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バーンアウト、働きすぎて「ゆでガエル」になる前に予防を

バーンアウトにならないためには、仕事と自分の関係を見つめなおすことも重要だ imago

スイスではここ数年、ストレスからバーンアウト(燃え尽き症候群)に陥る人が急増。一つの社会現象ともいえるほどだ。このバーンアウトをテーマにローザンヌで先月、シンポジウムが開かれた。そこで講演した専門家のキャトリン・ヴァゼーさんは、仕事に没頭しすぎて燃え尽きてしまう人たちを、ぬるま湯から徐々に温度を上げられてもそれに気付かず、最後は「ゆでガエル」になってしまうカエルに例え警鐘を鳴らしている。

 ヴァゼーさんは、スイスでバーンアウトがあまり知られていなかった15年前から、ストレスで体調を崩した人と向き合ってきた。現在も執筆や講演会、企業訪問などを通してバーンアウト対策に積極的に取り組んでいる。

swissinfo.ch: 仕事に没頭してバーンアウトになる人とそうでない人の違いは何でしょうか? 

キャトリン・ヴァゼー: 一言でいうと、やりがいや喜びを感じ、心身の緊張が解けた状態で生き生きと働けるかどうかによるだろう。脳は喜びや楽しみを感じると、ドーパミンという脳内物質を分泌する。この物質はストレスを低減し、緊張を和らげる働きがある。喜びは、ただの気分的なものではなく、脳に良いホルモンを出すという生理的な役割を持つ。

つまり、働きすぎでも自分の仕事に喜びや達成感があり満足していれば、ストレスをうまく管理することができ、燃え尽きるリスクが低いということだ。

長時間労働で膨大な仕事をこなしていてもストレスの「負荷」と、やりがい、喜び、周囲からの評価などから来る「エネルギーを再生させるもの」のバランスがとれていれば問題はない。このエネルギーが仕事をする原動力になるからだ。

一方、バーンアウトは慢性的にストレスが蓄積することが原因だ。心理的ストレスを解消できないでいると、次第に疲弊し、ついには燃え尽きてしまう。

継続的な疲労感や不眠、集中力・記憶力の低下、感情のコントロールがきかず攻撃的になるなど、バーンアウトの初期に現れるサインは多い。

だが、そのサインを見逃したり、自分の体に耳を傾けずに一層仕事に没頭したりすると、努力しているにもかかわらず仕事の成果が得られずに自信をなくし、心身のバランスが崩れて重症化してしまう。

バーンアウトにならないためには早期にSOSのサインを感知し、対処することが重要だ。

swissinfo.ch: シンポジウムでは、いきなり熱湯に入れられるとすぐに飛び出すカエルが、ぬるま湯から徐々に温度を上げられるとそれに気付かず最後はゆであがってしまう「ゆでガエル」の象徴的な話をされました。

ヴァゼー: 人間だって同じこと。カウンセリングを受けにくる人が、数カ月、数年前にいきなり今と同じコンディションで仕事をしろと言われていたら、即座に危険を感じて拒否反応をしていたに違いない。だがストレスや負担が少しずつ増え、無意識に順応していると、今の状況が自分にとって「熱湯」で、危機的な状況だと気付くことができない。

カエルの話をすると、ハッとする人が多い。

swissinfo.ch: 企業と提携して定期的に予防セミナーやワークショップを開催されていますが、バーンアウトに対する雇用者側の意識に変化はありますか?

ヴァゼー: 以前、バーンアウトは個人の精神的な問題だと考えられることが多かった。だがここ3~4年で、企業の関心が急速に高まったと感じる。

燃え尽きるのは、責任感を持って仕事に打ち込み、会社に貢献する「優れた社員」がほとんど。重要なポストについている人も多く、彼らを失えば会社にとって大きな損失になることに雇用者も気付き始めている。

だが一方で、社員にプレッシャーやストレスをかけることで業績が上がると考える企業もまだあることは事実で、予防ワークショップを提案すると、社員が「だらける」からやめてほしいと言う経営者もいる。

今は、社員を積極的に守ろうと対策を模索する雇用者と、体調を崩した社員のサポートだけで十分だと考える雇用者の2タイプがあり、職場におけるメンタルヘルスケアは過渡期にある。

バーンアウトの専門家、キャトリン・ヴァゼーさん swissinfo.ch

swissinfo.ch: 会社訪問や患者のカウンセリングを通して、社会の価値観などが変わったと感じますか?

