スイス最古のチョコレートブランド「Cailler(カイエ)」で学んだスイスチョコ
家庭の事情により数ヶ月の間、チューリヒ湖畔の自宅と東京での仮住まいと、日本—スイス間を行ったり来たりの生活を続けていた筆者。その少々慌ただしかった生活にもようやく終わりを告げ、スイスの美しい夏と、豊かな自然に触れ合える日常の日々が戻ってきた。休暇ではなく、生活をするという意味合いでこんなにも長期で日本に滞在したのは11年前に日本を離れて以来、初めての事で、そんな中、スイスの意外なものが恋しくなってしまった事に気がついた。その意外なものとは「スイスチョコレート」である。今回は、恋しささえも感じてしまった、スイスのチョコレートについて、工場見学の体験と共に綴ってみようと思う。
スイスといえば、国民の1人当たりの年間チョコレート消費量が約12キロで世界1位。〈2012年、レザーヘッド食品研究所(Leatherhead Food Research)のデータを基に、食品飲料業界ニュースサイト「コンフェクショナリーニュース(Confectionerynews.com)」がまとめた〉これは板チョコを年間約120枚食べている量に相当するそうだ。日本はというと、わずか2kgほどが平均との事で、双方を比べてみると、いかにスイスの人々がチョコレート好きであるかがうかがえる。ちなみに筆者もこの国の人たちの影響か?スイスに住んで以来、チョコレートの消費量は確実に増えている。スイスのチョコレートは高級なものでなくとも、本当に美味しい。
専門店で買い求める高級チョコレートから、スーパーで気軽に手に入れられる庶民的価格のものまで、それは数多くの種類のチョコレートが販売されているのだが、身近なブランドで例を挙げてみると、日本でもお馴染み「リンツ」のチョコはスイス国内でも大人気。こちらはドイツ語圏のチューリヒ州に本社があり、同じドイツ語圏アーラウ近郊のブッフス(Buchs)にある「ショコラ・フレイ」と共に人々に愛される。一方、「リンツ」「ショコラ・フレイ」と共に生産量を3分する「カイエ」は、フランス語圏のヴヴェイで創立したチョコレート会社の老舗で、現存する最も古いスイスのチョコレートブランドを確立した。同社は現在、大手食品会社のネスレの傘下にある。カイエは19世紀にフランソワ·ルイ·カイエにより創立され、その名が付けられた。筆者はこのスイスで一番長い歴史のブランドである、カイエのチョコレート工場「Maison Cailler(メゾン・カイエ)」を訪れてみた。
立ち寄ったのはまだ雪の残る頃。青空に映える「Cailler(カイエ)」の文字が目立つ。メゾン・カイエはチーズでも有名なグリュイエール地方ブロ(Broc)にある。チョコレート工場は一般公開されているが、これは見学者用なのだそうだ。併設された巨大駐車場に車を停め、目的地に近づくと、甘いカカオの香りが漂ってきて、チョコレート好きには見学と共に試食にも気分がそそられる。この工場では入場料を支払ってチョコレート(カカオ豆)の歴史、製造過程を見学し終えた後、チョコレートを試食し放題という大特典も含まれている。工場は夏になるとスイス国内のみならず、世界中からの旅行客で賑わい、入場するためには長蛇の列が出来る人気の観光スポットでもある。見学は英語・ドイツ語・フランス語・イタリア語の4カ国語から、好みの言語で参加でき、各所で大スクリーンに映し出される映像を眺めながら、説明アナウンスを聞き、順路に従って見学してゆく。
