授は、大半の人は結局会社を辞めていくと言う。
BFEGは被害者支援として、2017年7月、スイス国内で受けられるさまざまな法的、心理的支援のリンクを集めた情報提供・カウンセリング用ポータルサイト外部リンクを立ち上げた。
4.職場でのセクハラに対して会社はどのような対応ができ、するべきか?
スイスの法律は会社がセクハラ防止策を講じることを要求しているが、具体策については決まりがない。会社法に強い法律事務所フィッシャー(VISCHER)のニコル・ブラウンクリ・ヤゲノー氏が説明するように、スイスの大企業のほとんどはセクハラを一切許さない方針を掲げているが、その方針を経営陣が明確に打ち出し、社内で周知することも必要だ。また、社内のセクハラ相談窓口はこれらの事件に共感と客観性をもって対応する能力を備えていなければならない。
会社はまた迅速かつ慎重に行動を起こし、セクハラの事件の調査と対処に当たる必要がある。ごく基本的なことだが、信頼と尊敬の社内文化を築くためには必須だ。会社は「社員は雇用主に話す前に、ハラスメントについてすでに誰かに打ち明けているだろう」ということを念頭におく必要があるとブラウンクリ・ヤゲノー氏は言う。迅速かつ適切に介入することは、職場の士気を保つ助けになる。
ブラウンクリ・ヤゲノー氏は11月、すべての社員の保護という会社の義務と無罪推定の間の微妙なバランスについてのブログ記事外部リンクを共同執筆した。さらに会社が自らの責任について不安がある場合には、利害の対立も生じうる。そのためクリングス教授は、調査に当たる独立した第三者を会社が雇うことを勧める。
セクハラの根絶と社員の権利の保護という難題を抱えているのはスイスだけではない。いくら素晴らしい法律があっても、人々が声を上げることを恐れたままでは、セクハラの温床となる社会の空気は変わらない。ブラウンクリ・ヤゲノー氏は、「もしあなたがハラスメントを受けているなら、おそらくあなたは初めての被害者ではないし、最後の被害者でもないかもしれない」と力説する。
スイス議会は13日、議会内のセクハラ被害者は2018年1月1日より、専門の独立した相談センターに相談できるようになると発表した。相談者の秘密は守られる。
この決定は、中道右派のキリスト教民主党(CVP / PDC)の副党首だったヤニク・ビュッテ氏がセクハラと付きまとい行為の疑惑から副党首職を停職になった事件を受けて下された。これに続いて数人の議員が声を上げて自らの経験を話し、他の議員も一緒になって、議会に対策の強化を求めた。
(英語からの翻訳・西田英恵)
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