ヴァゼー: まず、ストレスで体調を崩し医者にかかる人が激増したのは、社会の求める「仕事の価値」が変わったことが一因だと思う。

ある訪問看護士の例がある。彼女は患者や高齢者の自宅に出向き、医療行為だけでなく時にはお茶を飲みながら話を聞くという、人間味のある仕事にやりがいを感じていた。だが、注射一本や包帯の取り換えなど、仕事の詳細を携帯電子機器に入力しなければならなくなった。しかも各ケアにかける時間が決められており、オーバーすると厳しく注意されるようになった。

時間に追われ、患者と向き合っていると感じられなくなった彼女は仕事のやりがいを失い、深い喪失感から燃え尽きてしまった。

この例に限らず、効率性が追求されるあまり、社会と個人の間で仕事に対する「価値観の対立」が起こっていると感じる。

フランス語には「temps mort(死んだ時間、無駄な時間)」という表現がある。何もしていない空(から)の時間こそ、心身がリラックスしエネルギーと原動力を補充する「クリエイティブな」時間だ。実はこれが最も大切な「生きた時間」なのに、これをなくすために社会は効率性を追求している。

インターネット、スマートフォンなどテクノロジーの発達は効率化に貢献した。だが一方で、メールを送ればすぐに返事を期待するし、電話にはすぐに出てほしい、「待てない」社会になった。それに対応しなければならない人たちは、そのたびに自分のしていることを中断しなければならず、一つの仕事に集中できないというストレスも出てきた。

それに、テクノロジーの発達は、家でも休暇先でもメールのチェックや仕事ができる「どこでもオフィス」を生み出してしまった。仕事とプライベートの区切りがないのは深刻だ。いつでも仕事のスイッチが入っていて、休まる時がない。

swissinfo.ch: では、このストレス社会において燃え尽きずに仕事を続けるにはどうしたら良いですか?

ヴァゼー: まず、自分と仕事の関係を見直すことが重要だ。ストレスや疲労が何から来ているのかを知る必要がある。仕事量なのか職場の人間関係なのか、努力が正当に評価されていないと感じているからなのか。原因はいくつもある。

同時に、自分にとって心理的ストレスを軽減し原動力を蓄える「エネルギーを再生させるもの」は何かを明確にし、強化することも重要だ。

それから、とても単純なことだが体を動かすことは必須だ。移動は車、仕事ではデスクに座りっぱなし、家に帰ればテレビの前。体が硬直していればストレスの出口がない。深く深呼吸をしたり、声を出したりするだけでもいい。

簡単なエクササイズやスポーツをすると、体の動きと同時に緊張が開放され、その結果またストレスに耐える準備ができる。

swissinfo.ch: スイスでは過労による自殺は聞きますが、日本のような過労死の話は聞きません。スイスに過労死はないのでしょうか?

ヴァゼー: 私の知る限りでは、ない。日本とスイスでは仕事に対する考え方が違うことが理由の一つだろう。スイス人には仕事や会社に対して日本人ほどの忠誠心はない。日本人は会社のために自分の意思をおし殺して極限まで働く人も多いのではないか?会社を優先し、自分を犠牲にしてまで働くスイス人はまずいない。

確かにスイス人にとっても仕事は重要な位置を占める。職業はその人のアイデンティティーにもなりうる。例えば、パーティで初対面の人同士が自己紹介して、「それで、お仕事は何ですか?」と聞きはしても「家族は何人ですか?」とは聞きはしない。一方アフリカでは誰も職業を聞いたりしない。彼らが聞くのは「どんな家族や友人をお持ちですか?」だ。彼らにとっては家族が一番大事で、職業など二の次だからだ。

労働文化は国や地域によって異なる。人生で何が重要かも人それぞれだ。

それを知るには、「100歳になったとき『いい人生だった』と言えるには、何を手に入れたときだろうか?」と自問するといい。家族、人間関係、旅行で視野を広げたこと、子供の成長を見届けたこと、などと回答するスイス人はいても、「大企業でキャリアを築いたこと」と答える人はいないだろう。日本人に同じ質問をしてみると、興味深い違った答えが返ってくるかもしれない。

「ワーカホリズム:情熱から依存症へ」と題するシンポジウムが1月22日、ローザンヌで開催された。1902年に設立された公益財団「アディクション・スイス(Addiction Suisse)」が主催。同財団は、依存症全般に関する連邦政府からの委託調査を実施するほか、国内外のパートナーと協力し講演会、セミナー、ワークショップを企画・開催するなどして依存症の啓発活動、予防対策に取り組む。

仕事をしていないと落ち着かなかったり、別の問題や不安から逃避するために仕事に依存したりする「ワーカホリック(仕事中毒)」の心理は、アルコール依存症や買い物依存症などのメカニズムと共通している。

シンポジウムの午前中は主にワーカホリックになるメカニズムや理論に、午後はバーンアウトにあてられた。

発表者には、多方面から依存症研究者、産業心理学教授、社会学者、人類学者、精神科医、弁護士などが招かれた。産業医、医療関係者、企業幹部、人事担当者を中心に200人以上の参加者があった。

1992年の看護学生時にバーンアウトを経験し、心理学に転向。ローザンヌ大学で学位取得。2000年以降バーンアウトの専門家として患者のカウンセリングにあたりながら、企業と提携して定期的に予防ワークショップ、セミナーを開催し、執筆、講演活動も行っている。

2009年、スイス・フランス語圏のバーンアウトの専門家ネットワーク「ノー・バーンアウト(NoBurnout)」を設立。ホームページでは訪問者がバーンアウトのセルフチェックができるようになっており、回答から得られるデータはローザンヌ大学で分析されている。

仕事の合間にゲーム感覚でセルフチェックのできるバーンアウト・カードゲーム(英・独・仏語)を考案し、著書には「Burnout: le détecter et le prévenir (バーンアウト:早期発見と予防法)」(2007年、ジュヴァンス出版)がある。

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