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2021年11月28日のスイス国民投票

パンデミックが看護職員に与えた「壊滅的な」打撃

ローザンヌ大学病院の新型コロナウイルス感染症患者用集中治療室で治療にあたる看護師。2020年11月6日
ローザンヌ大学病院の新型コロナウイルス感染症患者用集中治療室で治療にあたる看護師。2020年11月6日 Keystone / Jean-Christophe Bott

swissinfo.chが昨年初めに行ったアンケート調査で、スイスの病院で働く看護職員の労働環境が深刻な状況にあり、ストレスや不満、フラストレーションが広がっていることが分かった。その直後に起こった新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって状況は変化したのか。

「残業はほぼ当たり前」「経費削減のプレッシャーがすごい。医師も仕事量が多いが、少なくともそれなりの報酬をもらっている」「いつか限界が来て崩壊する。でも、それも雇用主にとってはどうでもいいこと」「できるなら仕事を変えたい」

これは昨年初めにswissinfo.chが実施した、スイスの病院で働く看護職員の日常に関するアンケート調査の回答の一部だ。

パンデミックの発生前から、多くの看護師らが世間からほとんど認めてもらえず、なおかつ身を削る仕事だと訴えていた。天職、あるいは情熱を注げる仕事だと思って選んだのに、続ければ続けるほど理想は裏切られていく。

この調査から約1年半が経った今、状況は改善されないどころか逆に悪化した。スイス看護外部リンク師協会のピエール・アンドレ・ヴァグナー法規部長は「パンデミックが破壊的な影響をもたらした」と肩を落とす。

「皆、疲れ果てている」

第1波のときはまだかなり良く対応できた。一生懸命やればパンデミックは早く収束するだろうと思っていたからだ、とヴァグナー氏は当時を振り返る。

「だが、労働環境も賃金も改善されないことを悟った時、看護職員の間にはあきらめや怒り、フラストレーションが広がった。市民からは拍手をもらい、仕事を褒め称えられはしたが、政治は何もしてくれなかった」

ヴァグナー氏は、状況は何も変わっていないと言う。そればかりか、「業界からの脱出を図る正真正銘の大移動が始まっている」。1人また1人と看護職員が職場を去り、残った職員の労働量が増えた。また集中治療室の人員は10~15%減少したという。

スイス東部の病院の集中治療室で働く女性看護職員は、地方紙ザルガンサーレンダー外部リンクに次のように話している。「これまで不平を漏らしたことがなかった同僚すら、もう無理だと言い出した。(中略)パンデミックの発生から18カ月が過ぎて、皆、疲れ果てている。(中略)規定通りに患者の世話をしたくても、もう時間が足りない。患者に対して良心の呵責を感じてばかりいる」

削減政策を実施していなければロックダウンもなかった

パンデミックの唯一の「功績」はswissinfo.chが昨年、既に指摘していた窮状が鮮明化されたことだ、とヴァグナー氏は言う。

同氏によれば、問題は悪化の一途をたどる。「医療制度における看護職員の重要性についての議論は、医療だけでなく社会全体を巻き込んでいることが明確になった」

同氏自身は弁護士で、看護師でもある。昨年3月に発令されたロックダウン(都市封鎖)を例にとって説明を続ける。政府は市民に対し、生活上必需でない活動を止め、家にとどまるよう要請した。

「スイスの病院は平時でもぎりぎりの線で働いている。パンデミックが発生したときは、救急センターや集中治療室に過重な負担がかからないよう、社会を『シャットダウン』しなければならなかった。だが、これまでの数年間であれだけ医療費を削減するのではなく、看護職員の数を増やしていれば、そんな必要はなかった」

2021年11月28日、スイスの有権者は「強固な看護ケアのために(通称『看護師イニシアチブ』)外部リンク」の是非を投票する。同イニシアブはスイス看護師協会が提起。スイスにおける有資格の看護師養成と労働環境改善に対し、投資を増やすよう求めている。