19世紀のヨーロッパでは、チョコレート作りは、カカオの焙煎から練り、挽くまでの過程のすべてが職人たちの手作業で行なわれていた。1825年、フランソワ·ルイ·カイエはチョコレート製造過程を学ぶため滞在していたイタリアで、カカオ豆と砂糖を組み合わせ、それまではまだ未知のものであった混合物を発見。このエキゾチックなものは加工され、新しいチョコレートとなった。当時は一部の人々だけが手に入れられる高級品で、最高級の食料品店でだけ販売されていた。商品の4分の3程は海外へ輸出されていた他、裕福な外国人向けに販売されていたのだという。その後、工場の製造過程でのオートメーション化を図る事に成功し、チョコレートは徐々に一般市民にも手の届く商品になっていった。チョコレートが固形のチョコとして登場する前は、チョコレートと言えば飲むもので、ホットチョコが主流であったのだそうだ。
1890年には、フランソワ·ルイ·カイエの娘婿にあたる、ダニエル・ピーターが世界初となるミルクチョコレートを作り、1898年には同氏により、プラリネチョコレートが発明された。
実際にカカオ豆が並び、オートメーション化された工場の作業行程を見学。絞り出し、冷却、パック詰めと、あっという間に機械が一つ一つのチョコレートを作りあげてゆく。展示されたいろんな種類のカカオは、手に取って香りを楽しんでいる人たちもいる。
カカオとチョコレート会社が歩んで来た長い歴史を学び、すべてのチョコレート作りの過程を見学し終えると、いよいよお待ちかねのチョコレート試食タイム。ズラリと並ぶ自社ブランドのチョコレートは、見学者達が一気に口へと運び、次から次へと消費されてゆくのだが、真ん中にはちゃんと係の人が待機していて、チョコはいち早く補充される。とはいえ、そうそうチョコレートばかり、休憩無しに食べ続けられるものでもなく、頑張って5個くらいはトライしてみたものの筆者はそれで終了。見学者の中には、かなりの量を賞味している人たちもいた。
チョコの試食が終了すると、今度はお土産のチョコレート選び。とても広いチョコレート販売エリアでは、スーパーではあまり見かけない特殊なデザインのパッケージのものや、伝統工芸品でもある切り絵をデザインしたもの等など、季節や期間限定で販売されているチョコレートを含め、贈り物としても喜ばれそうな商品が並ぶ。
チョコレートのイメージが大きいカイエ、実はホテル経営にも手を伸ばしており、工場とは少し離れた場所にあるホテルと、そこに隣接するスパ(温泉施設)を利用出来る特典付きの宿泊パッケージもある。ホテルに宿泊をすると、自社チョコレート工場への無料入場券がサービスされる。実際に筆者自身もこちらにも宿泊をして、工場見学と共に温泉も満喫したのであるが、ホテルから眺める風景も、自然いっぱいの中にある屋外の公共温泉も素晴らしかった。
また夏になると、“チョコレート・トレイン”という「ゴールデンパス・サービス」と「カイエ・ネスレ」が共同で実現させた、チョコレート&鉄道好きにはまさに夢の列車がスイス国内を走る。出発はレマン湖畔のモントルーからで、車両はすべて1等車で構成。ベルエポック調の豪華なプルマンカーか、または、モダンなパノラマ列車のどちらかに乗車し、チーズ工場と中世の古城を訪れた後、このチョコレート工場を見学するという、魅力いっぱいの鉄道の旅。
チョコレートが国の重要な産業のスイスならではとも言える、チョコレートと観光を結びつけた数々のツーリストアトラクションや、人々がチョコを目にした時の笑顔にも、スイスの人々にとってのチョコレートへのこだわりと、深い関わりを感じるのである。
スミス 香
福岡生まれの福岡育ち。都内の大学へ進学、その後就職し、以降は東京で過ごす。スイス在住11年目。現在はドイツ語圏のチューリヒ州で、日本文化をこよなく愛する英国人の夫と二人暮らし。日本・スイス・英国と3つの文化に囲まれながら、スイスでの生活は現在でもカルチャーショックを感じる日々。趣味は野球観戦、旅行、食べ歩き、美味しいワインを楽しむ事。自身では2009年より、美しいスイスの自然と季節の移り変わり、人々の生活風景を綴る、個人のブログ「スイスの街角から」をチューリヒ湖畔より更新中。
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