要介護者の増加に対応し、外国人への依存を軽減する方法はこれ以外にないという考え。同協会によると、看護職員の約3分の1を外国人が占める。

イニシアチブ及び議会の間接的対案の詳細はこちら

ヴァグナー氏はその一方で、パンデミックは少なくとも一見、良い影響も及ぼしたと言う。「看護学校入学希望者の数が多少増えた。おそらく、この職に対する社会の評価が高まったためだろう。だが、これも一時的なものかもしれない。現実と向き合ったときの学生の失望はきっと大きいはずだ」

低賃金

スイス健康調査機関(Obsan)外部リンクによると、定年を待たずに離職する看護職員は4割を超える。その3分の1は35歳未満だ。

労働環境を改善すれば離職が減り、ひいては看護職員不足の解消につながる。これはチューリヒ応用化学大学(ZHAW)外部リンクが10月末に発表した長期調査外部リンクの結果だ。

この調査では、職場に対する期待と現実の労働状況の不一致を指摘している。調査を指揮したルネ・シャッフェルト氏によれば、看護師として働き始めて6年経った時点で、有資格看護師の10人に9人が今後10年もこの仕事を続けるかもしれないと答えた。だが、それは労働環境が改善された場合に限るという条件付きだ。

労働環境の改善を求めてデモを行う看護職員。2020年10月27日、ルツェルンにて
労働環境の改善を求めてデモを行う看護職員。2020年10月27日、ルツェルンにて Keystone / Urs Flüeler

この調査ではまた、家庭と仕事の両立や給料など、他の領域でも理想と現実の間に落差があることが指摘されている。「看護職員にとって報酬の高さはそれほど重要ではないが、こなしている仕事に対する見返りが少な過ぎるという思いはある」とシャッフェルト氏は話す。

また、管理職のサポートがさらに必要という人も57%に及ぶ。同氏はこれを「雇用者や社会にもっと評価してほしいという強い要望」の表れだと見る。

スイス看護師協会のヴァグナー氏は「看護に携わる人々は、医療機関の各雇用者統括組織が11月28日の投票の看護師イニシアチブをなぜ揃いも揃って拒否するのか、理解できない」と言う。「このような拒否の姿勢がフラストレーションをさらに高めている。自分自身の雇用主から裏切られたような気持ちがするのだ」

連邦統計局(BFS/OFS)によると、国内の有資格看護師の月給(年末に支払われる1カ月分の追加給与を含む)の中央値は7429フラン(約90万円)、一般看護師は5433フラン、看護助手は5120フラン。しかし、スイス看護師協会はこれらの数字を疑問視している。

そのためフランス語圏のスイス公共放送(RTS)は、スイス西部の複数の病院に直接問い合わせた。その時のアンケート調査外部リンクによると、看護職員の初任給は5505~7084フランで、専門と15年の経験を持つ看護職員の月給は8078~9491フランだった。

接種で看護職員の負担を軽減

スイス病院連盟H+のシュテファン・アルトハウス広報部長は、1年半前から続くコロナパンデミックが看護職に爪痕を残したのは無理もないことだと話す。看護職員は「疲れ果てて」いるうえ、特に集中治療に適格な人員の不足も深刻化しているからだ。

「しかし、スイス社会には接種によって病院勤務者をサポートするという機会があることを忘れてはならない。ワクチンは入院患者の数を減らす」と、アルトハウス氏はメールによる回答で続ける。

Obsanの看護に関する今年の報告書によると、学校教育や職業教育ではこれまでの努力の甲斐あって進歩が見られるが、それでもまだ十分ではない。同氏はこの点について「看護師イニシアチブの対案は看護師不足を即刻解決できる対策だ」と意見する。

労働環境の改善や看護師の増員を求める要求は、憲法レベルで解決できるものではない、というのが同氏の見方だ。労働組合との話し合いのほか、医療保険法に基づく基礎医療保険の枠内で、病院の財政や料金に関する基本的条件を定める必要性を説く。

これに対しヴァグナー氏は、「労働環境の改善や増員を求めても、お金がないという、いつも同じ回答しか返ってこない」と残念がる。

そして、これは今の医療危機を超えて広がる非常に複雑な問題だと訴える。「スイスの医療制度コンセプトは間違っている。本来、公共サービスであるべきものが、利益を生み出さねばならない産業として捉えられているからだ」

(独語からの翻訳・小山千早 )

(Übertragung aus dem Italienischen: Gerhard Lob)

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